Diverse yet Universal Strengths ©
仮に，一般的な過程で博士後期課程を出て巣立つとしても，還暦までに30年以上あります．定年も延長傾向にあります．数10年もあれば，どこの業界も情勢や景気は必ず変わります．これに対して多くの人が，いわゆる生活の「安定」をやはり望んでいると思います．では，ヘリコプターの有能な操縦士が，上空で位置を「安定」して維持できることについて，飛行中に気象条件を細かく誰かに要求しているでしょうか？結果的な安定を手に入れるためには，自分の能力を磨くことが欠かせません．それは，日頃の真摯な姿勢を基にして，必要な時に仲間と助け合える素地も含みます．学生であるうちに地力を磨いて有能になっておくのが，一番安心で心強いことです．
さて，原子のランダムな運動の運動エネルギーの平均値は，「温度」との対応関係があります．一方，「流速」とは原子の1個1個の運動における速度の平均値です．では，原子1個がある瞬間に持っている速度の値だけに注目し，他に何の情報も無い時，この原子1個の温度と流速を知ることはできるでしょうか？これは暗喩です．社会と自分との関係を考えずに「自分探し」をすると，答えは得られないでしょう．学生にとっての研究活動は，決して個人的趣味のような勉強ではなくて，社会の中で科学技術を担う重要な現場での取り組みを通じた実践トレーニングでもあります．それにふさわしい活動をすれば，社会の変化に対して応用の仕方を変えられるような，汎用性があり抽象化された形で自分の強みを認識できるようになります．
個性を支えるのは，普遍的な地力です．時代につれて色褪せず，使っても消えず，常に自他を助ける財産となる地力を培う上で，20代はまたとない期間です．例えば，一般的なコンピュータで例えると，ハードディスクでなくメモリの容量に相当する地力を，体力があり疲労回復の速い20代のうちに培っておくことは，その後の人生を左右します．もちろん，無闇に徹夜することはsustainableではありませんし，生産性自体が低下してしまうので長期的には本末転倒です．したがって，創造性を発揮するためには，ある程度の規則正しい生活が必要です．また同時に，内容が何であれ，初心者は継続的に量をこなして質を獲得してゆくという基本原理に，例外はありません．
個別具体的な特定の知識や技術は，時代を経て陳腐化することがあります．これに対して，新たな技術を生み出す「創造性」は陳腐化しません．また，技術を生み出す際に根源的な道具となる物理現象の法則性は，社会の変化から何の影響も受けません．当研究室では，基礎となる法則性それ自体を追究しながら，それを活かして実現する技術を開発しています．人材育成の視点からは，研究室での実践を通じて，特定の技術が陳腐化する頃には新しい別の技術を生み出せるような地力を培ってもらいます．特定の業界に進路が絞られず，研究室で研究に没頭するうちに浮き彫りになる強みの個性に基づいて，自律的に進路を選ぶ形です．