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【調査研究Ⅰ】学びの調査地① 青森県下北郡大間町


「賛成も反対も根っこは同じ。地域を良くしたいという思いは一緒なのさ」


この言葉は、青森県大間町で、40年以上にわたり、逝去されるまで反原発運動を続けてこられた奥本征雄さん(写真)へのインタビューでお話下さった言葉です。そして、いまも私の心のなかで響き続けています。その理由はのちに記すとして、大間町での調査から得た学びについて、記していこうと思います。

2011年4月、弘前大学教育学部の教員として着任した私は、3・11東日本大震災と福島第一原発事故を受けて2012年度から始まることになった、民主教育研究所の〈環境と地域〉教育研究委員会による下北地域での調査に誘われました。こどもと自然学会という学会の研究大会でお知り合いになった、藤岡貞彦一橋大学名誉教授(環境教育学)から頂いた打診でした。

それまで、調査というものを本格的に行ったことがなく、しかも、民主教育研究所という研究機関の名前すら初耳だった私は、内心不安でしたが、現地で協力してくれればそれでいいから、という藤岡先生の言葉に、協力する決断を下しました。

こういうふうに、課題を抱えた地域にほとんど足を運んだことがない状況だったので、私は、下北地域のみなさまからいろいろ学ばせて頂くまで、原子力関連施設立地地域の状況について、まったく理解ができていませんでした。

福島第一原発事故が起こった2011年3月から1年も経たずして、同年12月には、東通村の村長さんが、東通原発(東北電力)の再稼働を要請されました。

この動きにビックリした私は、このとき、次のように考えていました。
〈なぜ、あんな過酷事故がおこり、多くの人が故郷を失った直後のこの時期に、自治体から原発再稼働の要望が出るのだろう? やっぱり、国策の遂行を前に反対派が敗け、地域の空気が推進一色になったからなのだろうか。〉

はっきり言って、当時のこのような理解の仕方は、いまではとても恥ずかしいです。なぜなら、地域のなかでは、原発を推進したい人たちと、絶対に反対したい人たちとのあいだで、このふたつの立場に収斂されない多様な思いや意見が、グラデーション状に存在しているという事実に、調査をとおして気づかされたからです。

調査1年目、2012年の夏、はじめてお会いしたとき、奥本さんはこうおっしゃいました。
「みんな、原発が危ないことは判っている。だけど、家族、親族や友人に原発関連の仕事に就いている人がいたら、たとえ内心では反対だとしても、黙らざるを得ない。」

上記のとおり、賛成と反対に分かれて争い、反対派が敗れた後は推進一色になったのだろうと勘違いしていた私は、このとき、後頭部をガーンと殴られるような衝撃を受けたのです。

町の未来のために原発しかないという思いの推進派と、町の未来のために第一次産業や地域の自然を生かしたほうがよいという思いの反対派とのあいだで、いうならば、町に住んでいる人の数だけ多様な意見がある、ということを知ったのです。
〈内心反対だけど、生きていくには仕方がない〉
〈内心反対だけど、甥っ子/姪っ子がお世話になっているから何も言えない〉
〈内心反対だけど、孫の就職に傷がつくかもしれないから、何も言えない〉

ひとりひとりの思いを拝聴し、そこから地域の合意形成について考える姿勢が、研究を進めるうえでとても大事なのだということに、気づくきっかけとなったのです。

そして、2016年秋に実施した3度目のインタビューで、奥本さんの発せられた言葉が、冒頭の言葉なのです。私は、このときも、ものすごい衝撃を受けました。
〈そうだ、そうなんだ。誰であっても、愛着のある町を壊したいと思っているわけがない。この町が残ってほしいから、自分の故郷がいつまでも続いてほしいから、衰退してほしくないから、みなさん、原発に賛成もするし、反対もするんだ。そして、どうすればいいかわからない場合は、態度を明確に決められないんだ。〉

沖縄の米軍問題について扱った映画『標的の村』の三上智恵監督は、危ないと分かっていても、米軍基地を消極的に「容認」する人たちが沖縄には多いと指摘されています(唯物論研究年誌第〇号)。原発に関しても同じで、明確に賛成・反対する人たちの間には、危ないと分かっていても、仕方なく容認している方が大勢いるんだ、賛成・反対という対立の構図を外から当てはめて地域を見るのは間違いなんだ、と気づいたのです。

なぜ、こんな大事で当たり前のことに気づかなかったんだろう、と恥ずかしくなると同時に、気づかせて頂いた奥本さんにはとても感謝しています。

この気づきがきっかけで、賛成、容認、反対、わからない、どの立場であっても、町の未来を思っているという一致点があるのだから、それを土台としてお互いに議論する〈場〉ができないだろうか、という着想を得て科研費(若手B)に応募し、採択されました。

(テーマ)地域的公共圏の意義についての思想的探求――合意形成の可能性を軸に
(期 間)2016~2019年度(実際には1年延長し20年度まで実施)

この研究では、原子力関連施設が建設されなかった地域の人びとの合意形成のありかたと、現在でもなかなか自由に語り合えない原子力関連施設立地地域の課題とを照らし合わせ、地域の人びとが自由に地域の未来像について語り合える〈場〉を形成するにはどうすればよいのか、という問いを立て、ガバナンス論、公共哲学、政治哲学、民主主義論といった哲学・思想研究の知見と、実地調査で得られた知見とをつなぎあわせつつ考察しました。

でも、当然ですが、この問いの答えはなかなか見つからず、いまでも思索の旅を続けています。ですが、実は、この研究を進めるなかで、地域調査からまた新たな着想が生まれ、次の科研費取得へとつながりました。

この点については、次の「長野県大鹿村」のページで記したいと思います。

※奥本さんのインタビュー記録の一部は、科研費の成果をまとめた中間報告書(2018年3月発行)のなかで読むことができます。ご希望の方は、澤までご連絡ください。

(2024年3月15日掲載)