研究概要

全体の概要

タンパク質は私たちの体を形作る重要な要素で、その配列や機能するタイミングと場所に関する情報は、細胞が持つゲノムに記録されています。そのため、ゲノムは我々の設計図である、と言うこともできます。しかし、そんなゲノムのうち約半分はトランスポゾンと呼ばれる、ウイルス様の自己増殖する配列によって占められています。私たちが研究しているのは、そのようなトランスポゾンを抑制するために動物が獲得したPIWI-interacting RNA (piRNA)と言う仕組みです。piRNAは、主にトランスポゾンに対応した配列を持ち、ゲノム中に存在する"非自己"配列を的確に見分けて抑制します。次世代に伝わる生殖細胞を持つ生殖巣においてpiRNAは主に機能しますが、piRNAがなくなると生物は不妊になってしまいます。
私たちは、このpiRNAが、どのようにして"非自己"を的確に見分けているのか? トランスポゾン以外の"非自己"との間ではどのような働きをするのか? を明らかにし、piRNAを利用した応用技術の開発を目指しています。

piRNAと細胞内共生細菌との関わり

ボルバキアと呼ばれる細胞内共生細菌は広く昆虫に感染し、piRNAが存在する生殖巣を経由して母から子へと垂直伝播します。そのため、次世代に伝わるボルバキアが感染している細胞にはpiRNAが存在しており、ボルバキアとpiRNAが関連している可能性があります。私たちの研究では、piRNAが細胞内共生細菌の識別および制御にどのように関与しているか、また、細胞内共生細菌によって宿主のpiRNAがどのように影響を受けているのかを明らかにすることを目指しています。この相互作用は、生物の進化や種の保存と言った文脈において重要な意味を持ち、病原体の感染メカニズムや宿主の防御機構に新たな洞察をもたらす可能性があります。

piRNAの自己組織化

私たちは、piRNAの自己組織化という新たな現象を発見しました。自己組織化とは「物質や個体が、系全体を俯瞰する能力を持たないのに関わらず、個々の自律的な振る舞いの結果として、秩序を持つ大きな構造を作り出す現象のこと」(wikipedia)です。私たちが見つけたこの過程では、piRNAは互いに相互作用し、抑制対象であるトランスポゾンを最も効率的に抑制できるパターンに自動的に配置されていくと考えています。そのため、抑制すべきトランスポゾン配列が変異し、piRNAからの抑制を逃れようとしても、変異した箇所をpiRNAが自動的に避けることで抑制が達成される可能性があります。私たちは、この自己組織化がどのように起こり、生物学的機能にどのように影響を与えるかを明らかにすることを目指しています。

piRNAクラスターの形成メカニズム

piRNAクラスターは、piRNAの生成源となるゲノム中の特定の領域です。これらのクラスターには、トランスポゾンの断片配列が多く含まれており、抑制すべきトランスポゾンを記憶するゲノム領域として機能しています。この領域は生物種間で保存度が低く、進化の過程で生まれては消えていく配列であると考えられています。私たちは、これらのクラスターがどのようにして形成され、維持されるか(つまり、ゲノムが非自己を認識できるようになるとはどのようなことか)を解明することを目指しています。

研究方法

私たちは、生物が持つmRNAやpiRNAを大規模シークエンサーで一括取得し、パソコン上で解析するバイオインフォマティクスや、生命現象を分子を使って説明することを目指す分子生物学を組み合わせた解析を行っています。主に培養細胞を用いていますが、様々な生物種を扱う多くの共同研究先と連携することで、様々な材料を横断的に用いてpiRNAと非自己との関わりを明らかにしていきます。