私たちは、人々の健康に役立てることを目標として、ミトコンドリアの A) エネルギー産生と活性酸素種の発生、B) 細胞死、の2つの側面を制御したいと考え、研究を行っています。
- 背景と目的:
私たちが、なぜミトコンドリアを研究するのか、どんな研究をしたいと考えているのかを記載しています。 - 1) ミトコンドリアは両刃の剣(エネルギー産生と活性酸素種の発生)
- 2) 細胞死シグナルを中継するミトコンドリア
- 3) 細胞内でわかること、取り出してわかること
- 4) 1個のミトコンドリアだからこそ、わかること
- 研究テーマと主な成果:
私たちの今までの研究成果の主なものについて、記載しています。 - 1) 細胞内小器官を計測・操作する技術の開発
- 2) ミトコンドリアが働く仕組みに関する研究
- 3) ミトコンドリアが細胞に及ぼす影響の研究
【背景と目的】
1) ミトコンドリアは両刃の剣
20億年以上前に、好気性細菌であるαプロテオバクテリア(ミトコンドリアの祖先)が細胞内で働くようになりました。その結果、細胞は酸素を利用して多くのエネルギーを作れるようになり、生物は大きく進化を遂げました。このことから、ミトコンドリアは進化の原動力になったと考えられています。一方で、良いことばかりではなく、反応性の高い酸素を細胞内で利用するという危険性も、細胞は同時に取り込みました。
この両刃の剣ともいえるミトコンドリアの性質は、我々ヒトをはじめとするミトコンドリアを持つあらゆる生物の中で、現在も受け継がれています。ミトコンドリアで発生した活性酸素によるダメージは、急激に表れるものだけではなく、徐々に蓄積されて影響を及ぼすものもあります。かつて我々の祖先が体験した短命かつ栄養不足の時代は、ミトコンドリアの長所が強調され、短所が目立たなかったと考えられます。しかし、栄養を豊富に摂取することができ、また、長寿社会の現代においては、その負の面の影響が無視できなくなってきています。実際に、ミトコンドリアによる酸素の危険性に起因する、あるいは危険性と関連する疾病は、神経変性疾患を含め非常に多岐に渡ります。私たちは、栄養が豊富な高齢化の時代にふさわしいミトコンドリアの制御方法を見出し、現在や未来の人々の役に立てたいと考え、日々研究をしています。
2) 細胞死シグナルを中継するミトコンドリア
私たちの細胞には、細胞内のタンパク質が協調して働いて細胞を死に至らしめる、プログラム細胞死という仕組みがあります。例えば、アポトーシスというプログラム細胞死は、がんになる細胞を殺して、がん細胞が増殖するのを未然に防いでいます。一方、アポトーシスが過敏に生じると死ぬ必要のない細胞が死ぬことになり、例えば、早く老化の症状を示したりします。この例のように、細胞死の適切な制御は生物にとって極めて大切です。
ミトコンドリアは、プログラム細胞死のうち、アポトーシスとパータナトスにおいて、細胞死のシグナルが細胞内を伝わる際に中継地点として働きます。私たちは、細胞死の際にミトコンドリアが働く仕組みを調べて、細胞死を制御する方法を見出したいと考えています。
3) 細胞内でわかること、取り出してわかること。
ミトコンドリアの働きを調べる方法には、細胞内部で挙動を調べる方法と細胞の外に取り出してメカニズムを調べる方法の2つがあり、正確な理解には両方の方法が必要です。細胞内部で調べるのは、細胞内でどのようなふるまいを示すか理解するためです。一方、細胞外で調べるのは、ミトコンドリア周囲の環境を厳密に調節して、細胞内で認められた挙動がどのようなメカニズムで起こるのか調べるためです。これらを図にすると、以下のようになります。私たちは、両方の方法の開発を行っています。
4) 1個のミトコンドリアだからこそ、わかること
細胞外に取り出されたミトコンドリアを対象とした今までの研究(メカニズムの研究)では、緩衝液に懸濁された非常に多く(数百万~数億)のミトコンドリアから発信される信号の総和を見ていました。これでは、個々のミトコンドリアの変化が平均されてしまい、たとえば、増えたり減ったりを繰り返すような変動を見ることができません。そのため、正確な挙動を見落としており、本来のメカニズムに迫れていない可能性が十分にあります。そこで、私たちは、ミトコンドリアをカバーガラスに吸着させて、顕微鏡を用いて、1個1個の挙動が観察できるようにしています。

【研究テーマと主な成果】
1) ミトコンドリアを計測・操作する技術の開発
ミトコンドリアを意図したとおりに操作するために、ミトコンドリアを操作する技術と、操作により起こる変化を検出する技術の両方を開発しています。以下に、具体例を紹介します。
A) ミトコンドリアを傷つけずに取り出す技術 (Okutani et al., 2025)
ミトコンドリアは外膜が内膜を取り囲んだ構造をしており、この構造はミトコンドリアの機能にとって重要です。細胞から取り出したミトコンドリア(単離ミトコンドリア)は有意義な試料ですが、外膜が内膜を取り囲んだ構造が大多数を占める単離ミトコンドリア集団を得ることは、極めて困難でした。
理由は、以下の通りです。ミトコンドリアを取り出すために細胞をホモジェナイズ(機械的にすりつぶして均一化すること)したり、細胞膜を界面活性剤で溶かしたりした際に、ミトコンドリア外膜に大きなダメージが与えられていたためです。細胞全体をすりつぶせば、ミトコンドリアも当然すりつぶされ、細胞膜を可溶化すれば次の瞬間にミトコンドリア外膜も可溶化されることが考えられます。
そこで、私たちは、細胞をホモジェナイズや可溶化することなく、外膜が内膜を取り囲んだミトコンドリアが大多数を占めるミトコンドリア集団を得る方法(iMIT)を開発しました。
iMITは以下の4つのステップから構成されています(下図参照)。
1)細胞膜の強度を選択的に弱める。下図のDetergent &Washing
この過程では細胞膜に穴が開かないことが大切です。
2)ミトコンドリアを収縮させる。下図のIncubation
これによりミトコンドリアを取り出しやすくします。
3)細胞膜を選択的に壊す。下図のPipetting
軽い水流を当てて、細胞膜を選択的に穴をあけます。
4)細胞から漏出したミトコンドリアを集める。下図のCentrifugation
詳細は、公表論文(Okutani et al., 2025)をご覧ください。

B) ミトコンドリアが一時的に脱分極する仕組み (Aklima et al., 2021)
1個のミトコンドリアで膜電位変動を定量的に計測し、ミトコンドリアを電気的に短絡(ショート)させる機構を発見しました。この発見は、ミトコンドリアは細胞内のエネルギー通貨であるATP量を減らすことなく、活性酸素の発生を減らしていることを示しています。
2) ミトコンドリアが働く仕組みに関する研究
ミトコンドリアを意図したとおりに制御するためには、ミトコンドリアの何をどのように制御するべきか、知る必要があります。そのため、私たちはミトコンドリアの働く仕組みを調べています。
A) ミトコンドリアの内部密度と活性の同時計測 (Haseda et al., 2015)
1個のミトコンドリアの屈折率を計測する技術を開発し、ミトコンドリアの内部密度が高くなると、ミトコンドリアが分極することを発見しました。この発見は、細胞内で生じているミトコンドリアの伸縮が、活性調節機構である可能性を示唆しています。
B) ミトコンドリアが一時的に脱分極する仕組み (Hattori et al., 2005)
1個のミトコンドリアで膜電位変動を定量的に計測し、ミトコンドリアを電気的に短絡(ショート)させる機構を発見しました。この発見は、ミトコンドリアによる活性酸素発生の抑制につながることが、期待されます。
3) ミトコンドリアが細胞に及ぼす影響の研究
A) ミトコンドリア添加による酸化ダメージを受けた細胞の回復 (Ibban et al., 2025)
過酸化水素によりダメージを受けた心筋細胞(H9c2)に、ミトコンドリアを添加すると、ダメージから回復しやすくなることが分かりました。この効果は、前述の無傷のミトコンドリアで高く、新しい医療への応用が期待されます。

上のA―Cは、酸化ダメージを受けた細胞にミトコンドリアを添加しない場合(-)と添加した場合(Imitが無傷のミトコンドリア、Hmitが外膜にダメージを受けたミトコンドリア)で、細胞の回復を比較したものです。

