超音速マイクロジェット(SUPERSONIC MICROJET)
私たちは,超音速マイクロジェットが生じる現象を発見しました.このジェットは集束形状をもち(図),かつ最高速度は850 m/s(Mach 2以上,直径10 µm以下)にまで達します.マイクロサイズでありながらこの速度に達するのは特異なことです.そこで,このジェットについて研究を行い,流体力学的メカニズムを解明しました.このマイクロジェットは再現性がよいため,針を必要としない注射器(無針注射)やマイクロデバイス洗浄装置としての応用の可能性があり,各分野から注目を集めています.
図.超音速マイクロジェットの様子(Tagawa et al., Physical Review X, 2012 より)
50 µmの細管から生成されたジェットは,340 m/s以上の超音速で進みます.
太さは蚊の口吻よりも小さいため,様々な応用可能性があります.
新しい無針注射器の開発
針なし注射(無針注射)器は有針注射器の問題点である針刺し事故や恐怖心の低減を期待されている低侵襲なデバイスです.本研究室で開発している集束ジェットを無針注射として利用することにより,従来の無針注射に比べ大幅に負荷の少ない注入が可能であることが明らかになりました(図).また,農学部教員との共同研究により,ラット皮膚への注入にも成功しています(図).
図.マイクロジェットの無針注射時に発生する力の分布.有針注射および従来型の無針注射器よりも負荷が低いことが明らかになりました(Miyazaki et al., Scientific Reports, 2021より).
図.ラット皮膚へ赤色薬液の集束ジェットを注入した様子.皮膚の裏側まで貫入できることを確認しました(Kiyama et al., Journal of Visualization, 2019より)
高粘度マイクロジェット(VISCOUS LIQUID MICROJET)
私たちは,高粘度(水の10,000倍の粘度)の液体をジェットとして射出可能な装置を開発しました(図).本装置は機構が非常に簡単であるため,既存デバイスの小型化や低コスト化が見込まれます.今回の成果により,従来技術では困難であった高粘度液体の射出が可能になり,インクジェット技術をはじめ,無針注射技術,金属配線技術など様々な分野での応用が期待されます.この成果は新技術説明会およびイノベーションジャパン等で発表しています(ポスター資料はこちら).
図 高粘度マイクロジェット射出装置(左)と高粘度液体マイクロジェット(女性用マニキュア)の塗布例(右,ナックイメージテクノロジー様ご協力)
三次元応力計測(THREE DIMENSIONAL STRESS MEASUREMENT)
流体や固体は「力」を受けて運動しています.私たちは,力を三次元的に画像計測する画期的な手法を開発しています.これにより,注射時に人体へ働く負荷や,血流を通して動脈瘤に働く力を計測することができ,医工学の発展に大いに資するものと期待されています.
図.軟質ゲルのブロックに固体球を押し付けた際に発生するゲル内の力の分布を計測した様子(Yokoyama et al., SSRN, (2022)より)
光弾性法による応力場計測
流体の内部に働く力の分布を計測する方法として,光弾性計測とよばれる手法を開発しています.これまでに流体内部応力分布を可視化することに成功しました(図).この手法を用いて,血流内に働く力の分布から動脈瘤の破裂事前診断などへの応用が期待されています.
水中衝撃波,キャビテーション,圧力場計測(UNDERWATER SHOCK WAVE,CAVITATION,PRESSURE FIELD MEASUREMENT)
超音速マイクロジェットなどの駆動時には衝撃波が水中を伝わります.伝わる速度は約1500 m/sで非常に高速ですが,私たちは一瞬の衝撃波の画像から圧力分布を算出することに成功しました(図).この手法は空中の衝撃波や媒質中の温度変化などを計測するためにも応用が可能です.
図.マイクロ管内を伝わる水中衝撃波の画像計測の様子(Yamamoto et al., arXiv, (2022)より)
BOS
流体中の圧力変化や温度変化を計測する手法として,背景シュリーレン法(BOS法)を開発しています.この手法の利点は計測装置が簡便なことで,スマートフォンのカメラでも計測することが可能な画期的なものです(図).様々な流体現象計測に応用できる本手法の可能性をさらに広げるための研究を進めています.
図.スマートフォンカメラを用いたBOS法により空気中の温度変化を計測した様子 (Hayasaka et al., Experiments in Fluids, (2019)より)
打撃ジェット,キャビテーション
液体ジェットをできるだけ簡単な仕組みで吐出するための研究を進め,容器に軽い打撃を与えることでジェットを吐出する手法を発明しました.さらに容器中にキャビテーション(発泡現象)が発生した場合には,ジェット速度が2倍に増速することを発見しました.この現象を利用することで,ジェットをより効率的に吐出することができ,キャビテーション利用の新しい可能性を示しました.
図.キャビテーション発生時のジェットの様子 (Kiyama et al., Journal of Fluid Mechanics, (2016)より)
機械学習(MACHINE LEARNING)
流体現象は複雑であり,人間には気付けない特徴が隠されています.そこで私たちは,この隠された特徴について,液滴衝突現象を対象にした機械学習を用いることで,これまで気づかれなかった重要な特徴を抽出することに成功しました(図).機械学習の有効利用により流体研究をさらに加速させています.
図.液滴衝突現象に対する機械学習の適用(Yee et al., Physics of Fluids, (2022)より)
浮遊液滴(LEVITATING DROPS)
私たちは,液滴が移動面上を浮遊する現象を発見しました(動画1, 2).これはインクジェットプリントや消火スプレーなどで生じうる重要な現象です.液滴と移動壁面の間には厚さ数マイクロの薄い空気膜が存在しており,この膜内の流れが浮遊をもたらしています.そこで薄膜の形状をサブマイクロ精度で三次元計測し,浮遊現象のメカニズムを解明しています.この現象は工学的に重要なのはもちろん,流体力学が生み出す不思議な現象でもあります.
動画1 浮遊液滴に関する動画(Saito et al., APS/DFD 2014, Gallery of Fluid Motionより)
浮遊液滴の美しい動画をお楽しみ下さい.
動画2 浮遊液滴に関する動画(Sawaguchi, Hama, et al., Droplets2015 Best Video Award)
乱流中の粒子・気泡(PARTICLES IN TURBULENCE)
乱流中に分散する粒子はクラスターを形成します.私たちは,このクラスターをラグランジュ的に解析するため,ボロノイ線図を利用した独創的な手法を開発しました(図).この手法によってオイラー的なクラスター解析だけでなく,従来の手法では不可能であったラグランジュ的解析を行うことが可能になりました.これは乱流のラグランジュ的解析の今後の発展に大きく寄与するものです.また,4つのカメラを用いた3次元計測装置を構築し,動的格子乱流中のマイクロバブルの統計的振る舞いを測定しました.これにより乱流中の粒子のエネルギーだけなく,運動量の議論も可能になりました.この成果は高く評価され,日本流体力学会竜門賞(2015)を受賞しました.
図 ボロノイ線図(3次元)の例
(Tagawa et al., Journal of Fluid Mechanics, 2012より)
単一気泡の上昇プロセス(SINGLE BUBBLE IN WATER)
静止流体中を上昇するミリサイズの気泡はジグザグ運動やらせん運動といった,3次元運動を行います.この現象は水質浄化装置や化学プラント等で工業的によく見られる現象で,解明が望まれていました.私たちは2つの高速度カメラを同期させ,垂直移動ステージにて気泡を追跡することにより,気泡の軌跡と形状を3次元的に詳細に観測しました(図).さらに,微少量の界面活性剤を加えることにより,気泡表面の境界条件を変化させて実験を行いました.これにより,すべり速度ありのフリースリップ条件とすべり速度なしのノンスリップ条件の中間的な境界条件における気泡の振る舞いを初めて明らかにしました.さらに,気泡軌跡と形状から気泡にかかる力を算出し,活性剤溶液中特有の現象を発見しました.
図 (a)3次元計測装置の概要(b)直径2 mmの気泡の連続撮影画像
(Tagawa et al., Journal of Fluid Mechanics, 2014より)