東京農工大学 工学部 化学物理工学科 長津研究室

当研究室について

流体間の化学反応を化学反応過程のみを考えるだけでなく、流体の流れ・混合、熱・物質の輸送などの物理過程とともに取り扱う方法の体系化を目指す学問分野は反応系流体力学または反応流と呼ばれています。反応流は燃焼に代表される気相反応流と液相反応流に大別でき、液相の場合は気相の場合に比べその研究例が少ないのが現状です。液相反応流はヨーロッパでは近年、Chemo-hydrodynamicsと呼ばれ、これに関する国際会議が初めて開催されたのが2009年という非常に新しい学問領域です。長津は1998年の大学院修士課程からこの液相反応流の基礎研究を開始し、これまでにViscous fingering (VF)と呼ばれる現象を対象に、生成物分布が反応物濃度に大きく依存する液相反応流(2009年度化学工学会奨励賞受賞対象研究)や化学反応による粘度変化を用いた流れの制御(2009年度日本流体力学会竜門賞受賞対象研究)の事例を世界で初めて報告してきました。当研究室では、液相反応流のこれまでのように世界を先導する成果を目指した基礎研究と、液相反応流の環境エネルギー分野へ貢献を目指した応用研究に取り組んでゆきます。

Viscous fingering(ビスコスフィンガリング)

多孔質媒質(たくさんの細かい穴のあいた物質)のような微小な空間で、高粘性流体(粘りけの大きな液体、例えばハチミツ)が低粘性流体(粘りけの小さいな液体、例えば水)に押されるときに、その境界面は流体力学的に不安定になり、指状になります。この現象をViscous fingering (VF)またはSaffman-Taylor不安定性といいます。 左下の図は実験装置で、右下がVFの映像です。


VF実験装置図


VF実験の映像


石油回収現場では、石油は原油(粘りけが大きい)として存在しており、その原油が貯蔵されている層にめがけて井戸を掘ります。自然の圧力で押し出された原油を回収することができますが、多くても20%程度と言われています。 そこで近くの場所にもう1つ井戸を掘って、そこから水を流し込み、石油を押し出す水攻法という石油回収方法があります。このとき、粘りけの大きな原油を粘りけの小さな水で押し出すので、このVFが発生してしまいすべてを回収しきることができません。 こうした問題を解決すべく、VFの研究は発展してきました。

水攻法の模式図
引用:academist journal (https://academist-cf.com/journal/?p=14770)

部分混和系VF

VFの原因は2つの流体の粘度差(粘りけの差)によるものであるとご紹介しました。しかし、その2つの流体の混和性の差(混ざりやすさの差)でもパターンが大きく変わることがわかりました。 これまでは、2つ流体が完全に混ざる”完全混和系”と全く混ざることのない”非混和系”でのみVFの研究がされてきました。

完全混和系とは、水とハチミツのように相互溶解が無限で、最終的には1つの流体になる系(実験の状態)を指します。 一方、非混和系とは、水と石油のように相互溶解が全くなく、最初と最後の状態で何の変化もなく2つの相の状態であり続ける系を指します。

ところが、私たちはちょっとだけ混ざる”部分混和系”を実験で作り出すことに成功したうえ、その部分混和系を用いたVF実験では新たなパターンになることも発見しました。

この液滴になるパターンはこれまで見られたことはなく、新しい発見でした。私たちの研究では、この原因が化学熱力学に由来する”相分離”と、 相分離が起きる際に発生する自発的な対流(Korteweg効果)の影響であることを解明しました。 この研究結果は本学からプレスリリースされました。

部分混和系VFの研究は、CO2地中貯留や石油増進回収での流体挙動の予想に役立つと考えられています。

完全混和系・非混和系・部分混和系でのVF実験の比較

Ryuta X. Suzuki, Yuichiro Nagatsu, Manoranjan Mishra, and Takahiko Ban
Phase separation effects on a partially miscible viscous fingering dynamics
J. Fluid Mech., 898, A11 (2020)

新規石油増進回収法の提案

"Viscous fingering"のところでもご紹介したように、石油を回収する際、水攻法だけでは石油埋蔵量の50%程度までしか回収できません。 そこで、石油をより回収するために、化学反応を使って石油を回収するケミカル攻法が考えられています。ケミカル攻法にはさまざまな手法があります。 そのうちの1つが、石油の表面張力が高いために岩盤にくっついてしまうという性質を、化学反応で表面張力を下げることで石油を回収しやすくするアルカリ攻法です。 アルカリ攻法は、表面張力の問題はおおよそ解決できますが、粘りけの問題は解決できません。そのため、やはりVFが起こってしまいます。

私たちは押し出される石油と押し出す水(正確には、水溶液)の間で化学反応を起こし、粘弾性物質(粘りけと弾性的な性質をもつゲルのような物質)を作り出し、 その物質が押し出す水の流れや石油の流れを変えることに着目して、新規なケミカル攻法である、カルシウム攻法を提案しました。

この研究では、本学からプレスリリースもしていますし、特許出願もしました。 下の図は、水攻法・アルカリ攻法・カルシウム攻法の実験結果です。私たちの提案したカルシウム攻法が石油を最も回収できていることがわかります。

現在も、石油増進回収を目指して新たな手法で特許出願を目指しています。

水攻法・アルカリ攻法・カルシウム攻法の比較
PVとは、ここでは注入した液体の量、と考えて頂ければいいと思います。

Yuichiro Nagatsu, Kizuna Abe, Kaori Konmoto, Keiichiro Omori
Chemical Flooding for Enhanced Heavy Oil Recovery via Chemical-Reaction-Producing Viscoelastic Material
Energ. Fuels, 34, 10655-10665 (2020)

化学反応を伴うVF(粘弾性物質生成)

押し出される溶液と押し出す溶液の粘度に差があるとVFが発生します。その2つの溶液の間で化学反応が起きて生成物ができたらVFはどのようにパターンを形成するでしょうか。

その答えは、よくわかっていません。生成物の性質と流れの速度によるためです。私たちの研究では、生成物が粘弾性物質(粘りけと弾性をもつゲルのような物質)であるときに、 予想しえない結果になることを報告しました。

たとえば、粘りけの差はほとんど同じで、生成物の粘弾性(粘りけや弾性などの性質)が大きくなるとき、VFのパターンはその程度によって変化することが予想できます。 しかし、実際には、粘弾性の大きさが大きくなるにつれてVFで形成される指の幅が小さくなったり、大きくなって丸くなるパターンが見られました。

各pHでのVFパターン

上の実験では、高粘性流体(押し出される溶液)のpHを変えることで、生成物の粘弾性を変化させることができることを発見し、VF実験を行ったものです。 各pHでの粘弾性の大きさは下の図に示すように、pHが大きくなるほど、粘弾性の大きさも大きくなっています。しかし、VFのパターンはpH10-12まで指の太さが細くなり、 pH12-13では指の太さが大きなっています。

各pHでの生成物の粘弾性の大きさ

G'は貯蔵弾性率(弾性に相当する)で、G''は損失弾性率(粘性に相当する)を表しています。

このような粘弾性の大きさだけでは説明できない現象に対して、新しいモデルを提唱し、説明できることを報告しました。 この研究に関して大学からプレスリリースが出ました。 このように、反応を伴うVFは未解明な現象や理論が存在するため、私たちは実験や計測・理論・シミュレーションを通して研究しています。

Sae Hirano, Yuichiro Nagatsu, and Ryuta X. Suzuki
Reversal of effects from gel production in a reacting flow dependent on gel strength
Phys. Rev. Fluids, 7, 023201(2022)