Ohno & Nakamura Laboratory

高分子化したイオン液体のサイエンス

イオン液体の高分子化

温度により水との親和性を制御できるイオン液体由来高分子電解質の開発

帯電防止剤としてのイオン液体


イオン液体の高分子化

我々はイオン液体の高分子化にも挑戦している(Figure 1)。イオン液体を高分子化する方法は以下に分けられる。

 @ イオン液体を高分子マトリックスに添加する。いわゆるゲル型

 A イオン液体を構成するカチオン又はアニオン(時にはzwitterion)に重合基を導入し、
   重合開始剤を用いて重合する

 B イオン液体の自己集合能を用いて集合構造を作成する

の3つが挙げられる。Bに関しては他の章で紹介するので、ここでは@及びAに関して詳しく説明する。

 高分子化イオン液体の設計戦略
Figure 1. 高分子化イオン液体の設計戦略
高分子マトリックスにイオン液体を添加したゲル型

 イオン液体を用いたゲル電解質の開発は、設計及び合成の容易さなどから、イオン液体の高分子化として最も広く行われており、そのホスト高分子の種類も多岐にわたる。PVdF-HFP、Nafion、poly(2-hydroxyethyl methacrylate)などに加え、天然高分子であるゴムや、遺伝子の本体であるDNAもホスト材料として適用してきた。こうして得られた系はフィルム形成能を持つばかりでなく、室温において10-3 S cm-1を超える非常に高いイオン伝導性を有することもある。これらの系の高いイオン伝導度はイオン液体自身に基づく値であり、イオン液体の特徴を損なわず高分子化できることが利点しとして挙げられる。また、zwitterionic型塩にLiTFSIを等モル混合した液体をフッ素系ポリマーへ含浸させ、ゲル電解質とすることも可能である(Electrochim. Acta, 2003, 48, 2079. Link)。これらの新規ゲル電解質はzwitterionic型塩の耐熱性を特徴として380℃まで安定なリチウムイオン伝導体として働く。

イオン液体そのものを重合する

 イオン液体構成イオン種にビニル基などの重合性官能基を導入し、それらを重合することにより、イオン液体を高分子化できる。高分子化したイオン液体の報告は1998年我々の研究室からの報告が世界初であった(Chem. Lett., 1998, 27, 751. Link)。初期にはイミダゾリウムのみであったPILも、ILの研究が進むにつれて、様々な構造のカチオン及びアニオンが用いられるようになってきた。その結果、様々な応用展開を念頭に置いて、カチオン及びアニオン種を選択できるようになってきている。同様にポリマー主鎖に固定するイオンもカチオン、アニオン、zwitterionをそれぞれ選択できるようになっている。

[カチオン固定系]
  • Chem. Lett, 1999, 28, 889. Link
  • Electrochim. Acta, 2000, 45, 1291. Link
  • Polym. Adv. Technol., 2000, 11, 534. Link
  • Electrochimica Acta, 2001, 46, 1407. Link
  • Electrochimica Acta, 2001, 46, 1723. Link
  • Electrochim. Acta, 2006, 51, 2614. Link
  • Polymer J., 2006, 38, 117. Link
  • Macromolecules, 2006, 39, 6924. Link
  • Polym. Adv. Technol., 2008, 19, 1445. Link
  • [アニオン固定系]
  • Polym. Adv. Technol., 2002, 13, 589. Link
  • Electrochim. Acta, 2004, 49, 1797. Link
  • Polymer Bull., 2004, 51, 389. Link
  • Polymer J., 2009, 41, 437. Link
  • [zwitterion固定系]
  • J. Mater. Chem., 2001, 11, 1057. Link
  • Aust. J. Chem., 2004, 57, 139. Link
  • Polym. Bull, 2006, 57, 109. Link

  •  さらに、架橋剤を用いてPILを3次元架橋した研究も行われている(Polymer, 2004, 45, 1577. Link, Polymer, 2005, 46, 11499. Link)。単純なPILは結晶性の固体であるため、イオン伝導度の低下という欠点とともに、もろすぎて材料として用いるには改善の必要性があった。そこで、従来系のPILにスペーサーを導入し架橋することで、透明でフレキシブルなフィルムで高いイオン伝導度を示す材料が得られた。

    架橋型高分子化イオン液体
    Figure 2. 架橋型高分子化イオン液体

     1998年に初のPILの論文が発表されたときには、液体であるionic liquidsをなぜ固体にするんだと批判されたが、研究は増大の一途をたどっている。このことは「高分子化したイオン液体」に価値があることが示された結果であろう。もちろん高分子化することで生まれるデメリットもあろう。しかしその欠点を補って余りあるメリットがあるからこそ高分子化しているのである。以下の章では、現在我々の研究室で研究している、高分子化したイオン液体(PIL)について紹介する。



    温度により水との親和性を制御できるイオン液体由来高分子電解質の開発

    上記のようにイオン液体を高分子化した高分子化イオン液体は、イオン液体に成形性、物理的安定性を付与できるため、非常に興味深い材料と言える。それは我々が開発した機能イオン液体も例外ではない。他項で紹介した通り、我々は水と低温では相溶し、高温では相分離する下限臨界溶解温度(LCST)を示すイオン液体を開発した。このことは、冷却によって水との親和性が上昇し、加熱によって水との親和性が低下することを示唆している。つまり、水とLCST型の相転移を示すイオン液体に重合性官能基を導入し高分子化すると、新しい温度応答性高分子電解質を作製できると考えられる。

     LCST型の相転移を示すイオン液体に重合性官能基を導入したイオン液体モノマーを作製し、水とLCST型の相転移を示すことを確認した。次に懸濁重合により、そのイオン液体モノマーを高分子化し、新規イオン液体由来高分子電解質を作製した。この新規イオン液体由来高分子電解質に10wt%になるように水を添加したところ、イオン液体モノマーと同様に水とLCST型の相転移を示すことが明らかになった(Figure 3)。Figure 3のように低温では水と均一に混ざっているが、加熱すると水との親和性が低下したため白濁する。

    水とLCST型の相転移を示すイオン液体の高分子化
    Figure 3. 水とLCST型の相転移を示すイオン液体の高分子化

     Figure 3 右に示すイオン液体由来高分子電解質は、水が10wt%存在下において57℃に相転移温度(白濁する温度)を有することが分かっている。そこで、次にこの相転移温度の制御を試みた。より疎水性のイオン液体由来高分子電解質とコポリマー化することで、相転移温度を低下させることに成功した。これは疎水性のイオン液体由来高分子電解質の導入によって、水との親和性が低下したためと考えられる。また、種々の濃度のりん酸カリウム水溶液が10wt%存在下においてpoly[P4444][SS]の相転移温度を検討したところ、りん酸カリウムの濃度が高くなるほど、相転移温度が低くなった。これはりん酸カリウムの濃度が高くなるほど、poly[P4444][SS]の塩析効果が大きくなったためと考えられる。以上の検討から、相転移温度を室温付近から60oC付近まで任意に制御できることを明らかにした。

     現在、新規に作製したこのイオン液体由来高分子電解質を架橋してフィルム化し、温度に応答して排出する材料の作製に成功している。将来的には温度に応答して光の透過率を制御できるフィルムや、海水から淡水を排出する材料の開発に繋がる。



    帯電防止剤としてのイオン液体

     高分子材料の発展・実用化に伴い帯電防止剤がさまざまな場面で使用されている。しかし従来の帯電防止剤には効果の持続性や外的環境の影響など実用面での課題が残っている。本研究室では、新たな帯電防止剤の候補としてイオン液体の活用を試みている。

     帯電防止のメカニズムは様々であるが、炭素材料系では電子伝導により帯電防止能が発現されるほか、有機材料系ではイオン伝導により帯電防止能が発現される報告もある。ポリエーテルと塩のコンポジットは優れたイオン伝導材料として研究されている。ポリエーテル型ポリウレタン(PU)にはポリエーテルを主としたソフトセグメントが存在するため、塩を添加してイオン伝導性を付与することができれば、PUの帯電防止につながる。従来のポリエーテル/無機塩コンポジットでは、エーテル酸素がカチオンと相互作用し塩を解離させ、ポリエーテルの分子運動によって相互作用を保持したままイオンが移動できるので、イオン伝導が実現する。一方我々は、ガラス転移温度(Tg)が著しく低いイオン液体を添加塩として用いると、自由度の高いイオンが多数存在するためイオン伝導がより起こりやすくなることを報告している(Polym. Adv. Technol., 2011,22, 1223. Link)。

     そこで我々は、Tgが低いbis(trifluoromethanesulfonyl)imide ([Tf2N])塩に着目し、PUの帯電防止剤としての展開を試みてきた。1-Butyl-3-methylimidazolium [Tf2N] ([C4mim][Tf2N])について、10ppmの添加でもPUの表面抵抗率を1012 ohm sq-1から1010 ohm sq-1へ低下でき、帯電防止剤として機能することを報告した(Figure 4) (Macromol. Mat. Eng., 2013, in press.)。少ない添加量でも帯電防止能を発揮できれば、高分子マトリクスの機械的強度や色彩などの物性を変化させずに帯電防止能を付与できることから、イオン液体はPUの帯電防止剤として有力な候補である。また、表面抵抗率の対数は、添加量の対数と直線的な相関を有していたことから、イオン液体添加による帯電防止効果はイオン液体のイオン伝導性に由来するものと考えられる。現在は、高分子材料中にイオン液体を均一かつ安定的に分散させるため、イオン液体をマトリクス中に保持させる方法の検討を行っている。

    イオン液体型帯電防止剤
    Figure 4. イオン液体型帯電防止剤