Bridging Scales by Coarse Graining

Bridging Scales by Coarse Graining

Bridging Spatio-Temporal Scales by Coarse Graining

Scale Separation between a Particle and a Fluid Molecule

分子論か連続体の二者択一から大自由度の集約である粗視化へ

 

粗視化(Coarse-Graining; CG)という言葉が,近年広く使われるようになりました.単なるメゾスケールモデルと認識されるような場面がありますが,粗視化は統計力学の専門用語で,ある解像度の記述をより解像度の粗い記述に集約することを表します.したがって厳密には,heuristicなモデリングは粗視化ではありません.現在,分子動力学法(Molecular Dynamics; MD)の原子間ポテンシャルは主に量子力学計算から第一原理的に求められますが,これも粗視化の一環です.基礎方程式で言えば,原子・分子系のHamiltonianを粗視化するとLangevin方程式が得られ,Boltzmann方程式を粗視化するとNavier-Stokes方程式が得られます.粗視化の際には,多くの場合に何らかの近似も導入されます.

 

計算力学の視点から見た実用上は,解像度を粗くすることにより,同じ計算資源でより大きな時空間スケールを扱うことができます.例えば,全原子MDでは取り扱い困難な,せん断流れにさらされる脂質二分子膜の構造不安定現象等をCGMDにより数値解析すると,分子論的な起源による連続体的な膜構造崩壊の素過程を明らかにできます.ただし,解像度を下げる粗視化によって何らかの情報を失うことには常に留意が必要です.CGMDにおいて拡散的な挙動の時定数まで維持したい場合には,Newtonの運動方程式ではなく,的確な摩擦係数と共にある種のLangevin方程式を用いる必要があります.これは,粗視化ポテンシャルが自由エネルギーに対応し,拡散的な情報を捨象していることと対応しています.

 

そして,Brown運動を記述する線形Langevin方程式にも,注目する粒子が周囲流体分子よりも十分に大きな質量を持つ,という前提があります.水溶液中の単原子イオンについて考える場合,この前提は成り立ちません.このような状況では,周囲流体を構成する個々の分子のBrown運動の時定数と,注目する物体のそれとが充分に離れていません.この場合,Langevin方程式の成立範囲ではStokes-Einsteinの関係として表されるように粒子のサイズだけが拡散係数に影響を及ぼす状況とは異なり,粒子の質量にも拡散係数が依存するという状況が現れます.その結果,Brown運動を完全に打ち消した条件と比べて,電気泳動のように時間的に一定の外力で輸送した場合に,作用する流動抵抗にも差異が生じます

 

また,Langevin方程式が成り立ち,Reynolds数もStokes数も微小な条件であっても,マイクロ流路から注目するナノ粒子と同程度の流路高さを持つナノ流路への流入時に,周囲流体と注目する粒子との輸送現象に差異が生じることを,Brown運動と定常流れ場の連成から示すことができます.これは,関連した結果として生じる濃度不均一について近年実験的に示され,私達がメカニズムを解明した現象です.もしBrown運動を初めから無視していたら説明不能ですが,実際にはPeclét数(の逆数)で普遍的に現象を整理することができます.これは,DNAシーケンサーのような細孔型の単一検体検出デバイスだけでなく,大量の試料を処理する濾過装置や,クロマトグラフィーの技術にも関連する知見です.

 

さらに新しい視点として,Brown運動の情報を豊富に含んだ顕微鏡動画のビッグデータを集約する実験計測データ解析も,広い意味で粗視化の一環と考えることもできます.普段取り扱っている時空間解像度よりも細かい解像度から必要な精度と総量の情報を獲得し,それを的確に集約することで得られる知見があります.豊富なデータが獲得できて高速な計算により緻密に解析できることを前提に成り立つビッグデータ解析は新しいですが,同時に,Langevin方程式やBoltzmann方程式でも扱われていた粗視化の一環としては温故知新でもあります.本来は合理性・必然性があるにも関わらず先入観に阻まれて見落とされている基礎的な側面に鋭く着眼することは,色褪せない永続的価値がある知見の獲得につながります.



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