Laboratory for Environment and Life Science

From Molecules To Environment

嗅覚受容体を利用した準生物匂いセンシングデバイスの開発
 マウスの約800種の嗅覚受容体について、7種類におい分子に対する応答を評価しました。その結果からにおい分子への応答性と選択性に優れた31種類の嗅覚受容体を選び、それらが発現しているにおい受容体発現細胞パネルを構築しました。次に、このパネルを用いて、気相中のにおい分子に対する応答を、嗅覚受容体が反応すると細胞内で発光を示すように設計したタンパク質ルシフェラーゼの発光を指標に検出を試みたところ、気相中のにおい分子に対して応答した細胞の発光を検出することに成功しました(図)。中には0.0001%の濃度の溶液から気化させたにおい分子を検出できる嗅覚受容体もありました。さらに、31種類の嗅覚受容体の応答を人工知能(AI)による機械学習、および、統計解析によって分析したところ、わずかメチル基1つの違いを識別することができました。さらに、鼻腔中の嗅粘液に存在する代謝酵素が存在する場合に、特定の組み合わせのにおい分子
嗅覚受容体の応答が大きく変化することを本手法で示しました。嗅覚粘液には他にも様々な代謝酵素が存在していることが分かっています。環境中の様々なにおい分子は、嗅粘液に溶け込んだ後、それぞれが代謝酵素の影響を受け、鼻の中でより複雑なにおい分子環境を形成していることが考えられます。嗅覚受容体は生物種ごとに数百~数千種類存在しますが、その個々の嗅覚受容体が混在するにおい分子に対して応答を示し、その応答パターンを脳で集約することで、生物の嗅覚が非常に優れた匂いセンサーとして機能していると考えられます。
嗅覚受容体のにおいへの反応実験では、マウスなどの動物の反応と嗅覚受容体発現細胞の反応では一概に同じ応答を示しません。これは、におい分子が溶け込む嗅覚粘液には、今回用いた代謝酵素以外にも、におい分子に結合するタンパク質が存在しており、これらがにおい分子に作用して嗅覚応答に影響を与えているためと考えられます。今回開発した検出手法は、実際の嗅覚のにおい応答プロセスを模倣しているため、におい分子が嗅覚受容体と結合するまでに起きている現象の解明に役立つと考えられます。
においは、医療、食品、環境など様々な産業領域で注目を集めています。がん罹患者がある特有のにおいを発しており、イヌや線虫がそのにおいを識別できることは広く知られるようになってきました。しかし、においの基となる疾患マーカーは正確には同定されていません。代謝酵素と受容体発現細胞パネルによるパターン認識を組み合わせることで、実際の疾患マーカー分子の同定や、より精度の高いにおいセンサーの構築に繋がる可能性があります。食品や化粧品においても、においは重要な要素の1つである一方、製品の官能評価が人によって行われています。本手法は、このような様々な製品のにおいの規格化にも応用できる可能性と持つと考えられます。
今回開発した手法は、様々なにおいをターゲットに、生物の嗅覚に近い応答を視覚化できることから、こういった様々な領域に応用できる手法であると期待しています。

図:今回のにおいセンシングシステムの概略図(上)複数の嗅覚受容体のにおいに対する反応の1例(下)
NC1

NC2

代表的論文
Vapor detection and discrimination with a panel of odorant receptors.
Nat Commun. (2018) 9:4556.
doi: 10.1038/s41467-018-06806-w.
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