平成25年度卒業式・学位記授与式
平成25年度卒業式・学位記授与式の告辞です。
平成26年3月25日
東京農工大学長 松永 是
本日、東京農工大学を卒業される皆さん、そして大学院課程を修了される皆さん、おめでとうございます。本学教職員を代表し、心よりお祝い申し上げます。こうして皆さんの晴ればれとした明るい顔を見ていると、我々教職員の思いも報われたように感じています。そしてまた改めて、今まで皆さんが学業に励んできた間、常に陰になり日向になり皆さんを支援してこられたご家族、ご友人その他関係者の方々にも深く敬意を表し、この晴れの日の喜びを共に分かち合いたいと思います。
本年は、学士の学位取得者が、農学部315名、工学部592名、修士の学位取得者が工学府博士前期課程352名、工学府専門職学位課程40名、農学府修士課程172名、生物システム応用科学府博士前期課程72名、博士の学位取得者が工学府博士後期課程34名、生物システム応用科学府博士後期課程18名、連合農学研究科博士課程36名、論文博士5名の計1,636名が、本学より巣立っていくこととなりました。振り返ってみて、この数年間は皆さんにとってどのような日々だったでしょうか。楽しかったこと、辛かったこと、様々な思い出が今胸に甦っていることでしょう。皆さんが経験したすべての努力、日々の研鑽は、これから皆さんが新たな知を生み出すイノベーションの先導者として世界で活躍するための力となります。特に皆さんが学んだこの東京農工大学は、ご存知の通り農学と工学及びその融合分野も含めた教育研究分野を備えた特色ある国立大学法人として創基140年という長い歴史と伝統を引き継ぎ、機動力と先進性を強みとして進化し続けてきた大学であり、真理の追究に対する情熱とより良いものを求めて失敗を恐れずに挑戦する精神を大切にしています。そして同窓生の方々はその精神をしっかりと受け継ぎ、各界で活躍されています。皆さんも彼らに続いて、自分を信じ、これまでの努力に自信を持って、新たな世界に飛び込んで思う存分力を発揮してください。皆さんなら出来ると信じています。
本日は、この学位授与を機に皆さんが人生の新たな一歩を踏み出し責任ある社会人として生きていくにあたって、これからも考えて続けてほしい一つのテーマについてお話ししたいと思います。それは『Noblesse oblige (ノブレス・オブリージュ)』という言葉です。『Noblesse oblige』はフランスの言葉で、もっとわかりやすく言い換えるとNoblesseは英語でnobility、つまり貴族や特権階級など社会的地位の高い人、そしてobligeは英語でoblige、つまり負うべき義務や責任があるということ、従って『地位の高い者はその分義務を負う』という考え方を示しています。
貴族階級の無い今の日本に住んでいる皆さんには少しわかりにくいかもしれません。しかし、新渡戸稲造が自身の有名な著書『武士道』に書いたように、忠義や礼節を人一倍重んじ弱者を守って自己犠牲を厭わずに所属する社会全体に対する義務を全うすることが武士の正しい道であるというのは、何となくイメージできると思います。新渡戸はそれを武士の『Noblesse oblige』として表しています。このように、社会的に地位や影響力のある人間はより多くの負うべき責任や義務がある、恵まれた人は恵まれていない他者に対して進んで何かしら還元するべきであるという考え方 --- 例えを身近にすれば、ビル・ゲイツやジョージ・ルーカスなどが慈善活動や社会貢献に積極的であるのも同じ感覚と言えるでしょう。
ではなぜ今この言葉を皆さんに投げかけたのか。それは、我々もまた大学及び大学院という最高学府で学び多くの知を培うことのできた恵まれた人間の一人であるからです。もちろん理解しているとは思いますが、学位を持っている方が人間として偉いとか地位が高いとかいう意味では決してありません。経済的・社会的な優劣ではなく、皆さんが身に付けた知は決して失われることのない一生の財産であるということを言っているのです。知という財産を多く蓄えた皆さんは、これからその立場にふさわしい行いをしていくべきなのです。どの進路に進んでもこれから様々な困難に当然ぶつかるでしょう。自分の事で精一杯でそんな余裕はない、と思った時でも、どうかこの『Noblesse oblige』という言葉を頭の片隅に常に置いておいてください。そして自分の持つ知をいかに周囲に、社会に還元し、貢献することができるかを考え続けてください。雨垂れ石を穿(ほじ)つで、考え続けていればそのうち必ずどんな困難でも乗り越えることができるようになるはずです。言うまでもなく現在の地球は様々な問題を抱えて危機的状況にあります。環境、エネルギー、資源、食糧問題は、いずれも地球上の生物の存続に係わる難題であり、これらを解決し持続発展可能な社会を創るためには、知を基盤としたイノベーションが必要不可欠です。即ち、皆さんの持つ知を活かし、公益性、実効性を備えた新たな知を創造していかなくてはなりません。この地球の未来を創るのは、皆さんなのです。
次に皆さんにお会いする時には、さらに成長した頼もしい姿を見ることができると信じています。そして本学も、皆さんの母校として誇れる心強い基柱となるよう、より良い大学づくりに一層の努力をしてまいります。
皆さんのご健闘・ご活躍を心より祈っております。