2023年度の論文紹介
第1回(4/19):若杉和弘(M2)
57Fe Mössbauer study of stoichiometric iron based superconductor CaKFe4As4: a comparison to KFe2As2 and CaFe2As2Sergey L. Bud’ko et al., Philos. Mag. 97, 2689 (2017).
超伝導転移温度が31~36 Kとかなり高い鉄系超伝導体の新しいファミリーとしてCaAFe4As4 (1144) 化合物( A = K,Rb,Cs)が発見された。この系は超伝導以外の相転移がなく、 Mössbauer効果分光法による超伝導転移時の超微細パラメーターの変化を調べることを可能とする。そこで超伝導転移温度が35 Kである単結晶CaKFe4As4を用いて、CaFe2As2やKFe2As2と超微細パラメーターの温度依存性を比較し、超伝導転移との関係を調べた。超微細パラメーターに超伝導転移時の特徴的な変化は確認されなかったが、 CaKFe4As4はCaとKが交互に積層しているという見解と一致する結果を得た。
第2回(4/26):久米田理桜(M1)
Spiral spin-liquid and the emergence of a vortex-like state in MnSc2S4Shang Gao et al., Nature Physics 13, 157 (2017).
近年、スピンが螺旋として集団的にゆらぐ新しいタイプの螺旋状態、螺旋スピン液体の存在が予測されている。本研究では、中性子散乱法を用いて、MnSc2S4における螺旋スピン液体の存在を、逆空間における螺旋伝播ベクトルの連続面である「螺旋表面」を直接観測することにより実験的に証明した。また、螺旋スピン液体の多段階秩序化挙動を解明し、磁場印加時に渦のようなTriple-q相を発見した。この結果は、MnSc2S4の螺旋スピン液体状態のモデルとして、ダイヤモンド格子上のJ1-J2ハミルトニアンが有効であることを証明するとともに、フラストレート相互作用による磁気渦格子の新しい実現方法を示している。
第3回(5/17):伊藤正明(M1)
Majorana quantization and half-integer thermal quantum Hall effect in a Kitaev spin liquidY. Kasahara et al., Nature (London) 559, 227 (2018).
Kitaev模型は結合方向に依存した3種類の異方的な相互作用を有する模型であり、基底状態の厳密解が量子スピン液体であると予言されている。量子スピン液体は、量子コンピュータを動かす基本粒子となるMajorana粒子や非可換anyon粒子が現れるとされ、近年盛んに研究されている分野である。本論文の研究では、量子スピン液体の候補物質であるハニカム格子2次元磁性体α-RuCl3の熱ホール効果を測定し、熱ホール伝導度が磁場に対して一定値(プラトー)をとることが示された。その測定値は電子系の量子ホール効果状態で観測される値の半分に量子化されており、通常のフェルミオンの半分の自由度を持つ中性の粒子、すなわちMajorana粒子の存在が示唆される結果となった。
第4回(5/24):北村昌大(M1)
Skyrmion phase and competing magnetic orders on a breathing kagomé latticeMax Hirschberger et al., Nat. Commun. 10, 5831 (2019).
磁気スキルミオンは、キラルな磁性体等の非中心対称な磁性体で実現されている。これを中心対称な磁性体に拡張することは新たな磁気特性と機能性の向上をもたらす。本論文では中心対称金属化合物Gd3Ru4Al12において、大きなトポロジカルホール効果と2.8 nmという小さな非整合らせんピッチを持つスキルミオン格子(SkL)相を実験的に観測し、Gdのブリージングカゴメ格子を実現したことを報告する。SkLを含むいくつかの磁気構造は、共鳴X線回折と中性子小角散乱によって決定され、ローレンツ透過型電子顕微鏡を用いて、SkL相とらせん相を直接観察した。いくつかの相が競合する中で、SkLは熱揺らぎによって安定化されることを発見した。
第5回(5/31):若杉和弘(M2)
Effect of hydrostatic pressure on the superconducting properties of quasi-1D superconductor K2Cr3As3J. P. Sun et al., J. Phys. Condens. Matter 29, 455603 (2017).
新たに発見されたTc = 6.1Kの準1次元超伝導体K2Cr3As3で、スピン三重項クーパー対をもつ超伝導が報告されている。しかし、本当にスピン三重項超伝導が実現されているかは議論が続いている。そこで、臨界磁場に静水圧印加が及ぼす影響の観測とそれによるスピン三重項超伝導の強磁性揺らぎへの応答の確認を行った。加えて物理圧力と化学圧力の効果の比較を行った。その結果、物理圧力上昇に伴い上部臨界磁場のパウリ常磁性限界と軌道限界のクロスオーバーが起こることが示唆された。
第6回(6/7):久米田理桜(M1)
Spin-orbital entanglement in d8 Mott insulators Possible excitonic magnetism in diamond lattice antiferromagnetsFei-Ye Li and Gang Chen, Physical Review B 100, 045103 (2019).
Ni2+ 3d8 局在モーメントを持つダイヤモンド格子反強磁性体NiRh2O4に関する最近の研究に触発され、3d8 局在モーメントを持つダイヤモンド格子反強磁性体の特異なスピン・軌道物理を一般論として理論的に探究する。局在モーメント間の超交換相互作用は、通常、磁気秩序に有利である。3d8イオンの電子配置は、上部のt2g準位の部分的な充填と下部のeg準位が完全に埋まっているために、原子スピン軌道相互作用は線形オーダーで活性化し、単一イオン極限では局在モーメントが凍結されたスピン軌道もつれ一重項が有利となる。このように、スピン軌道もつれは超交換と競合し、スピン軌道一重項と磁気秩序を分離する量子臨界点まで系を追い込む可能性がある。さらに、磁場と一軸圧力の効果について調べた。磁場に対する非自明な応答は、局在モーメントの根底にあるスピン軌道構造と密接に関連している。ドープや圧力などの将来の実験について議論し、異なる電子配置間の対応関係を指摘する。
第7回(6/26):伊藤正明(M1)
Cu2IrO3: A New Magnetically Frustrated Honeycomb IridateM. Abramchuk, et al., J. Am. Chem. Soc. 139, 15371 (2017).
本研究では、新たなハニカム格子層状化合物であるCu2IrO3について報告する。この物質は、Na2IrO3中のナトリウムを銅で置換することによって合成される。ハニカム格子上にIr4+が配置され、および結合角が120°に近く、前駆体であるNa2IrO3よりも層間距離が大きいという特徴から、Cu2IrO3はKitaevスピン液体状態に幾何学的に近いことが示唆される。さらに、短距離の相関に由来する10 K以下での磁気転移や顕著なフラストレーションいった観測結果は、この物質におけるKitaevスピン液体の実現可能性をさらに支持している。
第8回(7/19):北村昌大(M1)
Structure and properties of the kagome compound YBaCo3AlO7M. Valldor, et al., Physical Review B 78, 024408 (2009).
YBaCo3AlO7の単結晶をFZ法で合成した。(Co/Al)O4四面体はカゴメ格子を形成し、幾何学的フラストレーションが生じる。X線回折測定から、YBaCo3AlO7は空間群P63mcに属し、a=6.28098(3) Å、c=10.21200(5) Åであることが確認された。残留磁化の緩和、転移温度付近での磁化率の周波数依存性、凍結温度でのエントロピー変化の欠如が観測された。このことからYBaCo3AlO7の低温での振る舞いは、反強磁性相互作用を有するスピンがランダムに凍結したスピングラスあるいは「クラスター・グラス」であることが示唆される。