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研究最先端

№3. 多様なペプチド医薬品候補物質を効率的につくり出すために


大学院連合農学研究科
千葉一裕 教授


研究の概要

  千葉先生は、化学物質をつくるために必要となる新しい化学反応を見つけ出し、その反応機構や化学反応に伴う電子移動プロセスを解明するなど非常に基礎的な研究から、産業界と連携した医薬品、化粧品候補物質の開発、製造、合成装置の製作など応用面に至るまで、幅広い領域で活躍されています。先生の進められる研究は多岐にわたりますが、様々な化学物質の反応・合成をとても簡単な操作で実施する方法を開発され、従来技術で得ることは殆ど不可能と言われていたような物質でも、この新たな合成法によって迅速に手に入れることができるものがあるそうです。
  1) Chiba, K.; Miura, T.; Kim, S.; Kitano, Y.; Tada, M. J. Am. Chem. Soc., 2001, 123, 11314.
  2) Miura, T.; Kim, S.; Kitano, Y.; Tada, M.; Chiba, K. Angew. Chem. Int. Ed., 2006, 45, 1461.
  3) Okada, Y; Akaba, R; Chiba, K. Org. Lett., 2009, 11, 1033.

プロフィール

  千葉先生は1983年に本学大学院農学研究科農芸化学専攻を修了された後、企業の研究所に7年間勤務され、その後再び本学の教員として戻られ現在に至っております。
  この間、医薬品などに関連した生物活性物質の化学合成に関する研究を続け、1999年から2000年にかけては、アメリカ合衆国ミズーリー州セントルイスのワシントン大学理学部化学科のK. D. Moeller教授のもとで有機電解合成反応とペプチド合成に関する研究をされました。

1.研究の「セールスポイント」を挙げるとしたら、どんなことですか?

  複雑な化学反応操作や多くの作業工程を必要とする、「高度に化学修飾されたペプチド分子」の化学合成をシンプルな操作で実現できることです。多くの人が手にいれたいと思っていながら入手することが困難であった物質、そのなかでも作り上げるためには数十工程に及ぶ大変な作業が必要な分子を、この技術によって高い純度、高い成功率でつくり出すことができます。それを可能にした一つの要因が、液体に溶けている多種類の分子の中から、必要なものだけをすぐに取り出すこと、つまり、要るものと要らないものをすぐに分ける(分離する)技術です。例えば、水に砂糖と塩を混ぜて溶かすことは誰でもできますが、水に溶けた砂糖と塩を分けることは、かなり大変です。分かりやすく言えば、このようなことを実現するための新しい方法について研究しています。その方法の一つとして、温度を変化させることで二種類の液体が分離する現象の解明や、均一に溶解していた物質を選択的に析出させたり、磁石で集める方法などについて新たな挑戦を続けています。

    上図 わずかな温度変化で,均一に溶けていた物質を分離することができる溶液.
        均一状態で化学反応を完結させた後, 必要な生成物を混合物の中から分離することができる.

  a)ペプチド分子が微粒子(シリカゲル)表面に集合するように加工することによって, 反応終了毎に
    微粒子表面に捕集したいペプチドを選択的に集めることができる(ペプチド分子が青い蛍光を発
    するように化学修飾をしている).
  b)可視化したペプチドが結合していない状態の微粒子.

  4) Chiba, K.; Kono, Y.; Kim, S.; Nishimoto, K.; Kitano, Y.; Tada, M. Chem. Comm., 2002, 1766.
  5) Kim, S.; Tsuruyama, A.; Ohmori A.; Chiba, K. Chem. Comm., 2008, 1816.
  6) Iijima, M.; Mikami, Y.; Yoshioka, T.; Kim, S.; Kamiya, H.; Chiba, K. Langmuir, 2009, 25, 11043.

2.なぜペプチド合成法に関する研究が必要なのですか?

  人はこれからも癌や感染症など様々な病気と闘うために、常に新しい薬を手に入れる必要があると思います。
  しかしご存知のように、一つの医薬品を開発するためには長い年月と膨大な研究開発費が必要になります。この問題は、医療費の高騰など社会的な負担の増大に止まらず、新たな疾病や感染症の発生、拡大など大きな社会不安を与え続けます。
  その対策の一つは、できるだけ簡単に、医薬品の候補となる多様な有用物質(医薬品候補物質)を必要量手に入れることなのです。「簡単に」と一言で言っても、そのためには多くの条件が必要となります。たとえば、工程を終了するまでのスピードが速い、高純度品が得られる、作業にあたる人手が少なくて済む、作業者の訓練があまり必要ない、薬品や溶剤を無駄にしない、失敗が少ない、安全である、消費するエネルギーが少ない、特殊な設備を必要としないなどです。本当に優れた化学反応・合成手法とは、このような条件すべてをクリアするものでなければなりません。逆に、このようなことが実現すれば、多くの人を救う新しい薬により近づくことになると思います。
  高度に修飾されたペプチドは、有用な医薬品となる「鍵となる物質」の一つです。この「鍵となる物質」を、しっかり作り上げることができれば、もっともっと有効性の高い未来の医薬品につながるということが、世界中で認められ始めています。

3. どのようにして、この新たな合成法を発見されたのでしょうか?

  多くの化学者は、より効率的に目的とするものを作り出そうと日々努力をし、その積み重ねによって新たな学問体系が構築されます。そのような取り組みの中で、ふとしたきっかけで、新しい現象を発見したり、その応用法に気づいたりするものです。研究者によって常に新しい方法が生み出され、社会もその恩恵を受けています。
  そのような日々の取り組みの中で私が着目したのは、「逆ミセル」という分子の集合体です。ある溶液中で反応する物質が逆ミセルという集合体を形成すると、反応するものどうしがナノサイズの空間に閉じ込められることによって非常に近接し、迅速に反応が完結することに加え、反応終了後の精製操作が非常に簡単に行えることがわかりました。これは医薬品候補となるペプチド合成などにとって特に重要な結果をもたらしました。有効な活性を示すペプチドを合成するためには、通常10段階から50段階以上の化学反応を繰り返し行う必要があります。この繰り返し操作を著しく簡単に実施することができるようになったため、これまでにはできなかった様々な反応システムを構築することができるようになったわけです。
  思いもよらぬ現象の発見によって、新しい世界が広がるのは、研究者として本当に嬉しく楽しい瞬間です。

上図 逆ミセル構造を形成したペプチド分子集合体の概念図: 緑色で示すわずか数ナノメートルの空間に,
    化学反応に必要となる試薬, 溶媒, アミノ酸, ペプチド分子などが集合し, 効率よく反応が進行する. 
    反応が終了した後には, 不要な物質を逆ミセル内から簡単に取り除くことができる.

4. 実社会でこの研究成果が活用されるまでの道のりは?

英国大学発ベンチャー企業(医薬品開発)との協議: メールや電話会議を繰り返した後、イギリスまで出向き経営トップと直接面会. 技術紹介の他, ビジネスモデルの提案, 知的財産戦略, 費用の交渉などを行う.

  実社会で新たな研究成果の有用性が認められ、実際に継続的に活用され世の中の役に立つことが「イノベーション」です。近い将来世の中が必要とすることを予期しながら、その未来のニーズに応える「新しい価値」を生み出し、それが実際に受け入れられ活用されるまで何度も繰り返し提案し、不十分な点は改良し、また提案する。実はこのプロセスは本当に大変な過程なのです。
  「新しい価値」とは、それを提案した時点では殆どの人には理解されません。しかし、時として最高のパートナーとなる人たちに出会い、目標や価値観を共有できることがあります。自分の研究の特長が理解され、一緒に実用化へ向けた努力が始まります。私はこのようなチャンスを広げるため、自分たちの研究成果を学会だけではなく、国内外の多くの企業や研究関連機関の方々とも話し合い、情報や目標を共有しています。
  5年前に自らベンチャー企業も設立し、その会社を通じて欧米の大学の研究室や大学病院、研究所、企業等にも密接にコンタクトをとっています。一番嬉しいことは、「それは私もやりたかったことだ」、「そんなことができるのなら、ぜひ手に入れたかった物質をつくってくれないか?」という話をもらったときです。このような関係性の構築は、すでに世界中で、いろいろな国々で同時に進行しています。このような地道なプロセスを経てこそ、社会で活用される道が開けてくるのではないかと考えています。

5.研究を進めていく上で必要と思われること、学生や若い研究者に伝えたいことは何でしょうか?

  社会と接しながら基礎研究、応用研究を進める過程で、私自身も学ぶことが多く、またそれを学生に伝えて行きたいと思っています。
  先ほど述べましたようにイノベーション実現のプロセスは、非常に険しい道のりがあります。これを乗り越えるためには、研究そのものだけではなく、自発的に取り組む姿勢や熱意、組織を超えて新しい仕事をつくり、進めるチャレンジ精神、人々を惹きつる力や交渉力など、いわゆる科学技術の力以外のものが必要になります。学生には科学の面白さ、大切さを知ると同時に、実社会で活躍するために必要な、このような力をしっかりつけて欲しいと思っています。これが、研究を通じて学生を教育し、世の中に貢献する大学の重要な役割だと思っています。イノベーションの道のりは大変でも、そこに果敢にチャレンジする学生や研究者はますます輝いて行くものだと信じています。
  最後に、この研究活動を支えていただいている文部科学省、経済産業省、科学技術振興機構(JST)、新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)、共同研究企業、大学関係者、ならびに学生の皆様に心より感謝いたします。

平成22年4月掲載 インタビュワー◆サイくん