ほ乳類が多くの匂いセンサーを有して様々な匂いを検知できるメカニズムと嗅覚受容体の構造と機能
RTP ノックアウトマウスを用いた実験で、大多数の嗅覚受容体が細胞 膜に局在できず嗅覚応答が低下すること、しかし、一部の嗅覚受容体は細胞膜局在を保つため嗅覚を完全に失わないことを以前報告しています(Sharma et al., eLife 2017)。この報告を基に、一定数の 嗅覚受容体は RTP がなくても機能すると仮定し、約200種の嗅覚受容体の細胞膜局在性をヒト由来培養細胞 HEK293T細胞を使い評価しました。すると、一部の嗅覚受容体は単独で HEK293T 細胞に局在できることが分かりました(Traffic ORs と記載)。これら Traffic ORs の 7 回膜貫通タンパク質構造モデルを用いた分子シミュレーション解析により、単独で細胞膜に局在でき る嗅覚受容体は他の嗅覚受容体に比べタンパク質の立体構造形成が安定していることが分かりました (図 1)。Traffic ORs には保存性の高いアミノ酸が全体に散らばっていること、また、Traffic ORs はマウス の嗅覚受容体の系統樹に広く分布していたことから、ある特定の嗅覚受容体が Traffic ORs に属していな いことが分かりました。
次に、ヒト嗅覚受容体のアミノ酸配列から分けられるグループ毎に、アミノ酸配列の共通性の高いコ ンセンサス ORs を人工的に構築し、HEK293T 細胞でその機能を評価しました。すると、一部のコンセ ンサス ORs は非常に高い細胞膜局在を示し、かつ、匂い分子応答性を示しました(図 2)。コンセンサス ORs に対し、分子シミュレーション解析から熱安定性を高めると予測されたアミノ酸変異を導入したと ころ、さらに匂い分子応答性を保持したまま細胞膜局在量が増大したことから、嗅覚受容体のタンパク 質の熱安定性と機能発現量の相関関係がここでも実証されました。
タンパク質の熱安定性と機能的発現量に相関を示すことはある程度予想できることですが、嗅覚受容 体の場合 1 つのアミノ酸変異であっても、その機能性を大きく変化させます。嗅覚受容体はヒトでは約 400 種、マウスでは約 1100 種と非常に種類が多く、それは環境中の多彩な匂いに対応するために遺伝子 変異の速度が速くなったと考えられています。アミノ酸に変異が起きることで、受容体が応答できる匂 い分子が増える一方で、その代償としてタンパク質の構造安定性が低下してしまったと考えられます。 しかし、生物はこの不安定な嗅覚受容体も機能させるために、Receptor transporting protein(RTP)といった シャペロンタンパク質を生み出し、多様な嗅覚受容体を機能させ、嗅覚を発達させるように進化を遂げ ていったと考えられます。
今回発見した Traffic ORs やコンセンサス ORs は、単独で高いタンパク質発現を示すため、 従来の嗅覚受容体では難しかった機能性のあるタンパク質を精製できるなど、嗅覚受容体タンパク質の 機能解析を行いやすいと考えられます。また嗅覚受容体の細胞内での成熟化に至るプロセスはほとんど 研究がされていません。多くの嗅覚受容体を補助する RTP に関しても、現在までにどのようにして嗅覚 受容体を細胞膜に運ぶメカニズムは未解明で、本研究グループでは RTP による嗅覚受容体膜輸送機構の 解明にも取り組んでいます(Fukutani et al., J Biol Chem 2019)。今後、RTP などの補助を必要とする受容体 と Traffic ORs の比較試験などを行うことで、嗅覚受容体の機能発揮に関する知見が広がる可能性が高い と考えられます。
また、Traffic ORs にはアミノ酸配列に共通性もみられたことから、今後より多くの嗅覚受容体の細胞 膜局在性と匂い分子応答性の情報を網羅的に集め、その情報を集約することで、将来的にはある匂い分 子に応答できる人工嗅覚受容体の創出なども可能になるかもしれません。
図1 マウス嗅覚受容体の細胞膜局在性スクリーニング試験の概要とタンパク質構造安定性との関係
![or1](or_files/or1.jpg)
図2 コンセンサス嗅覚受容体の構築の概要
![or2](or_files/or2.jpg)
代表論文
Structural instability and divergence from conserved residues underlie intracellular retention of mammalian odorant receptors.
Proc Natl Acad Sci USA. (2020) 117:2957-2967.
doi: 10.1073/pnas.1915520117. LINK
RTP ノックアウトマウスを用いた実験で、大多数の嗅覚受容体が細胞 膜に局在できず嗅覚応答が低下すること、しかし、一部の嗅覚受容体は細胞膜局在を保つため嗅覚を完全に失わないことを以前報告しています(Sharma et al., eLife 2017)。この報告を基に、一定数の 嗅覚受容体は RTP がなくても機能すると仮定し、約200種の嗅覚受容体の細胞膜局在性をヒト由来培養細胞 HEK293T細胞を使い評価しました。すると、一部の嗅覚受容体は単独で HEK293T 細胞に局在できることが分かりました(Traffic ORs と記載)。これら Traffic ORs の 7 回膜貫通タンパク質構造モデルを用いた分子シミュレーション解析により、単独で細胞膜に局在でき る嗅覚受容体は他の嗅覚受容体に比べタンパク質の立体構造形成が安定していることが分かりました (図 1)。Traffic ORs には保存性の高いアミノ酸が全体に散らばっていること、また、Traffic ORs はマウス の嗅覚受容体の系統樹に広く分布していたことから、ある特定の嗅覚受容体が Traffic ORs に属していな いことが分かりました。
次に、ヒト嗅覚受容体のアミノ酸配列から分けられるグループ毎に、アミノ酸配列の共通性の高いコ ンセンサス ORs を人工的に構築し、HEK293T 細胞でその機能を評価しました。すると、一部のコンセ ンサス ORs は非常に高い細胞膜局在を示し、かつ、匂い分子応答性を示しました(図 2)。コンセンサス ORs に対し、分子シミュレーション解析から熱安定性を高めると予測されたアミノ酸変異を導入したと ころ、さらに匂い分子応答性を保持したまま細胞膜局在量が増大したことから、嗅覚受容体のタンパク 質の熱安定性と機能発現量の相関関係がここでも実証されました。
タンパク質の熱安定性と機能的発現量に相関を示すことはある程度予想できることですが、嗅覚受容 体の場合 1 つのアミノ酸変異であっても、その機能性を大きく変化させます。嗅覚受容体はヒトでは約 400 種、マウスでは約 1100 種と非常に種類が多く、それは環境中の多彩な匂いに対応するために遺伝子 変異の速度が速くなったと考えられています。アミノ酸に変異が起きることで、受容体が応答できる匂 い分子が増える一方で、その代償としてタンパク質の構造安定性が低下してしまったと考えられます。 しかし、生物はこの不安定な嗅覚受容体も機能させるために、Receptor transporting protein(RTP)といった シャペロンタンパク質を生み出し、多様な嗅覚受容体を機能させ、嗅覚を発達させるように進化を遂げ ていったと考えられます。
今回発見した Traffic ORs やコンセンサス ORs は、単独で高いタンパク質発現を示すため、 従来の嗅覚受容体では難しかった機能性のあるタンパク質を精製できるなど、嗅覚受容体タンパク質の 機能解析を行いやすいと考えられます。また嗅覚受容体の細胞内での成熟化に至るプロセスはほとんど 研究がされていません。多くの嗅覚受容体を補助する RTP に関しても、現在までにどのようにして嗅覚 受容体を細胞膜に運ぶメカニズムは未解明で、本研究グループでは RTP による嗅覚受容体膜輸送機構の 解明にも取り組んでいます(Fukutani et al., J Biol Chem 2019)。今後、RTP などの補助を必要とする受容体 と Traffic ORs の比較試験などを行うことで、嗅覚受容体の機能発揮に関する知見が広がる可能性が高い と考えられます。
また、Traffic ORs にはアミノ酸配列に共通性もみられたことから、今後より多くの嗅覚受容体の細胞 膜局在性と匂い分子応答性の情報を網羅的に集め、その情報を集約することで、将来的にはある匂い分 子に応答できる人工嗅覚受容体の創出なども可能になるかもしれません。
図1 マウス嗅覚受容体の細胞膜局在性スクリーニング試験の概要とタンパク質構造安定性との関係
![or1](or_files/or1.jpg)
図2 コンセンサス嗅覚受容体の構築の概要
![or2](or_files/or2.jpg)
代表論文
Structural instability and divergence from conserved residues underlie intracellular retention of mammalian odorant receptors.
Proc Natl Acad Sci USA. (2020) 117:2957-2967.
doi: 10.1073/pnas.1915520117. LINK