research酸化鉄バイオミネラリゼーション

生物が体内で無機物を形成する現象は、バイオミネラリゼーションと呼ばれています。この過程では生体内の有機分子が重要な役割を担い、温和な環境条件下で精密な無機構造体を形成します。このような生体システムの優れた特性から、バイオミネラリゼーションは環境負荷の少ない次世代の無機材料合成プロセスとして注目されています。当研究室では、磁性細菌が生合成する酸化鉄から成る磁気微粒子(マグネトソーム)をモデルとして、バイオミネラリゼーション機構の解明と、この生体機構を応用した革新的な機能性ナノマテリアルの創製に取り組んでいます。

磁性細菌

磁性細菌は、細胞内に磁気微粒子を合成する微生物です(図1)。磁性細菌は、池や川、海などあらゆる水圏環境で見つかっている一般細菌です。磁性細菌は、水に微量に含まれる鉄イオンを細胞の中に取り込み、無機化することで磁気微粒子を合成します。

図1磁性細菌の透過型電子顕微鏡像。細胞内に配列している黒色粒子が磁気微粒子である。複数種の磁性細菌が観察され、各種が特有の形状・サイズを有する磁気微粒子を合成していることが示されている。

この磁気微粒子は、粒径が約40 nmで、マグネタイト (磁鉄鉱) から成る強磁性体です。菌の種類によって、サイズや形態が決まっており、人工的には合成のできない形態の磁気微粒子も見られます(図2)。磁性細菌は嫌気性細菌と呼ばれる酸素を好まない細菌であり、環境中では磁気微粒子を方位磁石のように利用して地球の磁気を感知することで、酸素濃度の低い底泥に向かって遊走すると言われています。

図2 磁性細菌から単離した形態制御タンパク質存在下で合成した磁気微粒子(左)、タンパク質非存在下で合成した磁気微粒子(中央)、および磁性細菌により合成された磁気微粒子(右)の高分解能電子顕微鏡像。

磁気微粒子の形成機構

当研究室では、世界で初めて磁性細菌の全ゲノム配列の解読を行いました。この全ゲノム情報を用いて、磁気微粒子合成機構に関与する遺伝子やタンパク質の網羅的解析が可能になりました。さらに、磁気微粒子を覆う脂質二重膜に含まれるタンパク質のプロテオーム解析により、磁気微粒子の合成に直接関与する複数のタンパク質を同定しています。これらのタンパク質と磁気微粒子合成への影響を解析することで、磁気微粒子合成機構の解明を試みています (図3)。

図3磁性細菌の超薄切片像(上)と、磁気微粒子合成機構の模式図(下)。

ナノ粒子の形態制御

ナノサイズの磁石は、がんの温熱療法やMRI造影剤をはじめとする医療分野や、磁気記録媒体などの工業分野に応用されています。しかし、人工合成のナノ磁石はサイズや形態の厳密な制御が困難であることや、合成過程における環境負荷が高いことが課題となっています。そこで当研究室では磁性細菌を利用して、用途に応じた特性を有するナノサイズの磁石の設計・製造を目指しています。

当研究室は磁気微粒子上に存在する粒子形態制御タンパク質に着目しました。これまでの研究において、磁性細菌の粒子形態制御タンパク質を人工合成されたナノ磁石に添加することで、ナノ磁石の形態を変化させることに成功しています (図4)。今後、磁気微粒子形態制御タンパク質の詳細な機能を解明することで、さらに自在な形態のナノ磁石を合成することが可能になります。

図4野生株および遺伝子組換え磁性細菌により合成された多様な形態の磁気微粒子(左)と遺伝子組換え磁性細菌培養液(右)。培養液は細菌による磁気微粒子の大量合成により黒色を呈している。