毒性学、といっても簡単にはイメージが湧きにくいと思います。
「そもそも毒性学とは?」「どういった手技が身につくの?」「どんな研究をしているの?」 など、私たちの研究の背景や具体的テーマについてご紹介します。
緒言 「毒性学 Toxicology とは?」
私たちは日頃から様々な物質に様々な経路で曝露しています。
たとえば風邪を引いたときには風邪薬を服用しますし、食品の中には添加物や残留農薬などが含まれている場合があります。
野外を歩けば、ハチに刺されることや、蛇にかまれることもあるかもしれません。
では、これらの物質を「薬」と「毒」とに分ける基準はなんでしょうか?
一般的なイメージとしての
「薬=生体にとって有益な作用をもたらす物質」
「毒=生体にとって有害な作用をもたらす物質」
は真に正しいとはいえません。
例えば生物界最強の毒素であるボツリヌストキシンは、近年ではボトックスなる美容治療に「薬」として利用されています。
一方で、甘~いハチミツに含まれる微量のボツリヌストキシンが、赤ちゃんにとって致死的な「毒」となることもあります。
人類の健康のために開発された睡眠薬や風邪薬が、残念にも自殺に使われることだってあります。
「薬」と「毒」の境目は「用法・用量」が決めます。
「すべての物質は毒であり、用量のみが毒か薬かを決める」は、毒性学の父であるパラケルススの格言です。
皆さんもお酒は好きですよね?
正しい用量で摂取すれば「酒は百薬の長」となるのです。
当研究室は毎年学祭に餃子とビールのお店を出店していますので、11月には是非お越しください。
さて・・・、このように用量によって有効性や毒性が変化することを「用量反応関係」と呼びます。
毒性学とは、用量反応関係に基づく研究や動物における機能的な解析を行ない、毒性機序を解明することで、ヒトや動物の健康に寄与する学問です。
当研究室では毒性学分野のうち、様々な物質への曝露に伴う病態発生機序を解明する、いわゆる「毒性病理学」をメインテーマとし、研究を遂行しています。
具体的な研究内容や学生の卒業研究テーマは、上のタグからご覧下さい。
本ウェブサイトをご覧になった方々が、私たちの研究に少しでも興味を抱いていただけることを願っています。
私たちの研究手法
剖検にせよ生検にせよ、病理学的検索はまず肉眼的に病変を認識することから始まります。 採材の箇所や切り出しの仕方はセンスが問われ、かつ後戻りが出来ない重要ポイントです。 組織は固定~包埋~薄切の後、以下の病理組織学的解析へと進みます。
鶏の関節。どこがおかしいでしょう?
HE染色
病理組織学のいわゆる“王道”です。
いずれの組織学的検索でも、まずはHE染色を観察して病態を把握することから始まります。
肝臓における小葉中心性の壊死
特殊染色
HE染色では判別しにくい対象物がある場合、染め分けたい目的に合わせて染色法を選択します。
例えば…
コンゴ赤染色:アミロイド
PAS染色:多糖類
マッソン・トリクローム染色:各種線維
チールネルゼン染色:抗酸菌
PTAH染色:線維素、横紋筋
ブタの慢性腎不全のマッソン・トリクローム染色像
免疫組織化学
組織切片上において、対象とする物質を特異的に染め分ける解析手法です。
下の2手法と異なり定量的な解析には不向きですが、発現の分布を組織学的に評価可能です。
ブタ網膜の免疫組織化学
Western blot
組織中のタンパクを検出・定量化する際に実施します。おおよその分子量を知ることも可能です。
ウシAAのSDS-PAGEおよびWestern blot
透過型電子顕微鏡法
1/10000 mmの切片を薄切し、電子染色を実施することで、細胞形態や沈着物などの形態をナノレベルで観察する方法です。
ウズラの十二指腸粘膜上皮(戻し電顕)
免疫電子顕微鏡法
電顕と免疫染色を組み合わせた手法です。二次抗体には金コロイド標識抗体を用います。
ラット乳腺アミロイドの免疫電顕
走査型電子顕微鏡法
組織の立体構造をナノレベルで観察する方法です。臓器の表面構造を観察する際には特に有効です。
乳腺導管に詰まったCorpora amylacea
PCR法
組織からDNAやRNAを抽出し、特異的プライマーを用いて目的の遺伝子を増幅します。
シーケンシング目的や、病原体の有無を確認するのに使っています。
目的のバンドは増えたかな?
リアルタイムPCR法
遺伝子を増幅効率をリアルタイムでモニタリングすることで、相対的な発現量を比較定量します。
リアルタイムPCR実施中
研究内容 「アミロイドーシスの病態理解」
アミロイドーシスとは、生体由来の異常型線維タンパクであるアミロイドが、諸臓器に沈着することによって生じる進行性の難病です。
アミロイドーシスは原因蛋白質の種類毎に36病型に分類され、アルツハイマー病やプリオン病などが含まれます。
私たちが主なテーマとしているAAアミロイドーシスは最も歴史の古いアミロイドーシスの1つです。
AAアミロイドーシスの発見時、既にALアミロイドーシスの原因タンパクが免疫グロブリンであることは判明していました。
AAアミロイドーシスの原因蛋白質は病気の発見当時、AL以外で初めて見つかったものだったため Amyloid protein A (AA) と名付けられました。
その後、AAの前駆蛋白質が血清中に存在することが明らかとなり、Serum Amyloid A (SAA) と命名されました。
前駆蛋白質がアミロイドより後に見つかった珍しいケースです。
AAアミロイドーシスは、進行性・致死性の難病です。
国内に数千~数万人の患者が存在すると考えられており、動物においては最も多くみられる病型で、ほ乳類や鳥類の幅広い動物種が発症します。
AAアミロイドーシスは、基礎疾患として慢性関節リウマチなどの慢性炎症性疾患が知られていますが、発症のトリガーはよくわかっていません。
AAアミロイドーシスは実験動物において経口伝播が成立することから、飼育動物や野生動物におけるコロニー内での水平伝播、あるいは動物から人への異種間伝播が危惧されています。
一方、アミロイドの摂取は生体内でのアミロイド形成の引き金になりうるものの、アミロイドが進行性に蓄積してアミロイドーシスを発症するためには複合的な要因が必要です。
その重要な要因として基礎疾患や何らかの毒性影響が考えられ、それによる免疫系の変調が発症に関わると予想されますが、それらの生体反応はいまだ不明なままです。
AAアミロイドーシスに限らず、近年様々な病型のアミロイドーシスで伝播性が確認されています。
私たちの研究では、豊富な自然発症例や動物モデルを様々な角度から解析し、アミロイドーシスの病理を明らかにしようとしています。
具体的な研究テーマ
動物のアミロイドーシスはAAアミロイドーシスの他に、ALアミロイドーシスやAβアミロイドーシスなど、様々な病態が知られています。
当研究室ではモデル動物や自然症例を検索し、人を含めた生物のアミロイドーシス発症メカニズムについて、比較病理学的研究に取り組んでいます。
AAアミロイドーシス発症牛
私たちの研究成果
私たちは動物における未知のアミロイドーシスの同定にも力を入れています。
特に獣医学領域において、未知のアミロイドを同定する際に免疫組織化学には限界があります。
そこで有用なのが質量分析法です。
私たちは様々な手法でパラフィン切片から抽出したアミロイドを解析し、未知のアミロイドの同定を実施しています。
人で未発見のアミロイドを動物において先駆けて発見することで、将来起こりうる人や動物のアミロイドーシスの発生予測・予防を行います。
Laser microdissectionを用いたアミロイドの回収
私たちが動物で初めて同定したアミロイド
- 2019年 ラット乳腺の針状アミロイド沈着:LPS binding protein
- 2022年 ツシマヤマネコの全身性アミロイドーシス:EFEMP1
- 2023年 犬の毛包関連アミロイド沈着:Keratin 5
- 2023年 ワタボウシタマリンの全身性アミロイドーシス:Apolipoprotein A-IV
- 2023年 犬の乳腺腫瘍随伴アミロイドーシス:α-S1-casein
- 2023年 犬猫のアミロイド産生エナメル上皮腫:Ameloblastin
- 2023年 ニホンリスの全身性アミロイドーシス:Fibrinogen α-chain
- 2023年 猫のアミロイド産生C細胞癌:CRSP1
- 2024年 ライオンの全身性アミロイドーシス:Apolipoprotein C-III
プリオンをはじめ、多くのアミロイドーシスで実験動物における伝播性が証明されています。
私たちの実験においてもAAアミロイドーシスの経口伝播性はマウス、ニワトリ、ウズラで確認されており、自然下でのAAアミロイドーシスの水平伝播が懸念されています。
しかしながら、現時点でアミロイドーシスの自然下での伝達は完全には証明できておりません。
私たちは、アミロイドーシスの伝播機構を証明し、その病因論を完全に理解することを究極目標とし、日々研究に取り組んでいます。
in vitroでのcross-seeding評価
私たちの研究成果
AAアミロイドーシスは動物で最も多いアミロイドーシスの病型ですが、有効な治療法はありません。
私たちは動物モデルを用いてAAアミロイドーシスの病態を理解することによって、その予防・治療法について模索しています。
また、アミロイドの構造特性を利用した光学的検出法についても近年力を入れて取り組んでいます。
私たちの研究成果
ほ乳類や鳥類、爬虫類などの様々な自然発生疾患を病理学的、分子生物学的あるいは超微形態学的に解析し、その病態研究を行っています。 特に鳥類の疾患は我々の得意とするところです。
鶏の悪性多型性中皮腫
私たちの研究成果
当研究室の学生研究について
当研究室では研究テーマを先輩から引き継ぐことはあまりありません。
多くの学生は新しいテーマを持って研究をスタートし、自分の代で研究を完結させ、筆頭著者論文を投稿しています。
アミロイドーシスの理解には学際的なアプローチが必要であり、次々に新しいアイディアが求められます。
是非私たちと一緒に自分ならではの研究に取り組んでみませんか?
当教室の特徴
病理学の様々な技能が身につく
当研究室は病理学を基本手技として、病理診断や病態解明研究に取り組んでいます。
「緒言」で紹介した全ての手法を余すところなく取り入れ、様々な角度から”病の理”を追究します。
広い研究視野が身につく
私たちの研究テーマの多くは共同研究によって進められています。
共同研究相手は大学や企業、自治体の研究機関など様々です。
異分野との共同研究を通じて、広い視野やアウトプットの方法、礼節を育みます。
論文が書ける
当研究室の学生にはその研究分野のスペシャリストとして、筆頭著者論文を完成させるよう指導しています。
また、ほとんどの学生はメインの卒論テーマの他に、いくつかのサブテーマを抱えています。
運が良ければ(悪ければ?)、2報以上の論文を出すことも可能です。
卒業生の研究テーマ
2023年度卒業論文・博士論文テーマ
・ 動物モデルを用いたアミロイドーシスの比較病態解明研究
(J Vet Med Sci 2021;
Exp Anim 2023;
J Pathol 2023)
・ 犬の乳腺腫瘍に随伴するアミロイド沈着に関する研究
(投稿中)
・ ホワイトライオン (Panthera leo) の家族に認められた全身性Apolipoprotein C-IIIアミロイドーシス
(Vet Pathol 2024)
2022年度卒業論文テーマ
・ マイクロミニピッグにおけるAAアミロイドーシスの病態解明研究
(Toxicol Pathol 2023)
・ 動物の自然発生性脳アミロイドβ病変の非標識自家蛍光イメージング
(J Vet Diagn Invest 2024)
2021年度卒業論文テーマ
・ 犬のケラチン性皮膚アミロイドーシスの発見と病態解明
(Vet Pathol 2023)
2020年度卒業論文テーマ
・ マウスにおけるAAアミロイドーシスの異種間経口伝播メカニズムに関する研究
(J Vet Med Sci 2021)
・ 動物AAアミロイドーシスの非標識蛍光診断法の確立
(J Vet Diagn Invest 2022)
・ AAアミロイドーシス高効率経口伝達モデルマウスの開発
(J Vet Med Sci 2021)
2019年度卒業論文テーマ
・ フラミンゴにおける中枢/末梢神経へのアミロイド沈着に関する病理学的研究
(Vet Pathol 2020)
・ プロテオーム解析に基づく動物ALアミロイドーシスの診断
(Vet Pathol 2020)
・ ネコアミロイドーシスにおけるアミロイド関連蛋白質に関する研究
(J Comp Pathol 2020)
2018年度卒業論文テーマ
・ マウスとウズラにおける経口伝播性AAアミロイドーシスの比較病理学的研究
(Avian Pathol 2019)
2016年度卒業論文テーマ
・ ウズラAAアミロイド症の病態、実験的誘発および伝播性に関する研究
(Vet Pathol 2017)
・ 抗酸化物質によるAAアミロイド症発症抑制効果の検討
(J Toxicol Pathol 2018)
2015年度卒業論文テーマ
・ マウスにおけるシルクフィブロイン暴露によるAAアミロイド症発症リスクに関する研究
(Biomed Mater 2016)