Stochastic Nano/Micro Fluid Dynamics

Stochastic Nano/Micro Fluid Dynamics

Stochastic Nano/Micro Fluid Dynamics

ProjectOfHanasakiLab

滑らかでないランダムさに満ちた流動現象を活かす

 

流体も原子や分子から構成されていて,そのことがナノ・マイクロ流動現象で大きな役割を担います.その最たるものがBrown運動です.Brown運動は,かつて,A. EinsteinやJ. Perrinにより分子論の証明に使われました.微小な系でランダムなBrown運動が重要になるのは,中心極限定理や大数の法則を思い起こせば,普遍的で基礎的な事実であることがわかります.何らかの平均的な力学量を知りたい場合に,測定を繰り返して標準誤差がサンプル数の−1/2乗で抑えられることを期待するのは,中心極限定理が根拠になっています.逆に,対象を構成する分子の個数が無限大と見なせない場合,そのサイズが小さいほど力学量の平均に対する揺らぎが大きくなります.つまり,熱揺らぎの効果が大きくなるわけです.

 

マクロな系を暗黙の前提とする通常のNavier-Stokes方程式には熱揺らぎの効果は加味されていないので,その前提では予見できないナノ・マイクロ流動現象は枚挙に暇がありません.これは,事前の知見無しに何らかの確率分布の平均値を知っても,その分布の標準偏差は不明であるのと似ています.熱揺らぎのある系で運動方程式に相当するのはLangevin方程式ですが,私達はその前提となる「周囲流体を構成する分子の質量に比べて注目する粒子の質量が充分に大きい」という条件を満たさない場面におけるBrown運動の特徴を明らかにしました.流体中の物体の流動抵抗は流体力学の基礎的問題ですが,その物体として水中のCl-イオン1個を扱う場合などは,分子レベル解像度を基にして粗視化が必要です.

 

マクロな流れの無い水中で,電気泳動のようにCl-イオンを一定の外力で運ぶと,Brown運動しながら流動抵抗を受けます.この場合,時々刻々熱揺動力に対するフィードバックの外力も作用させて厳密にCl-イオンを一定速度で運んだ場合とは異なる抵抗力が作用するのです.これは,Cl-イオンの慣性効果の時定数が周囲流体である水分子と大差ないことで生じる現象です.このように説明すると,応用技術と遠い距離があるかのような先入観を持たれるかもしれませんが,例えば,流動抵抗低減技術に関連した重要性もあります.流動する物体の表面に自己組織化単分子膜をコーティングしたり,特定の分子を表面から排出したりする場合,その分子の剛性なども考慮して技術開発する必要性を示唆しているからです.

 

流体分子のサイズに比べて流路径が充分に大きくない状況では,分子間相互作用の保存力も重要です.例えば,私達は2006年時点で,カーボンナノチューブ内で水が分子集団構造を形成しその流れ場がPoiseuille流よりプラグフローに近いことを予見する理論的な研究結果を報告し,それに対応する実験が独立に同じ年に報告されました.そして私達は,流体分子が流路に対して充分に小さい場合でも,Brown運動の影響を受けるナノ粒子が,その粒径と同程度の幅(又は高さ)を持つナノ流路を通過する際には,Reynolds数もStokes数も微小でありながら周囲流体と輸送現象に差異が生じることを示し,これはナノ流路実験で近年報告されている現象の説明にもなりました.

 

Brown運動に着目することで,実験計測側にも大きな進歩が生まれます.流速の場を評価するParticle Tracking/Image Velocimetry (PTV/PIV)の長い歴史においてBrown運動は邪魔者扱いを受けてきましたが,ソフトマターやバイオ関連で蛍光観察技術開発と共に注目されてきたSingle Particle Tracking(SPT)の文脈では,PTVと同じように顕微鏡動画から粒子の軌跡群を抽出した後,Brown運動の特徴である拡散係数にも注目します.しかし,つい最近まで,高濃度で非染色の状況において拡散係数の「場」を計測した例はありませんでした.これに対し,花崎はParticle Image Diffusometry (PID)発明し,その応用として2019年に世界で初めて,有機分子結晶化前の前駆体挙動の可視化に成功しました

 

ミクロな力学特性をマクロな機能へとつなぐカギは,原子レベルの動きを滑らかに記述するNewtonの運動方程式と,連続体と見なした流体の動きを滑らかに記述するNavier-Stokes方程式との間の,メゾスケール領域にあります.ここでは,滑らかでない現象のランダムさから「木を見て森を見ず」にならないように,より細かい時空間解像度の豊富な情報を集約する「粗視化」の視点が必要になります.粗視化は,粗視化分子動力学法に限らず,上記のSPTやPIDなどの顕微鏡動画データ解析としても着手できます.私達は,物質が流体として存在する温度で必然的な研究対象それ自体が示す熱揺らぎを理解し,むしろ状況に応じて活かす先駆的な視点からナノ・マイクロ流動現象を研究しています.



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