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【調査研究Ⅰ】学びの調査地⑤ 福島県二本松市(2)


「やっぱり、農地が荒れてくってことは、人間の気持ちも本当に荒れていくから」


続いて紹介するのは、福島県農民連の根本敬さんに教えて頂いたことです。根本さんは、二本松市で代々続く家業の農業に従事されながら、地域の農民運動も中心的に担われてきた方です。根本さんと初めてお会いしたのは、弘前大学の教員時代に参加した、2012年2月11日の講演会でした。それがきっかけで、3月の来訪とご助言をご快諾いただきました。

政府は、放射能被害の測定方法として、空間線量の計測にこだわり続けていました。でも、と根本さんは仰います。それでは、農地の本当の被害は分からない、農地をもっと細かくメッシュ状に区分けして、土壌の放射性物質の濃度を測定しない限り、どれくらい田畑が汚染されているかわかるはずがない、と。

根本さんたちがすごいなと思うのは、東京の永田町まで行って、そうした意見を官僚や政治家、原因企業の東京電力などにぶつけてきた行動力です。

放射性物質の濃度が高い農作物は市場に出すのを禁止したのは政府です。にもかかわらず、結局、そのような措置を取った政府が、根本さんたちが要求し続けた土壌の汚染具合の調査を実施することはありませんでした。

これは、農家にとって死活問題です。農作物を出荷できなければ、農家は生活が成り立ちません。根本さんによると、被害があった直後、ある桃農家さんに東京電力から支払われた補償額は300円だったそうです。耳を疑いましたが、そういう事態がほうぼうで起こっていたそうです。

つくっても出荷できないなら、農作物を育てる意味がない。補償すら十分でないなら、生活のために農業を続けることなど到底できない・・・そうして農業をやめる方も出てきます。悲しいことに、将来を悲観し、自殺された有機農家の方もいらっしゃいました。

そうなると、地域で暮らす人が少なくなり、耕作放棄地が増え、地域の景観も壊れ、ひいては地域が荒廃していきます(※2)。

これではいけない。根本さんたちは、そういう思いで、粘り強く政府や東京電力と交渉を続けていくわけですが、このとき、根本さんの心にあったのが、冒頭の「やっぱり、農地が荒れてくってことは、人間の気持ちも本当に荒れていくから」という思いだったのです。だからこそ、自分たちの代で農地を絶やすことなく、たとえ出荷できなくても農作物を作り続け、次の代に渡していかなければならない。そう決意されたのです。

根本さんたちの立場をあえて説明するなら、自主交渉派だといえます。なので、東京電力の担当者さんが、根本さんたちのもとに話に来られます。根本さんたちは、そうした交渉の場で、いかに農家が苦境に立たされているか、という事実を、感情的になることなく、人間としての目線で訴え続けてこられたそうです。そうすると、「東京電力の人も人間だから、心が動く」のだと、結果、担当の方は上司に交渉してくれ、きちんとした補償がなれるようになっていくと教えて下さいました。

ここにも、相手を一人の人間として信じるという、根本さんの対話の作法があるように思うのです。そのような思いで活動されている根本さんからも、たくさんのことを教えて頂いています。


※1 根本さんへのインタビュー記録も、最初の科研費の中間報告書に掲載しています。ご希望の方は澤までご連絡ください。

※2 TBSの報道番組「NEWS23」(2024年3月12日放送)で、福島県浜通りにある浪江町の特集がされていました。浪江町は、反対運動の結果、原発が建設されなかった町なのに、放射能でひどく汚染されてしまった山間部の地域は、いまも帰宅困難区域となっています。コメンテーターの方が、地域全体の除染がされないと、里山での生活は成り立たない、被害だけを受けた地域が再建されていないのに、原発再稼働という受益者側の視点での議論はできないはずだ、と仰っていました。里山の生活は、地域の自然と一体なのだという意見は、根本さんの地域にも当てはまる視点だと思います。

(2024年3月16日掲載)