2022年度の論文紹介
第一回(4/21):若杉和弘(M1)
Observation of superconductivity at 30~46K in AxFe2Se2 (A=Li, Na, Ba, Sr, Ca, Yb, and Eu)T. P. Ying, et al., Sci. Rep., 2 426(2012)
FeSeに金属を挿入した超伝導体はFeAsで見られる電子構造とは異なっていることから、超伝導を担う相が議論されている。この超伝導相の解明のためのアルカリ、アルカリ土類金属含む新たな同型カルコゲナイドを合成することは失敗が続いている。そこで液体アンモニアを使ったアモノサーマル法を用いて低温でFeSe層の間にアルカリ、アルカリ土類金属や、希土類をインターカレーションすることで超伝導転移温度が 30~46 Kと比較的高い超伝導体の合成に成功した。結果として、アンモニアのはたらきから低温で金属インターカレーションができること、電子ドープが超伝導を誘起することが分かった。この結果はドーピングされたFeSe系において超伝導とその機構の理解における新たな出発点となりうる。
第二回(5/11):石北大悟(M2)
Quantum spin liquid behavior and cluster Mott insulator phases in the Mo3O8 magnetsS. A. Nikolaev, et. al., npj Quantum Mater. 6, 25 (2021)
S=1/2 Mo3クラスターからなる三角格子を持つMo3O8型クラスター磁石は、LiZn2Mo3O8やLi2AMo3O8 (A=In, Sc) などで特異な現象が観測されており、魅力的な物理を持つことが期待されています。しかし、これらのMo3クラスター磁石の磁性の微視的起源は未解決の問題である。そこで、本研究では、1/6充填異方性カゴメ格子の拡張ハバードモデルを考慮し、第一原理計算を行った。計算結果から得られた物性予測は、これまでの実験結果と良い一致を示した。この一致は、Chenらによって提案されたLiZn2Mo3O8の磁気特性に関する理論の妥当性を示している。また、本研究により、電子ホッピングとサイト間クーロン相互作用が、Mo3クラスター磁石の特性を決定する上で特に重要なパラメータであることが示されました。これらの結果は、Mo3O8系のさらなる理解に貢献するものです。
第三回(5/26):伊東賢佑(M2)
Direct experimental observation of the molecular Jeff = 3/2 ground state in the lacunar spinel GaTa4Se8M. Y. Jeong, et. al., Nature Communications, 8, 782 (2017)
4d-、5d-電子系化合物では、強いスピン軌道相互作用によりt2g軌道縮退が分裂し、基底状態が有効全角運動量Jeffで記述される。ラクナースピネルGaTa4Se8では、Ta原子が4量体を形成し、分子Jeff=3/2の基底状態を形成することが理論的に予言されていた。本論文では、共鳴非弾性X線散乱(RIXS)により、L2, L3吸収端からの軌道励起を直接観測し、Jeff=3/2の存在を実験的に検証した。この結果は、GaTa4Se8だけでなく、他のラクナースピネルの物性の理解にも貢献するものである。
第四回(6/9):若杉和弘(M1)
A Self-Doped Oxygen-Free High-Critical-Temperature (High‑Tc) Superconductor: SmFFeAsDan Lin, et al., Inorg. Chem., 58, 22, 15401–15409 (2019)
鉄系層状超伝導体への電子・正孔ドーピングは、超伝導転移温度を向上させることが示されている。しかし、ドーピングには不純物の増加や材料の分解などの問題があり、転移温度の向上には限界がある。そこで、外部からのドーピングを行わずに超伝導転移温度を向上させることが課題となっています。我々は、固体メタセシス反応を用いて1111系を合成した。LiFeAsとSmFClを用いて、新しい1111系超電導体SmFClを合成することに成功した。この材料は2価、3価のSmが混在しており、SmからFeAs層への自己ドーピングと考えられた。自己ドーピングしていると考えられた。したがって、この自己ドーピングの概念は、将来の超伝導体の合成に有用であると考えられる。
第五回(6/23):石北大悟(M2)
Quantum Spin-Liquid Behavior in the Spin-1/2 Random Heisenberg Antiferromagnet on the Triangular LatticeK. Watanabe, et. al., J. Phys. Soc. Jpn. 83, 034714 (2014)
kappa-(ET)2Cu2(CN)3, EtMe3Sb[Pd(dmit)2]2 といった有機分子ダイマー三角格子磁性体の量子スピン液体的な振る舞いは従来のHeisenbergモデルでは説明することができず、そのことがこれらの物質の物性理解を妨げる要因となっている。この問題を解決するためには従来のモデルの見直しを図る必要があった。そこで、本研究では物質の構造に立ち返り「ランダムネス」という要素を導入してモデルの再構築を行った。そのモデルに基づいて行った計算の結果は、これまで説明できなかった実験結果との合致を見せたほか、系の電子状態に関して新たな知見を与えた。以上の結果から、再構築したモデルの妥当性、および有機分子ダイマー三角格子磁性体の物性にはランダムネスが深く関係していることが分かった。
第六回(7/7):伊東賢佑(M2)
Nonmagnetic Ground States and a Possible Quadrupolar Phase in 4d and 5d Lacunar Spinel Selenides GaM4Se8 (M = Nb, Ta)H. Ishikawa, et al., Phys. Rev. Lett. 124, 227202 (2020)
4d、5d遷移元素を含むラクナースピネルでは、「分子」スピン軌道相互作用により、有効全角運動量Jeffは良い量子数となっている。このスピン軌道結合状態において、四極子などの多極子相が形成されることが期待される。本論文では、Jeff=3/2候補物質GaM4Se8 (M = Nb, Ta)の磁気状態を磁化測定とNMR測定によって明らかにする。また、帯磁率測定の異常と構造解析から、GaNb4Se8では磁気転移の前に四極子相が形成される可能性があることがわかった。これらの結果は、スピン軌道物理学のプラットフォームの拡張に貢献するものである。
第七回(10/14):若杉和弘(M1)
A new "111" type iron pnictide superconductor LiFePZ. Deng, et al., Europhysics Letters 87, 37004 (2009)
鉄を含む鉄ニクタイド(第15族元素)化合物の超伝導体は、従来の転移温度より高いものがあり、従来のBCSとは異なるこの系の超伝導機構を根本的に解決することが課題となっている。そのためには、単純な構造をもった新しい超伝導体の探索が必要となる。本論文では、LiFeAsと空間群が同じ構造である鉄リン化合物LIFePが最大6 Kで超伝導転移をすることを発見した。これにより鉄ニクタイド化合物における物性の解明に近づくことが期待できる。
第八回(10/21):石北大悟(M2)
Magnetic order and spin liquid behavior in [Mo3]11+ molecular magnetsQ. Chen, et al., Phys. Rev. Mater. 6, 044414 (2022)
不対電子を持つ[Mo3]11+ 分子が構成する三角格子を基調とした磁性体は、量子スピン液体状態を実現する物質の候補として注目を集めている。また過去の研究結果から、基底状態の高い可変性及び新奇な相の発見が期待されている。本論文では、3種類の物質:Na3Sc2Mo5O16, ZnScMo3O8, MgScMo3O8を合成し、帯磁率、比熱、μSR等の様々な物性測定を行った。その結果Na3Sc2Mo5O16については量子スピン液体の振る舞いを、ZnScMo3O8, MgScMo3O8については磁気秩序(低モーメントの強磁性orキャントした反強磁性)を観測した。さらに、先行研究の結果と合わせて考えると、分子内・分子間のMo-Mo距離が系の磁性を決定する重要なパラメーターであることを見出した。
第九回(11/4):伊東賢佑(M2)
Control of the Electronic Properties and Resistive Switching in the New Series of Mott Insulators GaTa4Se8-yTeyV. Guiot et al., Chem. Mater. 23, 2611–2618 (2011)
銅酸化物高温超伝導体が発見されて以降、Mott転移近傍の電子状態の解明を目的として、化学ドープや物理圧力により電子相関、バンド幅を制御する取り組みが盛んに行われている。本論文はSeをTeに置換したMott絶縁体GaTa4Se8-yTey(0≦y≦6.5)について報告する。単結晶X線構造解析とバンド計算の結果、y=4で秩序化合物として存在し、また、その前後ではTeの化学圧力効果によって電子相関を制御できることがわかった。
第十回(11/18):北村昌大(B4)
Magnetic and Structural Properties of A-Site Ordered Chromium Spinel Sulfides: Alternating Antiferromagnetic and Ferromagnetic Interactions in the Breathing Pyrochlore LatticeY. Okamoto, et al., J. Phys. Soc. Jpn. 87, 034709 (2018)
Aサイトに2種類の原子が規則的に配列したブリージングパイロクロア格子が基底状態の制御の観点から注目されている。候補物質であるCuInCr4S8は40年ほど前に集中的に研究されたがLiInCr4S8とLiGaCr4S8についてはこれまで詳細な研究は行われていない。そこで本論文では3種類の物質LiInCr4S8、LiGaCr4S8、CuInCr4S8を合成し、帯磁率と比熱の物性測定を行った。3つの硫化物の磁化過程の測定結果は大きく異なっており、LiInCr4S8とCuInCr4S8の磁化曲線は大きなヒステリシスループを持つが、LiGaCr4S8にはヒステリシスがなかった。このように3つの硫化物はパイロクロア格子上に反強磁性相互作用と強磁性相互作用の両方を共通に持つにも関わらず著しく異なる磁気特性を示した。
第十一回(12/9):金貴美愛(B4)
Selective Formation of Yttrium Manganese Oxides through Kinetically Competent Assisted Metathesis ReactionsP. K. Todd and J. R. Neilson, J. Am. Chem. Soc. 141, 1191-1195 (2019).
複合酸化物の合成には固体拡散による障壁を超えるために⾼温が必要であり、その反応は通常、特定の組成に対して最安定な構造を⽣成する。新規あるいは準安定な複合酸化物を合成するには、反応経路と⽣成物を制御するためにより低い初期エネルギー障壁を備えた動⼒学的に有能な反応を考案する必要がある。ここでは、酸素流れの下でのMn2O3、YCl3、およびA2CO3(A=Li, Na, K)間の補助メタセシス反応による、様々なイットリウムマンガン酸化物の選択的合成について詳しく説明する。炭酸リチウム(A=Li)では斜⽅晶ペロブスカイトo-YMnO3が550〜850℃の温度範囲で形成され、炭酸ナトリウム(A=Na)ではパイロクロアY2Mn2O7が650 ℃で形成される。炭酸カリウム(A=K)では明らかな選択性は観測されず、すべてのアルカリ炭酸塩においてT>950℃では最安定な六⽅晶ペロブスカイトYMnO3が形成された。アルカリ種は反応経路を変更し、両⽅の相の形成における動⼒学的制御を与える。
第十二回(12/16):久米田理桜(B4)
Toward Reaction-by-Design Achieving Kinetic Control of Solid State Chemistry with MetathesisA. J. Martinolich and J. R. Neilson, Chem. Mater. 29, 2, 479–489 (2017).
固相反応経路の制御は、新しい機能性無機材料の設計・発見のために重要である。固体化学は、エネルギー的に最安定な生成物が形成される熱力学的制御から準安定な物質を制御可能にする速度論的制御へと移行するために様々な合成アプローチが用いられてきた。本論文では、固相メタセシス反応における反応経路や生成物を変化させるための速度論的制御に焦点を当てる。固相反応の速度論的制御に必要な要素について考察し、合成固体化学を「デザインした反応」のパラダイムへと拡張する可能性のある、様々な中間体や速度論的経路を観察するために反応をその場で研究することの有用性を説明する。
第十二回(12/23):伊藤正明(B4)
Materials design of Kitaev spin liquids beyond the Jackeli–Khaliullin mechanismY. Motome, et al.,J. Phys.: Condens. Matter. 32, 404001 (2020)
物質中でKitaev型相互作用を実現するモデルとして、2009年にJackeliとKhaliullinによって提唱された機構をJackeli–Khaliullin機構という。そこでは結晶場分裂とスピン軌道相互作用による擬スピンの形成や、リガンドを介した摂動プロセスが重要であるとされる。本論文では、同機構の原理とその拡張によって見いだされた候補物質群を紹介することで、Kitaevモデルに関する理解を深め、最近の理論研究状況の共有を図る。