シングルセルテクノロジーの開発
血中循環腫瘍細胞(Circulating tumor cells: CTCs)とは
がんは転移を繰り返すことで患者さんを死に至らしめる病気です。そのため、がん診断では転移を予測するツールの開発が求められています。予測に用いる試料として、がん組織を直接採取する組織生検が用いられていますが、これは患者さんに負担が大きく、合併症等のリスクもあります。
この問題を解決するため、負担の少ない「リキッドバイオプシー」の活用が注目されています。リキッドバイオプシーの対象として、がん組織から血管内に侵入して全身を巡り転移を引き起こす血中循環腫瘍細胞 (Circulating tumor cell: CTC)が知られており、有力なバイオマーカーとして期待されています。しかし、CTC は血液1ml中に約50億個の血球に対し、1-100個程度と非常に希少な細胞であり、解析には血液中から効率よく回収する技術が不可欠です。
シングルセル解析技術：Microcavity array(MCA)
当研究室ではこれまでに、Microcavity array (MCA)というフィルター型のデバイスを開発してきました。MCAは直径数μmの細かな孔が等間隔に配置されており、細胞を吸引することで高密度に並べる（アレイ化する）ことができます。CTCは赤血球や白血球と比べてサイズが大きく、変形しにくい性質を持つため、MCAを用いて効率的に回収できると考えました。孔のサイズや形状、数を検討した結果、95%以上の回収率でがん細胞を回収できるMCAの開発に成功しました。この技術の実用化を目指し、CTCの自動回収装置の開発や医療機関と連携して臨床研究を進めています。
シングルセル分離技術： Gel-based cell manipulation (GCM)
CTCの性質を詳しく評価するためには、個々のCTCを取り出し、ゲノムやトランスクリプトームを解析する必要があります。しかし、従来の技術では、単一細胞を分離するために大型の装置や煩雑な操作が必要でした。さらに、CTCの存在数が極めて少ないことから、MCAで回収したCTCを損失なく分離することが困難でした。そこで、当研究室では、細胞を視認可能な大きさのゲルに埋め込むことで、MCAで回収したCTCを容易に分離可能とするGel-based Cell Manipulation (GCM)法を開発しました。
GCM法では、光硬化性ハイドロゲル（特定の波長の光を照射することで固化するハイドロゲル）を用いることで、1個の細胞を選択的にハイドロゲルに埋め込むことに成功しました。これにより、単一細胞をピンセットで操作することが可能になりました。現在、この技術を用いたがん患者血液中のCTC分離および遺伝子解析の実証試験を進めています。また、この技術は特別な設備や高度な技術を必要とせず、単一細胞解析を実現可能にするため、CTC以外の細胞への応用も視野に入れています。
