Research研究

1. 微生物ー宿主間相互作用の分子機構の解明:共生微生物

 多くの節足動物にはさまざまな共生微生物が感染しています。その最も有名な微生物が細胞内共生細菌であるWolbachiaで、おおよそ半数の節足動物から見つかっています。Wolbachiaをはじめとする細胞内共生微生物は、メスを介して次世代に垂直伝播するため、メスの生存を有利にするために成長を促進したり、天敵に対する抵抗性を上昇させたりします。さらにオス殺し、メス化、産雌性単為生殖、細胞質不和合といった宿主の繁殖操作を行うことが知られています。最近では、こうした特性を利用して、蚊が媒介する病原性ウイルスの抑制などの応用面でも注目されています。
 私たちのグループでは、茶の重要害虫であるチャハマキに共生微生物の宿主操作の研究を実施しています。これまでチャハマキには、早期オス殺しを引き起こすSpiroplasmaWolbachia、後期オス殺しを引きおこす二本鎖RNAウイルスが感染していることを明らかにしてきました (Tsugeno et al. 2017; Arai et al. 2019; Fujita et al. 2021)。また、比較ゲノム解析等によって、Wolbachiaがバクテリオファージに感染することによってオス殺し能を得たことが分かりました(Arai et al. 2023)。
 一方、性比異常を引きおこさないWolbachiaも感染しています。3株が共感染することで、チャハマキのメスの適応度が上げることが分かりました (Arai et al. 2019; Ueda et al. 2022)。

<チャハマキ班と研究テーマ>
・高松 巧  チャハマキにおけるオス殺し因子の有病率と共感染系統の生態学的特性(2014)
       チャハマキにおけるdoublesex遺伝子の性状解析と遺伝学的性の同定手法の確立(2015ー2016)
       チャハマキにおけるオス殺しRNAウイルスの致死メカニズムの解明(2022ー)
・新井 大  チャハマキに性比異常を引き起こす共生細菌Wolbachiaの性状解析(2016ー2020)
・上田雅俊 チャハマキに共感染する3株のWolbachiaが宿主の適応度に与える影響(2017ー2019)
・西野眞由 チャハマキにおけるRNAウイルスの感染動態(2017ー2019)
・茂野 綾 チャハマキHomona magnanimaに感染するWolbachiaのRNAウイルス抑制作用(2020)
・小谷涼輔 チャハマキに感染するWolbachiaSpiroplasmaの相互作用(2021ー2022)
・小西 楓 チャハマキ雌雄における不均一なWolbachia感染(2021ー2023)
・高田伊織 CI誘導性ボルバキアに対するチャハマキの応答(2024ー)

 

2-1. 農業上重要な疫学的研究:ハナバチ巣寄生性ハチノスツヅリガの生態および病原体への応答

 ハチノスツヅリガはメイガ科に属しており、おもにミツバチの巣に寄生し、巣板などを食害することで巣全体を破壊する養蜂害虫です。近年、ミツバチに感染する病原体がハチノスツヅリガにも感染していることが報告されています。一方、ハチノスツヅリガはミツバチだけでなく、マルハナバチの巣からも見つかっており、ハチノスツヅリガによってハナバチの病気が巣間・種間、そして野生個体群での病原体を媒介する可能性が指摘されています。
 一方で、ハチノスツヅリガは、感染モデル生物として世界中で注目されており、病原体-宿主の相互作用や抗微生物資材の効果に関する研究に利用されるようになってきました。しかし、ハチノスツヅリガの生態については古い研究が多く、個体群間でどの程度の遺伝的・生態的変異があるのかは不明です。
 そこで私たちは、ハチノスツヅリガの生態や病原体の伝播の可能性について調べています。

<ツヅリガ班と研究テーマ>
・牧野夏椰 巣寄生性ハチノスツヅリガの宿主選好性(2020ー2022)
・日向貴輝 巣寄生性ハチノスツヅリガによるハチ病原性の伝播(2023ー)

 

2-2. 農業上重要な疫学的研究:送粉共生ネットワークにおける植物病原体の伝播

 学習能力・定花性が高いマルハナバチやミツバチは植物に感染する微生物にとって、重要な媒介者になる可能性があります。そのなかには将来的に農作物に影響を及ぼす可能性のある病原体も含まれているかもしれません。そこで、さまざまな植物やマルハナバチから植物病原体の探索を行うと同時に、マルハナバチを介した水平伝播の可能性について調べています。

<ハチ班と研究テーマ>
・𠮷岡美咲 送粉者による植物病原体の水平伝播(2021ー2023)
・奥井七央子 虫媒花に感染する植物病原体の網羅的探索(2023)
・納富圭太郎 マルハナバチによる植物ウイルス伝搬(2024ー) 


 

3. 森林害虫を対象とした総合的害虫管理システム (Forest IPM)の開発

 チョウ目ドクガ科に属するマイマイガLymantria disparは、広食性で多くの樹木や果樹を食害し、森林生態系に甚大な被害をもたらす世界的な重要害虫です。約10年周期で大発生を繰り返し、自然個体群では、ウイルスや疫病菌など病気の蔓延によって終息します。一方、大発生時期以外の時期は個体群密度が非常に低く、ほとんど目撃されないこともあり、その生態情報はあまりありません。私たちのグループでは、周期的な大発生を伴う宿主に対して、病原体がどのような適応戦略を採るのか、また大発生がどのようなメカニズムで起きているのかを明らかにしたいと考えています。
 また、マイマイガを始めとする森林害虫の個体群制御方法の確立を目指して、衛星リモートセンシングによる広域動態推定を行うとともに、効果的な生物的防除資材や使用方法を組み合わせることで森林害虫の総合的害虫管理システム (Forest IPM)の開発に取り組んでいます。
 2019年から山梨県や長野県でマイマイガの大発生が起きており、2020年には山梨県でマイマイガ核多角体病ウイルスが流行しました。2021~2022年には長野県・富山県で、2022年からは東北地方や北海道西部で大発生しています。

<マイマイガ研究テーマ>
・新井 大  核多角体病ウイルスとマイマイガの地理的構造からみた共進化関係および病理学的特性(2015)
・芳賀友里 周期的大発生を伴うマイマイガに対するマイマイガ核多角体病ウイルスの生活史戦略(2016ー2018)
・樋口直生 マイマイガの個体群密度の変化に伴った分散および生態特性の分析方法(2018)
・佐藤就將 土壌中のマイマイガ核多角体病ウイルスの検出および生残性と遺伝的多様性(2019ー2021)
・高嶋綾香 密度上昇に伴うマイマイガの生態的・生理的変異(2020ー2022)
・森 夏美 衛星リモートセンシングによるマイマイガ食害域の推定(2021ー2023)
・豊倉啓吾 核多角体病ウイルス(2022ー)
<森林害虫研究テーマ>
・加賀櫻子 カシノナガキクイムシの菌類ウイルスの探索(2023ー)

 

4. その他の研究

・政池 一輝 トビイロヒョウタンゾウムシ共生細菌叢と海岸環境への適応(2020ー2022)


Archive過去に実施していた研究

Archive: セイヨウオオマルハナバチの生態影響

 セイヨウオオマルハナバチBombus terrestrisは、1980年代に受粉用昆虫として商品化され、日本を含む世界各地で利用されています。本種の野生化に伴って在来マルハナバチ類が減少しており、その原因として、資源を巡る競争や異種間交雑による繁殖攪乱、随伴導入された外来寄生者による影響が指摘されています。
 私たちのグループでは、セイヨウオオマルハナバチの野生化に伴って引きおこされる、在来マルハナバチ類を含む在来生態系への影響について調べています。


Archive: 農業上重要な疫学的研究:送粉者の病原体の媒介経路の特定と対策

 マルハナバチはミツバチ科に属する真社会性のハナバチです。ミツバチと同様に、受粉用昆虫として世界中で広く利用されるとともに、野生植物にとっても重要な送粉者です。マルハナバチには、多種多様な捕食者や寄生者、寄生蜂などの天敵がいます。しかし、これら天敵について、その生態は知られていません。近年問題となっているハナバチ類の減少にはこうした寄生者による影響も示唆されています。
 私たちのグループでは、こうしたマルハナバチの天敵のうち微胞子虫Nosemaに着目し、野外での有病率や感染による影響などを調査しています。さらにその伝播メカニズムの解明に取り組んでいます。

<ハチ班と研究テーマ>
・柳澤太洋 日本産マルハナバチ類に感染する微胞子虫Nosema属の感染実態(2014ー2016)
・佐々木太陽 セイヨウミツバチに対するBacillus thuringiensisの影響(2015ー2017)
・保坂祐輝 微胞子虫Nosema ceranaeの有病率およびセイヨウミツバチに対する感染影響(2016ー2018)
・加藤優斗 LAMP法を用いた微胞子虫Nosema bombiのダイレクト検出法の確立(2018)
      マルハナバチのin vitro飼育法の確立(2019ー2020)