【調査研究Ⅰ】学びの調査地④ 長野県阿智村
「住民が主人公の村をつくる」
あと、最初の科研費研究に流れ込んでいる議論の〈場〉づくりという着想について、もうひとつ学んできたのが、長野県阿智村の取り組みです。
東京農工大学に異動してきた直後の、2013年の夏。これまた藤岡貞彦一橋大学名誉教授からお誘いを受け、長野県の高校の先生がたのスタディーツアーに参加しました。
スタディーツアーでは、小水力発電の取り組み、畜産現場でのバイオガス採取の取り組みといった、地域エネルギーの実践の現地見学がありました。さらに、幻の伊那飛行場の実態を高校生との地域調査で浮き彫りにされた元高校教員・久保田誼さんのお話と現地見学がありました。ちなみに久保田さんは『伊那谷の青い空に――高校生の追う陸軍伊那飛行場物語』(銀河書房、1995年)という本を執筆されています。とても面白く、お薦めの本です。
そして、このスタディーツアーのなかで初めてお会いした、阿智村前村長の岡庭一雄さんによる村政改革と自治にかんするお話を聴いて、衝撃を受けたのです。
岡庭さんが村政改革の理念におかれていたのは、リベラリズムです。すなわち、村民ひとりひとりの幸せ(幸福追求権)を守るということを大前提にし、そのためにも、住民がみずから議論し、村をつくっていく必要があるという理念です。
そのためには、村のなかのなるべく小さいコミュニティで自治が行われなければならない、と考えた岡庭さんは、まず、予算案・決算案の審議を、自治会単位で行えるよう制度を改革します。しかも、このとき、自治会という単位もまた、いまのままでよいか、よくないとしたら範囲を変えて欲しい、と問いかけ、住民のみなさん自身で一から話し合ってもらったそうです。
しかし、自治会単位での予算・決算の審議だけでは、村全体の課題を解決することができません。そこで制定されたのが、「村づくり委員会」という仕組みです。これは、村全体の課題があるとき、それをなんとかしたいという村民が5名以上集まれば立ち上げることのできる委員会です。
委員会は、メンバー間で議論したり、研究を進めたりし、最終的に村への提言を行います。いったん村づくり委員会が立ち上がると、村は、その運営を支えなければならないという仕組みになっています。
このような村づくり委員会が、住民のみなさんによっていくつも立ち上げられました。そのおかげで、阿智村では、それまでなかった図書館が設立されたり、障がい児福祉にかんする施策が拡充されたり、地域の歴史を研究する組織が立ち上がったりしてきたのです。
村政改革というと、トップダウンのイメージがあります。しかし、岡庭さんは、村長として、ひろく合意形成を図りながら、時に粘り強く説得をしながら、改革を進められたそうです。このことから、岡庭さんは、みんなで改革を進めたのだとよく仰います。なので、阿智村の村政改革は、徹底的なリベラリズムに根ざした民主主義によって行われたのです。
こうして、ひろい合議によってつくられた、自治会単位での議論の場、村全体の課題をアソシエーション的に担う議論の場が、阿智村の自治を、より強力に推し進めてきたのです。
社会環境アセスメント
それだけではありません。阿智村は、全国でもめずらしく、社会環境アセスメントを公的に位置付けている村でもあります。その結果、住民の意見が公共事業にも反映されるようになっています。
ひとつめは、産廃処理場の建設をめぐる動きです。
2000年代、阿智村に、長野県から「県の産廃処理施設の建設を受け入れてほしい」と要請がありました。それを受けて、阿智村では、賛成、反対、どちらの立場の住民もまじえた協議会が開催されました。そして、協議会における議論を経て出てきた疑問を解消すべく、さまざまな専門家を招いての学習会も開催され、そこでの知見をまた議論に活かすという対話のプロセスが重ねられました。
そうして出された答申は、産廃処理施設を建設してもよいけれども、環境への被害を最小限に食い止めるため、新しい技術が開発されたら、その都度すぐに新しい技術を導入すること、という内容のものでした。
この答申が出た頃、直近で長野県知事選があり、田中康夫知事が誕生していました。田中知事は、この答申どおりに建設しようとしたら、とてもではないけれども建設費が莫大になりすぎるという理由で、産廃処分場建設計画自体を断念したのです。
ふたつめは、リニア新幹線工事にともなう動きです。
リニア新幹線のルート上、長野県の東側出入り口は大鹿村なのですが、西側の出入り口は阿智村です。なので、阿智村でも、リニア新幹線工事にともなう残土問題が発生しました。
そこで置かれたのが社会環境アセスメントのための委員会です。この委員会では、岡庭さんが座長を担われました。
その結果だされた結論はこうです。残土を積んだダンプカーが1日に数百台も村内を通過する計画になっているけれども、昼神温泉郷、花桃の里、天空の星空の里といった観光地や、そもそもの村民の生活の場にそんな数のダンプカーが通っては困る。だから、ダンプカーの通行は容認できない。なので、残土は、出てきた地域で処理してほしい。
村も、この答申の方針を事業者側に通達し、阿智村では残土を積んだダンプカーの移動はみられない状態になっています。
このように、いろんな立場の住民が、さまざまな観点から議論をしつつ、お互いに納得して出した結論は、事業者を動かしうるのだという事実を、阿智村の対話のプロセスは示してくれています。
村の自治にかんする改革も含め、まさに、岡庭さんが仰るような「住民が主人公の村」が実現されている・・・阿智村でいろいろと学ばせて頂くたび、そう思うのです。
※岡庭さんのインタビュー記録の一部も、ひとつ前の科研費の最終報告書(2021年3月発行)に掲載しましたので、ご希望の方は澤までご連絡ください。
(2024年3月15日掲載)