歴史の解説 |
720
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養老4 |
日本書紀 |
日本における現存最古の歴史書。舎人親王らの撰による。神代の昔から持統天皇の時代までを扱う。愚かな争いの歴史よりロマンを求める向きには好評。 |
1450
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宝徳2 |
グーテンベルグの活版印刷 |
活版印刷はグーテンベルグが初めてだが、木版印刷は8世紀の日本が、金属活字は1234年韓国が世界初。印刷が人々の啓発に役立っているか、堕落を助けているかはまだ結論がでていない。 |
1467
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応仁元年 |
応仁の乱 |
将軍家や管領家の後継争いが原因で細川勝元派と山名持豊派とが争い,応仁元年から11年間,京都を中心に続いた戦乱。なお、京都西陣の名は,西軍の本陣がおかれたことに由来する。歴史とは愚かな人たちにより書き上げられると言う良き見本。 |
1543
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天文12 |
コペルニクス太陽中心説の提唱 |
ポーランドの商都トルニ出身の天文学者で、地動説理論構築から約30年後の1543年「天球回転論」がニュルンベルクで出版された。本人の死後、流布されたので宗教裁判の災厄は逃れられた。なお、コペルニクスは本学の
姉妹校であるポーランドのヤギェウェ大学出身
、ローマ法王ヨハネ・パウロⅡ世と同窓。 |
1543
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天文12 |
鉄砲伝来 |
種子島に漂着したポルトガル人から種子島時尭が入手。伝来から僅か数十年で世界有数の鉄砲保有国となったが,その後江戸幕府は改良や製造を制限した。世界史には稀な自発的軍縮がなされたことはあまり知られていない。武器輸出を続ける欧米諸国に教えてやりたいものだ。 |
1582
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天正10 |
グレゴリオ暦採用 |
ローマ法王グレゴリウス13世の時代、1582年10月15日に採用された。平年を365日、閏年を366日と定め、閏年を400年に97回置くことにした暦。現在世界の暦の体勢を占めている。どのような暦を使おうと、季節は巡り、時は経つ。愚者にも賢者にも。 |
1600
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慶長5 |
関が原の合戦 |
この年の9月15日,石田光成方西軍八万数千と徳川家康方東軍七万五千が戦った日本史上最大の合戦。名実ともに徳川時代の幕開けとなった。 |
1603
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慶長8 |
江戸時代(1603-1867)始まる |
徳川家康が征夷大将軍となり,300年の太平をうたわれた平和にして豊穣な,封建的暗黒時代はじまる。 |
1632
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寛永9 |
ガリレオ地動説擁護のため宗教裁判 |
ガリレオ・ガリレイは、論文「天文対話」のなかで「地動説理論」を発表し、宗教裁判にかけられ、「地球は動いていない」と言わされた。しかし、死後350年たった1983年、ローマ法王ヨハネ・パウロ2世は宗教裁判の誤りを認めた。そのためか在位26余年の84歳の長寿を全うされた。 |
1687
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貞享4 |
ニュートン万有引力の法則 |
イギリスの物理学者ニュートンが発見した、あらゆる物体と物体のあいだにはたがいに引きあう力があり,物体に重さがあるのは,物体と地球の間の万有引力によるものだという法則。リンゴの落ちるのを見て発見したのは有名、
東京農工大学にはそのリンゴの木が毎年花を咲かせている。 |
1765
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明和2 |
ワットの蒸気機関 |
スコットランド生まれのジェームス・ワットが発明した蒸気機関は産業革命の原動力として広く普及した。薬缶の湯気を見て、それを動力に利用するという先見性に脱帽する。湯気から熱燗を連想する某教授とは大違いだ。 |
1768
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明和5 |
アークライト、水力紡績機発明 |
ランカシャー生まれのリチャード・アークライトが綿から綿糸を紡ぐ紡績機械をつくり、動力に水車を利用した。非熟練工で可能なため、工場生産が加速され、インド綿業の荒廃を招いた。 |
1774
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安永3 |
杉田玄白と前野良沢、解体新書の翻訳 |
解体新書は日本最初の本格的西洋解剖学書の訳本で、ドイツ人クルムスの解剖書 (Anatomische Tabelle) の蘭訳本(俗称ターヘル・アナトミア1734刊)を日本語訳したもの。しかし、今なお腹の中が読めないとはどういう訳か。 |
1814
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文化11 |
スチーブンソン蒸気機関車発明
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ジョージ・スチーブンソンが初めて蒸気で機関車を走らせたとされているが,リチャード・トレビシックは1804年既に鉄製レール上を走る蒸気機関車を製作していたらしい。往古は物流の主流だったが今は郷愁を誘うのみ。石油が枯れたらどうするんだろね。 |
1827
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文政10 |
オームの法則 |
ドイツの電気学者オームは「電流の強さは電圧に比例し、抵抗に反比例する」というオームの法則を発見。業績を讃えて電気抵抗の単位にオームが使われている。ちなみに麻原某とは何の関係も無い。 |
1859
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安政6 |
神奈川・函館・長崎の開港 |
前年結ばれた米・英・露・仏・蘭との修好通商条約により神奈川・函館・長崎が開港され、外国貿易が盛んになった。これにより生糸輸出も加速された。後年横浜・函館・長崎が観光地として脚光を浴びる基を築く。 |
1866
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慶応2 |
ノーベル、ダイナマイトの発明 |
スエーデン・ストックホルムに生まれたアルフレッド・ノーベルは爆薬ダイナマイトを発明した。なお、賢者ノーベルは生涯独身だった。 |
1867
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慶応3 |
第2回パリ万博、日本初出品 |
江戸幕府及び薩摩藩・佐賀藩が出品。幕府は徳川昭武、
渋沢栄一
らをパリに派遣。サムライ、シャンゼリゼを歩く。 |
1868
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明治元年 |
明治維新 |
倒幕から明治新政府設立までの新国家形成が進められた一連の政治的・社会的変革をいう。開国から西南戦争までを指すことが多い。体制の近代化を願う国ではしばしばモデルになっていると言うが、反面教師ではなかろうか。 |
1869
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明治2 |
スエズ運河開通 |
フランス人レセップスが10年かけて作ったが,完成僅か6年後イギリスに買収されちまった。ホリエモンより凄腕がいたのだ。航路が喜望峰回りの半分に短縮され,以後の物流を変えた偉業。 |
1869
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明治2 |
米大陸横断鉄道開通 |
アメリカ大陸の東西を結ぶ大動脈が完成。日本では西部劇の舞台ぐらいにしか思われていないが,これにより輸送の迅速化・低廉化はもとより,資材需要による他産業の活性化,組織や会計システムの改革整備,情報インフラの整備など以後のアメリカ経済の大躍進をもたらした大事業。 |
1871
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明治4 |
地域の殖産開発と授産 |
明治政府は殖産興業の政策を実行するに際してそれぞれの地域にあった産業を興し、失業士族にそれらの生産に従事する機会を与えた。多くの地域で養蚕が奨励され、普及した。 |
1871
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明治4 |
廃藩置県 |
維新後明治政府がそれまでの藩を廃止し、地方統治を府および県に一本化した政治改革。いわばお殿様のリストラである。 |
1871
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明治4 |
岩倉使節団米欧回覧に出発 |
明治新政府の承認 ・不平等条約改正交渉の開始・西欧文明及び産業の視察 の3点を主要な目的として岩倉具視を全権大使とし,通商修好条約を締結した諸国を歴訪する大使節団を派遣した。いわゆる“外遊”のはしりであるが,議員諸兄のように遊んでたわけではない。 |
1872
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明治5 |
ウイーン万博開会 |
この年ウイーンで開催された万博から日本政府が公式に参加した。後のジャポニズムの流行に影響を与えたとされている。これを契機に日本からウイーンへの蚕糸関係者の留学が続いた。 |
1872
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明治5 |
学制 |
この年8月邑に不学の戸なく,家に不学の人なからしめんと学制が発布され,教育立国の基礎が築かれた。野球ばかりがうまくなったと言われる6・3制より貢献したと思われる。 |
1872
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明治5 |
鉄道開通(品川ー横浜間) |
9月12日、新橋と横浜(現桜木町駅)とを結ぶ鉄道が開通した。この年5月に品川・横浜間で仮営業した鉄道が新橋まで延び正式開業となった。日本鉄道史の開幕である。揉め事の到着も早められることとなった。 |
1873
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明治6 |
岩倉使節団米欧回覧より帰国 |
使節団は多くの成果と貴重な体験を得て帰国,その後の我が国の発展に大いに寄与し,かつ西南戦争の原因ともなった。 |
1877
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明治10 |
第1回内国勧業博覧会、上野公園で開催 |
内国勧業博覧会は、内務卿大久保利通が総裁となり、国家的大事業としての熱意で実現させた。新時代の人々の好奇心や旺盛な知識欲をエネルギー源とした殖産興業の具体的な表現であり、国家プロジェクトとしての一大イベントであった。 |
1878
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明治11 |
ベル,電話機発明 |
この年2月14日,アメリカのグラハム・ベルとエリシャ・グレイが,同日電話の特許を申請した。ベルは午前,グレイは午後の出願。僅か2時間の差で栄冠はベルに輝いた。早起きは3文の得。 なお,なんとその時点で,まだ装置や実験が成功していなかったという。 |
1883
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明治16 |
上野駅開業 |
後の東京の北の玄関、ふるさとの訛り懐かしい上野駅が開業。上野-熊谷間初の営業運転を開始する。所要時間は2時間24分。 |
1883
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明治16 |
鹿鳴館開館 |
東京山下門内の外賓接待所落成「鹿鳴館」と命名。不平等条約改正運動の一環として、外国の使節や商人などを招いてダンスパーティが行われた。以後の接待費の伝統に責任があるかどうかは不明ながら、鹿鳴館時代の開幕となる。 |
1889
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明治22 |
エッフェル塔建設 |
フランス革命勃発100周年記念のパリ万博での目玉として建設された。工期26ヶ月、総コスト約780万フラン、高さ300.65m(アンテナが付け足され、現在は高さ320m )。当時世界最高の建造物。なお、70年を経て東京に模造品が生まれた。 |
1889
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明治22 |
大日本帝国憲法発布 |
欽定憲法として、ドイツをモデルに作られたとされており、「万世一系の天皇これを統治す」とある。統治を任せるために選ばれている今日の選良を見ると現憲法が進歩と言えるかどうか? |
1890
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明治23 |
帝国議会開設 |
国益より派閥を重視する弊害の出発点。選挙違反ここに始まる。でも今のまったく機能しない二院制よりましだったかもしれない。 |
1894
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明治27 |
日清戦争 |
日本と清国との間に行われた朝鮮支配をめぐる戦争。平壌、遼東半島攻略、豊島沖、黄海の海戦を経て勝利し、下関条約により領土と賠償金を得るも三国干渉を引き起こした。愚者のテロにより取り分がだいぶ減らされた模様。 |
1895
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明治28 |
レントゲン、X線の発見 |
これによりレントゲンは1901年第1回ノーベル物理学賞を受賞。その後の医学の発展に寄与した。なお、腹の中は見えても本心まで見るには至っていない。 |
1898
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明治31 |
キュリー夫妻ラジウムの発見 |
1903年ノーベル物理学賞受賞、後ノーベル化学賞をも受賞したスーパーレディー。キャリアウーマンの御先祖様。 |
1901
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明治35 |
ノーベル賞創設 |
ダイナマイトにより巨富を築いたノーベルの遺産により運営されている。スエーデン王立科学アカデミーが物理、化学、経済学、スエーデンアカデミーが文学、カロリンスカ研究所が生理医学、ノルウエー国会の選考委員会が平和賞を、それぞれ選考する。 |
1903
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明治36 |
ライト兄弟動力飛行に成功 |
人類に対して空が無限の可能性を示した最初の日、12秒で約10フィート上り、100フィート飛んだ。日本の二宮忠八はこれに先立つこと12年、動力による模型飛行を実現している。 |
1904
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明治37 |
日露戦争 |
帝政ロシアの南下政策に対して、朝鮮半島と中国東北地方の覇権をかけて日本は中国を舞台にロシアと争い、辛勝した。これにより日本の国際的地位が高まった。我が国の行政府が最も機能した時代。 |
1905
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明治38 |
アインシュタイン特殊相対性理論 |
この理論は時間と空間の絶対性を否定し、それまでの常識をくつがえすセンセーショナルなものであり、その後の科学に多大な影響を与えた。 |
1905
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明治38 |
ポーツマスで日露講和条約調印 |
アメリカのルーズベルト大統領の仲介により日露両国が米国ポーツマスにおいて締結したもので、一文の賠償金も無く、日本国民の憤激を買い、日比谷公園焼き討ちの暴動がおこった。 |
1908
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明治41 |
T型フォードの大量生産 |
まさにマスプロの時代が開かれた年。流れ作業の最初の例となるこの車は後,20世紀の代表として「カー・オブ・ザ・センチュリー」を受賞した。なお,ヘンリー・フォードに現在の交通渋滞の責任を問う動きはない。 |
1910
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明治43 |
韓国併合に関する日韓条約調印 |
日本の帝国主義的野心により韓国を併合するにいたった出発点。推進者である伊藤博文は後にハルピン駅頭で暗殺された。 |
1911
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明治44 |
辛亥革命 |
300年にわたり中国に君臨した清帝国が孫文らの提唱する三民主義運動により覆されたが、その後40年に及ぶ中国の混乱をも引き起こした。 |
1912
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大正元年 |
タイタニック号沈没 |
世界最大かつ最も豪華な不沈の客船として脚光を浴びるも、処女航海で氷山に接触して沈没、およそ90年を経てレオ様により蘇る。カッコいい舳先でのデカプリオの姿を真似てはいないかな? |
1914
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大正3 |
第1次世界大戦勃発 |
セルビアのサラエボにおける一発の銃弾が欧亜にまたがる未曾有の大戦乱を引き起こした。飛行機・戦車・潜水艦など近代兵器が始めて投入され、動員兵力6000万、戦死者1000万に及び、国家総力戦となった。 |
1915
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大正4 |
アインシュタイン一般性相対性理論 |
「慣性運動系」に限られた「特殊」なものであったが、加速度運動系や回転運動系にも拡張され、「一般相対性理論」として発表された。 |
1917
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大正6 |
ロシア10月革命 |
第一次大戦の混乱のなか、レーニンによるロシア帝国の転覆が成功し、初めての社会主義革命がなされた。なお、誕生した本家ソビエト連邦は70年にして潰えたが、北朝鮮、ベトナム、キューバなど分家は社会主義国家としていまだに頑張っている。 |
1918
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大正7 |
第1次世界大戦終結 |
オーストリア、ドイツの敗戦により大戦は終結し、墺・露・独・土の4帝国が滅亡した。なお、戦後処理の結果生じたベルサイユ体制が、20年を経て第二次大戦を引き起こしたとされている。我が日本は火事場泥棒的活躍で漁夫の利を得た。 |
1920
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大正9 |
国際連盟発足 |
武力の裏づけがない国際組織はなんの足しにもならないことを世に示した国際的仲良しクラブ。わが国では脱退した事のみが記憶されている。 |
1923
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大正12 |
関東大震災 |
大日本帝国の帝都東京を襲った地震は首都を壊滅させ、およそ15万人が死亡した。 |
1925
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大正14 |
日ソ国交樹立 |
1月20日,日・ソ基本条約調印,しかし,敗戦間近の1945年ソ連軍は旧満州国に攻め込み,約束とは破られるためにあることを立証した。ソ連へ対する不信感が増大する。 |
1927
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昭和2 |
金融恐慌始まる |
米金融当局は欧州の中央銀行からの要請により、米欧間の金利差の是正を目指してこの年金融を緩和した。世界大恐慌の発端となった。 |
1929
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昭和4 |
ニューヨーク株式大暴落、世界恐慌へ |
10月24日ウォール街の株価は暴落、「暗黒の木曜日」となった。株価は最終的に最高値の1/7に下落、ピークを回復するまでに大不況の十年と第二次大戦をはさみ22年もの歳月を要した。経済的な破綻は各国を襲い、未曾有の混乱を引きこす。これにより生糸相場も大暴落。農村の疲弊は極に達し、軍部の暴発、大戦への引き金となった。 |
1930
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昭和5 |
ロンドン軍縮条約 |
戦艦並びに空母など補助艦艇の数を規制し,新造艦の建造禁止を定めた条約。我が国では後に統帥権干犯問題と呼ばれる政争事件に発展,軍部の政治介入のきっかけとなった。軍縮が戦争を惹起したという歴史の痛烈な皮肉として知られている。 |
1931
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昭和6 |
満州事変勃発 |
遼東半島に駐在する帝国陸軍の主力、関東軍が満鉄線を爆破する柳条湖事件を自作自演し、政府の不拡大方針を無視して暴発した。張学良ら中国東北部の軍閥を追い落とし、満州国を発足させる基となった。 |
1932
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昭和7 |
五・一五事件 |
5月15日海軍急進派の青年将校らが決起したクーデター事件。首相犬養毅を射殺。“話せばわかる。問答無用。それに続く銃声”が時代を物語る。クーデターは失敗したが,政党政治に止めを刺し,第二次大戦の原因となった |
1933
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昭和8 |
国際連盟脱退 |
リットン調査団の報告に基づいて満州国を否認した国際連盟総会の勧告を,断じて受け入れることは出来ないと全権代表松岡洋右は演説,そのまま退席,脱退した。日本は以後孤立の道を深めていくことになる。この決議で唯一シャム,現タイ王国だけが棄権してくれた恩義はどっかで返したのかしら。 |
1935
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昭和10 |
湯川秀樹中間子理論 |
原子核を構成する陽子と中性子が結びつくための核力に関する中間子理論を発表した。日本人初のノーベル賞を受賞した。 |
1936
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昭和11 |
二・二六事件 |
陸軍皇道派将校らが決起。首相官邸襲撃,陸軍省・参謀本部・警視庁を占拠し,斎藤実内大臣,
高橋是清蔵相
らを殺害した。成功するやに見えたが,天皇が激怒,鎮圧された。しかし,この後,軍部の台頭を許し,戦争の泥沼の中に引きずり込まれてゆく。 |
1936
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昭和11 |
零式艦上戦闘機制式採用 |
驚異的な航続距離と,スピード,旋回性能を兼ね備えた当時世界最強の最新鋭戦闘機,当時の三菱は世界一だったのだ。皇紀2600年(昭和15年)に制式採用されたのでその末尾のゼロを取って
零式艦上戦闘機
と命名された。ゼロ戦という呼び名は「ゼロファイター」から戦後広まった言い方であり,戦中は零戦(レイセン)と呼んでいた。 |
1937
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昭和11 |
米,カロザース(デュポン社)によるナイロンの発明 |
デュポンのONとニヒルのNYLを組合わせて命名されたと言う。ニヒルなカロザースの自殺1年後発表され,2年後女性用ストッキング発売,大ヒットする。 |
1937
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昭和12 |
日華事変勃発 |
満州事変を拡大し、やがては中国全土に広がって太平洋戦争突入の直接の原因となった日本軍部の野心による戦争。直接には北京郊外の盧溝橋における銃声が引き金になったとされている。 |
1937
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昭和12 |
戦艦大和起工 |
11月4日呉海軍工廠にて起工。大艦巨砲時代の掉尾をかざる大戦艦、常に日本人のロマンを掻き立てて止まない。当時世界最大最強とうたわれ、日本における科学技術水準の高さを示した。 |
1939
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昭和14 |
第2次世界大戦勃発 |
ムッソリーニのファッショ、ナチスの野望、日本軍部の専横など原因は様々取沙汰されているが、要は人類の飽くなき野心と欲望の発露と理解される。 |
1940
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昭和15 |
戦艦大和進水 |
8月8日呉海軍工廠にて進水、農村の疲弊、都市労働者の貧困にも拘らず、現代に換算して2600億円もの巨費を投じ、ここに帝国軍人の夢を乗せて完成。 |
1941
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昭和16 |
戦艦大和就役 |
12月16日、46センチ3連装砲塔を装備した世界最強の戦艦として就役、完成時既に時代遅れであったことは否めなかった。費用対効果は薄く、戦果は雀の涙程度であったが、その建艦技術は戦後日本造船業界の復活を約束した。ファンダメンタルは不滅です。 |
1941
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昭和16 |
太平洋戦争勃発 |
真珠湾攻撃に続いてマレー沖海戦、シンガポール陥落など開戦劈頭の快進撃はチャーチルをして震撼せしめた。しかし、資源小国日本の限界を露呈することとなる |
1941
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昭和16 |
ハワイ真珠湾空襲〈米英蘭〉に宣戦布告 |
日米両国の相互理解の不足、米国を参戦させるための謀略、日本軍部の独走など原因は種々挙げられるが、日露戦争と同様、「こんなことやらねえーだろう」と言う予測を覆すのが日本の国民性かもしれない。航空力による攻撃の有効性が証明された。 |
1944
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昭和19 |
独,実用ロケットV1,V2 |
フォン・ブラウンの指導によって開発された世界初のロケット兵器。今日の大型宇宙ロケット設計の出発点となった。その技術は,戦後,米ソに引き継がれ,その後の遠距離大規模破壊兵器の開発と宇宙航空事業の進歩に大きく貢献した。このような兵器が今のところ,あんまり使われてないことを喜びたい。 |
1945
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昭和20 |
戦艦大和沈没 |
片道燃料のみ搭載、航空援護無く4月1日出撃するも、米艦載機386機による波状攻撃により、爆弾6発、魚雷10本以上の直撃を受け、7日午後2時23分、あえなく沈没、九州坊ノ岬沖90海里の地点に眠る。ここに大艦巨砲時代の終焉が宣せられた。その後30年にして宇宙戦艦として復活。 |
1945
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昭和20 |
ポツダム宣言受諾
第2次世界大戦終結 |
耐えがたきを耐え、忍びがたきを忍び、万世のために太平を開かんとする終戦の詔勅により古今未曾有の戦禍をもたらした大戦は終結した。が、結果として冷戦時代を向かえ、地域によっては新たな悲劇の幕が開いた。 |
1946
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昭和21 |
日本国憲法公布 |
天皇を象徴とし,戦争の放棄・恒久平和をうたった民主憲法が公布された。ゴールデンウイークをつくるためではない。敗戦日本が押し付けられたとも言うけれど,アメリカさんもたまにはいいことやるじゃない。 |
1947
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昭和22 |
日本国憲法施行 |
占領軍主導の平和憲法が発布、施行され、番犬飼って軍備を放棄する超経済的政策がその後の繁栄をもたらし、平和国家日本の第一歩が印されたはず。最近の憲法論議の行く末を再考したいものである。国家とは、国民とは、一体どうなってんの。 |
1949
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昭和24 |
日本学術会議発足
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学者の国会といわれる我が国科学技術行政をリードする組織。科学研究費を配るだけじゃないよ。 |
1950
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昭和25 |
朝鮮動乱勃発 |
北鮮軍が奇襲侵略を強行。1ヶ月にして釜山を除く韓国全域が共産軍に占領された。そこで,国連軍がマッカーサー指揮下で参戦,ソ連の兵器で武装した中国人民軍と激戦,38度線を挟んで戦ったが,3年後に休戦。しかし,焦土の上で戦死200万人余,民間人犠牲者も450万人にのぼり,370万人もの子供達が父母を失った。朝鮮半島分断は今なお続いている。悲劇と言うも愚かな悲惨な戦争を起した独裁体制が現存することを忘れてはならない。 |
1951
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昭和26 |
サンフランシスコ講和条約調印
日米安全保障条約調印 |
この2条約によって戦後処理に幕を引き、その後60年に及ぶ平和にして繁栄の極に達する時代が開かれた。しかし、現在も全土が米軍の占領状態にあることを忘れてはならない。沖縄の苦痛を全国民は看過すべきでない。 |
1953
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昭和28 |
ワトソンとクリックDNA二重螺旋構造の発見 |
DNAの本体が解明されて、遺伝子工学の端緒が開かれ、新たな生物学(分子生物学)が展開された。これを基点に,遺伝子導入作物や人為的遺伝子改変の研究は急激に展開されている。「ヒトは神に近づいたか?」の疑問は今後も続くであろう。 |
1957
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昭和32 |
ソ連、人工衛星スプートニク第1号打ち上げに成功 |
軍事技術の開発進展がもたらした、人類宇宙雄飛の1ページである。米国の宇宙戦略の拡大に火をつけたものである。 |
1960
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昭和35 |
新安保条約批准、発効 |
当時は国論を2分する、と言うより悪評を極めたこの条約もその後の日本の飛躍に裨益するところ大であることは論を待たない。しかし、この条約が日本にとって真に有効かどうかはその後の、また後を注視しなければならない。北朝鮮の拉致や核の問題を考えるとき、この条約の「在り方」を再考すべきであろう。 |
1965
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昭和40 |
アメリカ機、北ベトナムのドンホイを爆撃(北爆開始) |
民主主義国と社会主義国との代理戦争。近年社会主義国が収めた数少ない輝かしい成功として数えられる。 |
1968
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昭和43 |
大学紛争、全国に広がる |
ベトナム戦争の醸す雰囲気が引き起こした不毛な紛争。終わってみて「あれはなんだったんだろ」と自問するものが多い。多くの血を流し,何が革新できたのか?歴史的な検証が始まっている。 |
1969
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昭和44 |
アメリカ、アポロ11号月面着陸に成功 |
戦略兵器開発の副産物。小さな一歩だが宇宙旅行の幕開けを告げる大きな一歩と自賛していた。巨額の投資を行い,人類の科学に対する好奇心を駆り立てた。宇宙とともに地球の海の中にも関心を持ちたいものだ。 |
1970
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昭和45 |
日本万国博覧会開会(大阪) |
最初の東京万博は日中戦争のため中止となったので、日本初の万博となった。月の石が長蛇の列を呼び、千里の会場跡には太陽の塔が往時のよすがを伝える。 |
1970
|
昭和45 |
日本発の人工衛星「おおすみ」打ち上げ |
軍事技術開発を伴わない稀な例といえる。戦後糸川博士のペンシルロケットから日本の宇宙技術開発は始まったが、零戦で培われた技術は連綿として継承されている。 |
1973
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昭和48 |
第1次石油危機始まる |
物が溢れ、繁栄を謳歌した人々に冷水を浴びせ、トイレットぺーパーの買いだめに走らせた。 |
1973
|
昭和48 |
ベトナム、和平協定パリで調印
アメリカ軍撤退決定 |
ドミノ理論を振りかざし、無敵を誇る米軍をはじめて屈服させた、社会主義国の勲功天を突く。時流れて人変わり、本学は
ベトナムの2大学と姉妹校提携
がなされ、多くの研究者により平和的に共同研究がなされている。 |
1979
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昭和54 |
第2次石油ショック |
一時は世界大恐慌の再来を思わせるものがあったが、悲劇は繰り返されなかった。 |
1980
|
昭和55 |
イラン・イラク戦争始まる |
苛々(イライラ)戦争とも称され、過激なシーア派によるイラン革命を喜ばない米国の代理としてイラクがイランに挑んだ愚戦、といっても賢明な戦争など存在しない。なお、この時米国から貰った武器でイラクはクエートに攻め込んだ。 |
1985
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昭和60 |
「科学万博―つくば‘85」 開会 |
当時の先端科学技術が一同に会した、科学の祭典、我が国養蚕技術の先端性を示す、国産初の温度計、蚕当計が展示された。 |
1989
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平成元年 |
「ベルリンの壁」の取り壊しが始まる |
第二次大戦後長きに渡って社会主義国とされてきた東欧と言われる国々をソ連の頚木から解放した歴史的出来事。情報化,グローバル化の典型的な証左であろう。 |
1990
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平成2 |
東西ドイツ再統合 |
ヨーロッパにおける第二次大戦の清算終わる。しかし、アジアでは朝鮮半島に分断国家が残り、負の遺産がいまだに継承されている。6カ国協議の再開が急がれ、極東にも春が来ることを切に望む。でも、懲りないドイツ人がまた何かやらなきゃいいけど。 |
1995
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平成7 |
阪神淡路大地震 |
20世紀最後の5年に起こった、世紀末を思わせる激甚な災厄。大都市での自然災害に対する危機管理の必要性を警鐘させた。縦割り政治の脆さを露呈させもした。 |
1996
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平成8 |
英国で狂牛病(BSE)騒動発生 |
経済効果だけのために、牛に牛を喰わせるという自然の摂理に逆らった愚行を行った人類への自然からの警鐘。おかげで吉野家の牛丼が食えなくなっちゃったじゃないか。 |
2001
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平成13 |
国内で初めて狂牛病発生 |
千里の海を隔てるともグローバルな時代では安心できない証左。ついでに何人か役人の首もすげ変わった。狂牛病検査に対するアメリカの姿勢が消費者を怒らせる。 |
2001
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平成13 |
米同時多発テロ
NY貿易センタービルにハイジャック機突入 |
ハイテクテロの現場が世界の茶の間にリアルタイムで飛び込んできた。現代の宗教戦争、現代の十字軍を生み出し、世界の警官を自認する米国が労を惜しまず大活躍するも好評を博せず。 |
2003
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平成15 |
イラク戦争勃発、米・英空軍がイラクを攻撃 |
燃える焚き火に水をぶっ掛けたが、灰神楽が立って世界中に火の粉が飛んだだけ。その上、火種は摘み出したはずが鎮火せず、消防士が大火傷を負いそうな気配。対岸の火事により憲法改正を図る国も出る始末。 |
2005
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平成17 |
愛知万博開会 |
“大阪万博の夢よもう一度”と、二匹目のドジョウを愛知の森に見つけにいったが、今のところちょっと小さい模様である。自然と環境との調和,人間の叡智などと叫んでも,一人一人の意識が変わらないと,未来人に 「負の遺産」を残すこととなる。 |
2005
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平成17 |
中央アジア,極東,アフリカ等国際紛争深刻化 |
9.11の後,アメリカがアフガンやイラクで戦端をひらき,対テロ戦争をおっぱじめた国際的モグラ叩きゲーム。今のところ,迫撃砲でゴキブリを駆除するような手法が通用しない模様。 |
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