甲虫は、地球上に350,000種以上存在する非常に多様性に富んだ生物群です。自然界を観察すると、多様な形や色をした甲虫が見られます。昆虫の外骨格は軽量であることに加え、多様な機械特性を示すことから、工業製品の材料開発分野で注目を集めています。これらの特性は、甲虫外骨格の制御された微細構造に起因することが近年明らかになってきました。当研究室では、甲虫外骨格の材料応用を大目的とし、その特性を生み出す微細構造の形成機構の解明と材料への応用を目指して研究を推進しています(図1)。
カブトムシの雄の角は、縄張り争いなどにおける武器として機能することから非常に硬い一方で、同じ成分から成る足の関節部などは柔軟性に富んだ性質を持っています。また、蛹から羽化したばかりの成虫の翅は、わずかな時間において急速に硬化し、強度が格段に向上します。このように一見全く異なる性質を示す外骨格ですが、その主成分はいずれもキチンとタンパク質です。キチンとタンパク質が分子レベルで結合することで、多様な構造や機械特性を有するボディパーツが作られていると考えられています。これまでに、強度等の機械特性が異なる甲虫の外骨格における微細構造の違いを明らかにしました(図2)。
カブトムシの背中を覆う硬い翅は、上翅(じょうし)と呼ばれます。蛹から羽化した直後のカブトムシの上翅は、白く柔らかいですが、数日のうちに急激に黒くなると同時に硬くなります。羽化直後から、4日、8日経過後の上翅をμ-CTスキャンにより解析しました(動画)。羽化直後の上翅は、一層のシート状構造を持つのに対し、時間経過に伴い、二層に分離する様子と柱の形成、各層が厚くなる様子が観察されました。上翅の成熟過程では、わずかな時間において、急激な構造の変化が起こることを明らかにしました。
甲虫外骨格を構成するタンパク質は表皮タンパク質と呼ばれ、表皮の形成に重要な役割をすることが知られています。羽化直後の白く柔らかい未成熟の表皮と、黒く硬くなった成熟した表皮の比較プロテオーム解析を行うことで、表皮形成の各過程で発現するタンパク質を明らかにしました(図3)。また、それぞれの過程において、アミノ酸配列において異なる特徴を有するタンパク質群が発現していることを明らかにしました。
この外骨格の発達過程に沿ったオミクス解析によって、形成過程に関わるタンパク質群を同定しました。今後、これらのタンパク質群の詳細な機能を明らかにすることで、キチン材料の構造制御が可能になることが期待され、キチンを有効利用した環境負荷の少ない高付加価値材料の創出に繋がります。