ここでは、前の(だいぶん前になるが)遠足で思ったことを書くことにする。
車中にて、私たち(私ともう一人は相方の副部長)は、運転手の真後ろを陣取って、車窓を楽しんだ(のは私だけで相方はどうか知らないが)のだが、他の人たちは、しゃべるか、トランプでもするか、一人でゲームを楽しむか、などであって、外には全く関心がないようであった。
今の多くの人の旅行は点の旅行である、とは、鉄道旅行家の間で問題にされる(が、一般には問題にされず、多くの高校生が唯一評論と接する場である国語の問題にはまずされない)ことである。
昔の旅行は芭蕉に代表される線の旅行であった。道行、つまり線の描写の素晴らしさは、私が説明する必要もなかろう。
が、交通機関というものが発明されて、それが高速化するにつれて、目的地の次は別の目的地という点の旅行が一般になった。飛行機利用の一般化がそれをもっとも如実に表そう。用事があるので、というのならば止むを得ないが、旅行にいく、というのに飛行機を使う、それも行きも帰りも、というのは、旅行ではない。せいぜい観光地訪問と言うに過ぎない。が、そういう人に限って、どこそこへ旅行したことがある、と自慢したりするのである。
が、物理的に外の景色が見えないかどうかに関わらず、外の景色を見ない人が、男女を問わず、ほとんどとなってしまった。女性の方がその嫌いが強いはずなのだが、男が女々しくなったのか、男女を問わずということになってしまったようである。
大川寺遊園線は、多くは富山市を走っているので見るようなものはないというかもしれない。が、南富山までは市街地の外れを通っていくし、その後はほとんど都市化が進んでいない。田園列車の趣を呈するのである。線路も単線で、駅舎やホームも金をかけられないので古いままであるからなおさらである。合理化の為に、交換設備が取り払われた跡がそのままになっているのを見ると痛々しくさえ感じる。
が、それに気を払う人はまずいないのである。
神社にて、早速どこかのホームの担任とホーム長とが、神頼みをしている。そして「一〇〇〇円も入れたから全員合格だ」などと言っている。一〇〇〇円が全員合格に値する金額かどうかは別として、「神頼みをしてうまく行けばそれに越したとはない」という担任の考え、ひいては、学校の考えには疑いを抱く。「神頼みをしたが為にうまくいかない」という考えも出来ると思えば、安易な神頼みは出来まい。と思うが、毎年、神頼みに来てしまうのは、悲しいかな、この学校の性格のゆえであろうか。
大川寺遊園にて、諸連絡の後、自由行動ということになったのであるが、何をするにしても金がかかるので、私は(金のかかることは)何もしなかった。
思えば、遊ぶ際に金のかかることが当たり前になっていまいか。やれ、行事が終わった、テストが終わったといって行くところで、金のかからないところはまずない。そして、それを当然だと思っている。例えばボーリングならば、空瓶十本とボール一つで十分に、ただで、遊べるような気がするが、面倒臭いという。フロントでのやりとりの方が余程、面倒臭いと私は思うが、受け入れられない。
こういう意識というのは、利潤第一主義である企業の「楽しみは金を出してこそ得られるものだ」という洗脳が一般に行き渡ってしまった結果であろう。(マインドコントロールのことが騒がれているが、これは「多くの人が間違っていると思うことを正しく思わせようとしている」から騒がれるのであって、「(本当は間違っているのに)多くの人が正しいと思うことを正しく思わせようとしている」ことには全く目が向けられていないことを知らなければならないと思う。) で、私は何をしていたかというと、園内の散歩である。手入れが行き届いていないので、自然が残っている。北東の端には、藤棚だったろう跡が残っていて、そこは、常願寺川をはじめ、富山市街まで眺められるいわば展望台であった。南の高台を上っていくと、険しい森林にでも至るのかと思ったが、意外にも、田んぼが見えて、「園内関係者以外立入禁止」の札につる草が巻き付いている。所々には、地蔵と墓の中間物みたいなものが建っていて、ここは「大川寺」なのだということを改めて感じさせる。
等々を見て一周してきたのであるが、そこで変な乗り物を見た。動力は人力(乗る人の)で、ブランコが一回転できて、人が逆さまにならないようにしたものとでも言うべきものである。はじめは、うまいこと回転するものだと感心してみていたのだが、そのうちに妙なことになった。奇声が聞こえるので何かと振り向けば、何とも危ない様子であった。詳細については省くことにするが、さらに、妙なことには、その危ない様子を見ていたろうにもかかわらず、次々と乗り込んでは、危ない様子を呈すのである。これではいけないと思い、常に持ち歩いている本をそこに腰を落ち着けて読み、何か書いてないかと思ったが、「現代高校生と本と私」の図は様になるなどと思ったのがいけなかった。外から見れば「変な私」に過ぎないことに気付いたのは、後になってからであった。あわてて、その場を立ち去ったのであるが、よくよく考えてみるに、「変な私」がいることを十分に知りながら、その危ない様子を呈すというのは、源氏物語まで行くと行きすぎかもしれないが、隠すべきところは隠すという考えが、失われつつあるのではないか。
この双輪に乗せる絵としてS君が危ない(と私が思う)絵を持ってきたので、私は駄目だと言ったが、頑固なので仕方がなく、とある女子に賛否を聞くことにした。私は軽蔑をもって否定されることを期待したのだが、相手が悪かったのか、賛成された挙げ句に、これくらいで驚いてはならないというようなことを言われてしまった。
典明の問題は、最後の砦を見せてしまったことによるようだが、そうでなければ社会では許されている。 だから、別に取るに足る問題ではないと、男だけでなく女性にも、されているのだろうか。
と書くと、そんな女性だけでなく、しっかりした女性もいるというかもしれない。が、こういう様子を見せ付けられると、弱い男は短絡的に、こう思ってしまうという危険を女性には十分に知らせておかなければなるまい。
一九九五年、日本もエイズパニックに陥る。と道でもらった変な宗教書に書いてあったが、高校生くらいにもなると、明日は我が身、ということになりかねない。
変なブランコへの殺到が、実は、そこにつながるとしたらば、何とも恐ろしいことである。
考え過ぎと一蹴されてしまいそうだが、もしもそうなってしまうのならば、考え過ぎくらいの方がまだましである。