Design and Dynamics of Soft Matter
ソフトロボティクスに直結したしなやかさを材料に与える
物体が構造を持ちながら,しなやかに変形することが望ましい場面は多々あります.素材自体が柔軟なことにより小さな荷重で大変形が生じる工業製品は,シリコーンゴム製のキッチン用品をはじめ日常生活にも行き渡っています.また,紙袋や紙箱は,素材が紙であるだけでなく,変形もオリガミ機構に根差した製品です.これらには,素材の物性と共に,幾何学的に確保した柔軟性の特徴があります.つまり,厚さが小さいシート構造なので曲げ易いということです.シート構造の曲げに対する柔軟性は,曲げと伸縮のひずみエネルギーが,厚さに対してそれぞれ3乗と1乗で依存することに注目すると,力学的に理解できます.
コピー用紙のような伸縮性の低い素材を,滑らかに直接ねじる変形が成立しないことは,Gauss曲率に注目すると理解できます.しかし,互い違い破線型の周期的な切り込みを入れると,構造全体では伸縮性が得られ,ねじる変形も可能になります.デバイスやロボットの動きに応じてしなやかに変形する場合,除荷時には形態が復元することが望ましいです.そのための力学的メタマテリアルの設計指針として,応力集中の緩和が重要です.応力集中の緩和は,古くから脆性材料の破壊を防ぐ手段の定石として認識されてきましたが,力学的なレジリエンスの確保にも有用であることを,当研究室では環境調和型次世代材料のナノペーパーを通じて実証しました.
また,ナノペーパーには,水に浸すと膨潤してハイドロゲルになるという特徴があります.あらかじめ設計したキリガミ構造をナノペーパーに実装することで,膨潤して厚くなった構造を縦に引っ張ると横にも伸びる特性(負のPoisson比,英語ではauxeticityとも呼ばれる)を実現できます.さらに,引張と圧縮を繰り返すと,負のPoisson比を保ちながら自然状態が変化して新たな状態に至る適応的な応答を発見しました.これは,ある機能特性(ここではauxeticity)を保ちながら適応的に応答もできる余地を意味しており,物質の構造を制御することで多機能性を実現できる可能性を示唆しています.ちなみに,自重を支えるハイドロゲル構造の90%以上を水で構成できたりします.
ロボティクスや計算科学で議論される「知能」と同じく,「しなやかさ」は日常的にも扱われます.そして,それは場面に応じて何らかの物理量と関連付けながら模索・追究する広い概念であり,幾つかの定性的な定義が考えられます.例えば,外界からの入力に対して必ずしも完全には対抗も無視もせず機能を維持または発現するために応答する特性と言えるかもしれません.しなやかさをはじめとする機能は,桁違いの時空間スケールに応じて顕在化する現象の違いを的確に使い分けることによって生み出せます.例えば,空間だけでなく時間スケールにも注目することで, 流体中に構造的な秩序を生み出す技術も実現できます.ロボットのように知的にさえ感じられるような機能を物質に与えるには,機械工学の柱である四力の概念を横断する統計力学(statistical mechanics)と力学系(dynamical systems)の視点が有効です.