2024年度の論文紹介


第1回(4/15):金 貴美愛(M1)

Selective Synthesis of Defect-Rich LaMnO3 by Low-Temperature Anion Cometathesis
Gia Thinh Tran et al., Inorg. Chem. 63, 3250–3257 (2024).

 ペロブスカイト型LaMnO3は幅広い欠陥濃度を持ち、巨大磁気抵抗効果を示すことで知られる。本論文ではLiMnO2 + LaOX(X=Cl,Br,ClとBrの等モル混合物)メタセシス反応に焦点を当てた。いずれにおいても金属カチオンに対して過剰な酸素を伴って生成物LaMnO3+xが形成され、LaOClとLaOBrの混合物を用いたアニオンコメタセシスによって最も低い反応温度で進行した。計算熱力学によって、欠陥濃度の系統的な変動と局所平衡から全体的な熱力学的平衡への反応の移行が明らかになった。機能性材料において原子欠陥が巨視的な特性を制御することが多い。そのため、反応に直接関与しない追加元素を含めた低温固体反応においてどのように局所平衡が生じるのか、化学ポテンシャルの状況を理解することは今後の固体合成におけるより総合的な制御につながる。


第2回(4/22):千野根 広大(M1)

Transition from Ferromagnetic Semiconductor to Ferromagnetic Metal with Enhanced Curie Temperature in Cr2Ge2Te6 via Organic Ion Intercalation
Naizhou Wang et al., Nature Physics 13, 157 (2017).

 二次元極限における磁性は新たな物理現象や応用の可能性を探る上で、興味深いテーマとなっている。特に二次元磁性は、しばしば固有なスピン揺らぎや多彩な電子構造と関連することが多く、二次元材料研究に大きな可能性を与えている。しかしながら従来の系は機械的剥離や原子層堆積法によって実現しなければならず、二次元磁性を持つ候補物質を検証するのは依然として困難である。ここでは、電気化学的に有機分子をインターカレーションすることで二次元磁気特性を操作する方法について、テトラブチルアンモニウム(TBA+)を用いて金属的な振る舞いをする(TBA+)Cr2Ge2Te6ハイブリッド超格子の合成に成功したことを報告している。(TBA)Cr2Ge2Te6のキュリー温度は、前駆体のCr2Ge2Te6が持つ67Kから208Kへと大幅に上昇した。さらに磁化容易軸がc軸からab面へと変化した。理論計算から、キュリー温度の急激な上昇は、磁気的な相互作用が前駆体Cr2Ge2Te6の弱い超交換相互作用から(TBA)Cr2Ge2Te6の強い二重交換相互作用に変化したことに起因する。これらの発見は有機イオンをインターカレートすることで、ファンデルワールス磁性体の磁性を操作できることを初めて実証している。これは、ファンデルワールス結晶における多彩な磁気的・電子的性質を探索するための簡便で効率的なアプローチとなりうる。


第3回(5/16):吉良 春希(M1)

Stabilization of a honeycomb lattice of IrO6 octahedra by formation of ilmenite-type superlattices in MnTiO3
Kei Miura et al., Communications Materials 1, 55 (2020).

 量子物性研究において、薄膜はバルク結晶には存在しないエピタキシャルひずみと二次元性を介した磁気相互作用を制御する魅力的な分野である。ここでは、薄膜の量子スピン液体の発展のための有望な候補物質として、固くて丈夫なイルメナイト型酸化物を提案する。安定化されたサブユニットセルのMn-Ir-O層はMnTiO3と同じ構造で、イルメナイト型MnIrO3の原子配置に対応する。スピンホール磁気抵抗測定を行うことによって、イルメナイトMn副格子内の反強磁性秩序が、IrO6平面を介したMnO6平面における修正された磁気相互作用によって制御されることを観測した。これらの発見は、二次元のキタエフ候補物質の開発に貢献し、量子スピン液体に特有な独自の物理学や応用の発見を加速させる。


第4回(5/27):久米田 理桜(M2)

Antiferromagnetism and crystalline electric field excitations in tetragonal NaCeO2
M. M. Bordelon, et al., Phys. Rev. B 103, 024430(2021).

 正方晶 I41/amdであるNaCeO2の結晶構造、磁気特性、結晶場を調べた。この化合物では、Ce3+イオンは反強磁性的相互作用(ΘCW = -7.69K)によって結合した正方晶に細長く伸びたダイヤモンド格子を形成し、TN=3.18K以下で磁気秩序を形成する。中性子非弾性散乱によってCe3+のJ=5/2結晶場分裂多重項を調べ、|mx>混合状態からなるJeff=1/2基底状態の多重項をパラメータ化した。中性子粉末回折データから、μ=0.57(2) μBモーメントがc軸方向に揃ったA型反強磁性が発現することが明らかになった。この磁気構造は、細長いダイヤモンド格子上のフラストレート・ハイゼンベルグJ1-J2モデルの予想と一致し、有効交換値はJ1>4J2、J1>0であった。


第5回(6/10):伊藤 正明(M2)

K2Co2TeO6: A layered magnet with a S = 1/2 Co2+ honeycomb lattice
Xianghan Xu, et al., Phys. Rev. B 108, 174432(2023).

 近年、量子スピン液体を理解するためのモデルとしてKitaev模型に注目が集まり、Co2+をベースとしたハニカム格子磁性体への関心が高まっている。本論文では、Co2+ハニカム格子磁性体のひとつであるK2Co2TeO6の結晶構造と物性について報告する。単結晶を合成してX線回折測定と各種顕微鏡を用いた実験をおこなった結果、K2Co2TeO6の空間群をはじめとした結晶構造パラメータが明らかになった。また、磁化率および熱力学的特性の評価により、低温でCo2+が有効スピンS = 1/2状態となり、磁場を印加することで抑制できる弱い磁気転移が存在することが示された。そして、ハニカム層間に分布するKの無秩序度は熱処理によって調整可能であり、それが磁気的な挙動に明確な影響を与えることが判明した。


第6回(6/24):北村 昌大(M2)

Semiconducting Electronic Structure of the Ferromagnetic Spinel HgCr2Se4 Revealed by Soft-X-Ray Angle-Resolved Photoemission Spectroscopy
H. Tanaka, et al., Phys. Rev. Lett. 130, 186402(2023).

 本論文では、軟X線角度分解光電子分光(SX-ARPES)と第一原理計算によって、強磁性スピネルHgCr2Se4の電子構造を研究した。 理論的研究から本物質はワイル半金属であると予測されていたが、SX-ARPES測定によって強磁性相に半導体状態が存在する直接的な証拠が得られた。また、ハイブリッド関数を用いた密度汎関数理論に基づくバンド計算は、実験的に決定されたバンドギャップ値を再現し、計算されたバンド分散はARPES実験とよく一致した。HgCr2Se4のワイル半金属状態の理論予測はバンドギャップを過小評価しており、この物質は強磁性半導体であると結論付けた。


第7回(10/15):北村 昌大(M2)

Accessing bands with extended quantum metric in kagome Cs2Ni3S4 through soft chemical processing
Graciela Villalpando et al., Sci. Adv. 10, eadl1103 (2024)

 単に弱い相互作用から生じるのではないフラットバンドは、超伝導や相関多体効果のようなエキゾチックな物理的性質を生み出す可能性がある。相関のあるフラットバンドを実現する方法として、カゴメ格子のような特定の格子構造における幾何学的制約を利用することが考えられる。本論文ではフェルミ準位より下の準位を持つフラットバンドにアクセスするための、簡単なソフト化学的手法を紹介する。Niカゴメ材料Cs2Ni3S4をCsNi3S4に酸化することで、室温抵抗が2桁低下した。しかし、CsNi3S4は依然として絶縁体であり、相転移の証拠はない。CsNi3S4の測定結果、密度汎関数理論計算、対称性解析を用いた結果から未知の相関絶縁状態の出現が示唆された。


第8回(10/22):伊藤 正明(M2)

Suppression of antiferromagnetic order by strain-enhanced frustration in honeycomb cobaltate
Gye-Hyeon Kim et al., Sci. Adv. 10, eadn8694 (2024).

 コバルトハニカム格子層状磁性体は分数励起を特徴とするキタエフ量子スピン液体を実現するモデルとして有望であると考えられているが、実際は低温で磁気秩序状態となる。本論文では、この磁気秩序を抑制するためにはコバルトハニカム格子層状磁性体におけるCoO6八面体のtrigonal歪み制御が重要であることを示す。Cu3Co2SbO6薄膜のヘテロ構造工学とヘリウムイオンの注入によってCoO6八面体のtrigonal歪みを操作した結果、歪みの増大と緩和に伴って磁気転移温度がそれぞれ上昇および低下することを確認した。さらに、CoO6八面体の歪み緩和が最近接ハイゼンベルグ相互作用J1の増強に寄与し、磁気秩序の抑制が系のフラストレーション増大によるものであることが第一原理計算によって示された。


第9回(10/28):千野根 広大(M1)

Suppression of antiferromagnetic order by strain-enhanced frustration in honeycomb cobaltate
Yoshinori Imai, et al., Phys. Rev. B. 99, 245141 (2019).

 水和およびリチウム挿入されたα-RuCl3であるLixRuCl3・yH2Oの輸送特性と磁気特性を調査し、Kitaev模型の実現候補材料へのキャリアドーピングの影響を探求している。熱重量分析および一次元電子マップ解析から、このシステムには、モノレイヤー水和型LixRuCl3・yH2O(x ≈ 0.56, y ≈ 1.3)とバイレイヤー水和型LixRuCl3・yH2O(x ≈ 0.56, y ≈ 3.9)の2つの結晶構造が存在することがわかった。電気抵抗率の温度依存性は200–270 Kで温度ヒステリシスを示し、これは電荷秩序の形成に関係していると考えられる。元のα-RuCl3における7–13 Kの反強磁性秩序は、バイレイヤー水和型LixRuCl3・yH2Oでは2 Kまで抑制されており、これはRuの電子状態だけでなく、Ru-Cl平面間の層間距離にも敏感であることが示唆される。


第10回(11/05):吉良 春希(M1)

A half-metallic A- and B-site-ordered quadruple perovskite oxide CaCu3Fe2Re2O12 with large magnetization and a high transition temperature
Wei-tin Chen, et al., Nature Communications 5, 3909 (2014)

 スピンと伝導電子の間の強い相関は、スピントロニクス材料やデバイスにおいて鍵となる。La1-xSrxMnO3, Fe3O4, CrO2やSr2FeMoO6のようないくつかの強磁性またはフェリ磁性遷移金属酸化物は、室温でスピン偏極した伝導電子を持つが、スピントロニクス応用のための高いキュリー温度(室温よりかなり高い)と大きな磁化を持つ他のスピン偏極酸化物を見つけることは難しい。ここでは、A-およびB-サイト秩序型四重ペロブスカイト酸化物であるCaCu3Fe2Re2O12がスピン偏極した伝導電子を持ち、560 Kまでフェリ磁性であることを示す。3つの磁性カチオン間のカップリングは、高いキュリー温度8.7μBの大きな飽和磁化、少数スピンバンドのみがフェルミ準位を横切るハーフメタル電子構造をもたらし、高度にスピン偏極した伝導電子を生成する。スピン分極は、多結晶試料で観測された低磁場磁気抵抗効果によって確認された。CaCu3Fe2Re2O12および関連する四重ペロブスカイト相の最適化は、有用な新規のスピントロニクス材料を生み出すと期待される。


第11回(11/12):久米田 理桜(M2)

Magnon thermal Hall effect via emergent SU(3) flux on the antiferromagnetic skyrmion lattice
Hikaru Takeda, et al., Nature Communications 15, 566 (2024).

 物質の量子相の複雑さは、フラストレート磁性体におけるスピン液体のZ2ゲージ理論やU(1)ゲージ理論による記述に見られるように、ゲージ構造を用いて理論的に理解されることが多い。導電性電子の異常ホール効果は、強磁性モーメントの空間変調を表すU(1)ゲージ、あるいはスピン軌道結合効果を表すSU(2)ゲージから本質的に生じる。同様に、絶縁体強磁性体や反強磁性体では、マグノンの異常輸送への寄与は、秩序磁気構造に存在するU(1)とSU(2)磁束の観点から説明される。ここでは、MnSc2S4の14Tまでの磁場中における熱ホール測定を報告する。熱ホール係数は、物質が3格子反強磁性スキルミオン相に入ったときに大きな値をとるが、これは線形スピン波理論と一致する。我々の記述では、マグノンはSU(3)ゲージ磁場の影響を受けているが、これはそれら副格子上の少しずつ変化する磁気モーメントに由来する3種のU(1)ゲージ磁場の複合系である。


第12回(11/19):金 貴美愛(M2)

Perovskite-Like Carbodiimides AB(NCN)3: Synthesis and Characterization of MnHf(NCN)3 and FeHf(NCN)3
Hicham Bourakhouadar, et al., J. Am. Chem. Soc. 146, 30510−30517 (2024).

 固相メタセシス反応によって、新しい遷移金属カルボジイミドMHf(NCN)3 (M=Mn, Fe)が合成された。これはAB(NCN)3組成を持つ初の報告例であり、広く研究されているペロブスカイト型酸化物ABO3に類似している。MHf(NCN)3の結晶構造はRietveld解析により非中心対称の空間群P6322と決定された。さらにキラリティーを考慮して改良され、NiAs型構造を持ち金属カチオンが八面体サイトの2/3を秩序的に占めていることが明らかになった。、IR分光法およびDFT計算によって、構造内のカルボジイミドイオン[NCN]2-はC2v対称性を持って曲がっていることが確認された。FeHf(NCN)357Feメスバウアー分光測定によって高スピンFe(II)の存在が確認された。MnHf(NCN)3の磁化率測定結果は強い反強磁性相互作用を示したが長距離秩序は観測されず、磁気的フラストレーションの存在が考えられる。さらに、MnHf(NCN)3は3.04 eVの広いバンドギャップとp型半導体特性を示した。ペロブスカイト型酸化物を異方性に因る自由度を持ったカルボジイミドイオンによって拡張することで、新しい材料特性の発見が期待される。


第13回(11/26):崎向真人 (B4)

Spin 1/2 Delafossite Honeycomb Compound Cu5SbO6
E. Climent-Pascual, et al. Inorg. Chem. 51, 557 (2012).

 Cu5SbO6は単斜晶デラフォサイト由来の構造を持ち、O–Cu(I)–Oスティックの層とJahn-Teller歪みを持つCu(II)O6八面体がSb(V)O6八面体とエッジ共有したハニカム格子磁気層で構成されることがわかった。これにより構造式はCu(I)3Cu(II)2Sb(V)O6となる。合成条件に応じて秩序積層と無秩序積層のバリアントが観察される。スピン1/2のCu2+イオンはハニカム層でダイマーを形成する。5〜300 Kの間で測定された磁化率は、189 Kの一重項-三重項スピンギャップの存在を示す。高分解能シンクロトロンX線回折研究により、300 Kから20 Kまでの間で、スピンギャップ温度を通じてパイエルス様歪みの増強を示唆するような、ダイマー内またはダイマー間距離の変化が非常に小さいことが示される。NaFeO2型Cu2+ハニカム化合物Na3Cu2SbO6およびNa2Cu2TeO6との比較も行われている。


第14回(12/03):庄子公基(B4)

Magnetization dynamics of the compensated ferrimagnet Mn2RuxGa
G. Bonfiglio, et al. Phys. Rev. B. 100, 104438 (2019).

 本研究では、補償型フェリ磁性体Mn2RuxGaの静的および時間分解による動的磁気特性を室温から10 Kまで調査し、磁気補償温度T_Mを横断する挙動の解析を行った。その挙動は単純な非共線型フェリ磁性体モデルを用い、一軸異方性および部位特異的な磁気回転比を考慮して解析した。結果として、ゼロ磁場における最大共鳴周波数は約160 GHz、固有Gilbert減衰係数はα ~ 0.02と非常に小さいことが分かった。このことから、Mn2RuxGaは多くのスピントロニクス応用において非常に有望な候補であるといえる。