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研究最先端

№2. 昆虫産業廃棄物の再利用


カイコの油でトラクターは動く!食材もできる!肥料も作れる!醤油もできる!ペット(伴侶動物)の餌もできる!

共生科学技術研究院
生命農学部門 普後 一 教授


研究の「立ち位置」と「夢」

  本学の建学の経緯をみますと、「近代日本の礎を築いた産業」と深く関連があることがわかります。本学の沿革やホームページの「近代日本の礎を築いた産業と東京農工大学:デジタルアーカイブス:普後監修」をご覧いただければ、本学の前身である「東京高等蚕糸学校」や「東京高等農林学校」は、養蚕業や製糸業と深くかかわっていたことが理解されるでしょう。

  最近の私の研究は、昆虫産業廃棄物-製糸業で廃棄される蛹-の再利用です。表題にも記載しましたが、カイコの油でトラクターが動く!食材もできる!肥料も作れる!醤油もできる!ペット(伴侶動物)の餌もできる!といったことを研究しています。「何? 国民の税金を使って、カイコの油でトラクターを運転させているだと!」と怒られそうですが、大真面目で研究をしています。
  本学は、農学と工学の2本柱が基本の大学であり、農学と工学の融合の典型的な形態が、養蚕に関する学問領域と製糸に関する学問領域との結合・融合そして研究交流であったと認識しています。現在の花形産業であるトヨタ自動車株式会社が、繊維機械を生産していたことは有名ですが、製糸という極めて繊細で且つ精緻な工学技術を必要とされる産業は日本では衰退しているようで、養蚕業に至っては、壊滅状態であることは周知の事実です。
 
  私は、養蚕業(昆虫産業)を復興あるいは新規開拓させたい「夢」を持っています。養蚕は「繭」生産ですが、新規昆虫産業として「養蛹(ようよう)」を世界的に広めたいと考えています。現在は、製糸業現場で廃棄される「蛹(さなぎ)」の再利用ですが、将来的には、循環型社会における新規昆虫産業の創出を目指しています。
  本学は、「循環型産業の構築や持続可能な農業発展のために教育研究を行う」という使命を掲げています。そのために、「物を大切にする」「近未来に畜産動物と人類との間で穀物の奪い合いが起こる」「未知昆虫資源や生理活性物質に対する人類の探索は始まったばかりである」「宇宙旅行での動物性タンパク質の確保は昆虫で!」等の掛け声の下、社会全体として昆虫や昆虫生命科学への理解を深めたいと考えています。

プロフィール

  私は、昭和51年3月北海道大学大学院農学研究科博士課程を修了し、農学博士を授与されたのち、日本学術振興会奨励研究員、東京農工大学農学部助手を経て、平成9年8月東京農工大学・農学部・教授、平成16年4月国立大学法人東京農工大学大学院・共生科学技術研究部・教授となり、現在に至っています。
  この間の研究は、カイコガ脱皮・変態に及ぼすステロイドホルモンの作用機構に関する研究、カイコガ羽化ホルモンの精製と作用機構に関する研究、昆虫行動をモデルとした理科実験プログラムの開発(継続中)昆虫産業廃棄物の有効利用に関する研究(継続中)、アメリカミズアブを用いた生ごみ処理システムの開発研究(継続中)等を行ってきました。特に理科教育の研究課題は最近力を入れている研究課題でもあります。

ホームページは (http://www.viva-insecta.com/)です。理科教育関係、昆虫関係、科学研究費補助金関係等のページがありますので、楽しんでいただけると幸いです。

全体的な研究概要を教えてください

  下の図は研究の概念図です。製糸工場で絹糸を取った後に、蛹がでてきます。この蛹を有効に利活用しようというコンセプトです。図は醤油を強調していますが、家禽の飼料、ペットフード、醤油、肥料、バイオ燃料等、それぞれの研究は同じ位置づけです。
  製糸工場で繭は温水に浸けられ、糸を取った後の蛹は、一部魚の餌や肥料に利用されていますが、多くは廃棄物として処理されます。
  第二次世界大戦前には、製糸工場で働く女工さんは、糸繰りの途中で、蛹を口に入れたと聞いていますが、現在はそうしたことはないでしょう。
  カイコ蛹3個が鶏卵1個に相当する栄養価があるといわれていますし、カイコガの油状成分は1945年前後、物資の不足していた時代では、天麩羅油や石鹸の原材料として利用されていた記録も残っています。長野県では「鯉の餌」として利用されていました。私の研究室では栄養学的な検討も行っていますが、畜産動物と比較しても、昆虫(カイコガ蛹)は、同等の栄養物質(脂質、糖質、蛋白質、ビタミン類、ミネラル等)を持っています。完全変態する昆虫は、蛹の時期は摂食しませんので、幼虫時代に「せっせ」と餌を食べ、蛹の脂肪体(ヒトの肝臓に相当する)に栄養物質を蓄積します。蛹は、非常に栄養価に富んだ有望な資源といえるでしょう。ですから、この蛹の多目的利用の研究を開始したのです。

1.カイコの油でトラクターは動きますか?

動きます! 排気ガスに問題はありませんし、燃費も大丈夫です。昆虫の油をディーゼル燃料に転換できたという研究結果は、世界で最初でしょう。 
  現在使われているバイオディーゼル燃料は、廃食油の再利用、もしくはヒマワリなどの植物油を利用しています。廃食油は各家庭から排出されますので、エネルギーが分散しており、収集が非常に困難です。収集時にコストがかかることからも大規模には展開できませんので、自治体等で細々と展開しているのが現状です。また、植物油のディーゼル燃料化については、植物を栽培するための広大な土地が必要ですし、場所も限定されてしまうこともあります。これらの問題を解決する手立てが、大量の油状成分採取が期待できる昆虫であると考えています。
  昆虫は基本的に、我々が利用できない資源(植物や動物)を餌として生育し、タンパク質、脂質、糖類を作っており、有用な生物資源です。昆虫は植物などに比べ成長が早く、生活環は短く、繁殖力は強く、高密度に飼育することが可能です。特に「カイコ」は飼育技術が確立されており、人工飼育も可能です。更に、蛹に含まれる油状成分は25%程度と多く含まれていますので、循環型社会形成における次世代のバイオディーゼル燃料としての可能性を秘めていると思います。先に記載したように、カイコの油状成分は1945年前後、日本においては天麩羅油や石鹸の原材料として利用されていた記録が残っているので、ディーゼル燃料として利用できる可能性は高いと考えました。しかし昆虫はタンパク質を多く含むため、単純に圧搾による油状成分の採取では油状成分の中にタンパク質が混入し、直接バイオディーゼル燃料として用いた場合、排気ガス中にNOx、Sox等の有害成分が排出される可能性が高いと予想されました。従って、昆虫由来の油状成分を燃料として普及させるに際しての問題点を解決し、次世代バイオディーゼル燃料としての開発を行いたいと考えてきました。
  蛹油脂は「マルキユ-株式会社(魚の餌専門企業)」から提供を受けました。研究資金は最先端科学の株式会社リバネスの援助を受け、中古のトラクターを購入し、稼動試験に用いました。

  ディーゼル燃料作成方法はいたって簡単でした。まず、廃棄された蛹を収集し、蒸気処理を行い、その後圧搾処理をして水分と油状成分とに分離したものを「マルキユ-株式会社」から提供してもらいました。その油脂に水酸化ナトリウムとメタノールとを加える数工程を経て、ディーゼル燃料を作りました。比較実験のため、廃棄される「米油」を大学生協から提供していただき、同様の方法で燃料を作りました。なお、米廃油と蛹油では反応処理温度に相違がありましたが、いずれの場合でも 1リットルの油から、700~800ミリリットルの燃料ができました。
  軽油、米油、蛹油それぞれについて稼動実験を行った結果、米油でも蛹油でもトラクターは快調に稼動し、排気ガス測定でも通常使用に問題はないとの結果をえました。走行試験に関して、1リットル当たりの走行距離や燃費には問題はありませんが、蛹油自体が非常に高価であるため、低廉価格化のための検討が必要です。

  動植物からの燃料採取の開発に関していえば、燃料生産は非常に単価が低く、大規模に展開しないと事業として成り立つことは困難です。従って、油状成分採取と同時に、残渣中の昆虫由来成分を有効に利活用できる試験にも着手し、昆虫原材料の多目的利用を計画しています。具体的には、伴侶動物の生活習慣病や代謝抑制作用のある生理活性物質の探索等が考えられ、そのための基礎研究も行っています。

2.蛹から醤油ができるのですか?

大豆醤油(左)と蛹粉末由来醤油(右)

  できます! 魚醤をご存じでしょう。これは魚を原材料としていますが、昆虫から醤油を作ったのは世界でも我々の研究室が最初でしょう。
  醤油の作成方法は、蛹粉末、水、オオムギ麹、食塩を加え、約1カ月毎日撹拌処理を行い、醤油らしき物を作りました(下図:「おりさげ」後の写真)。ブラインドテストでは、酸化した脂肪酸に由来する蛹独特の「臭み」もなく、うまみ成分のグルタミン酸は大豆由来の醤油(自家製)と比べると若干低かった(下表)ですが、概ね好評でした。

3.蛹粉末で食材も作れる、肥料にもなる、本当ですか?

できますよ! ボンバーグ、乾パン、カレー、ふりかけなどを開発しています。試行錯誤しながら、レシピを色々検討しています。コマツナの生育試験では、有意な差が認められました。

(1)蛹粉末入り「ボンバーグ」の作成:蛹粉末を使って、ハンバーグを作成しました(ボンバーグと命名しました:ハンバーグとカイコの学名ボンビックスとの合成語で、ネーミングが大切と思っています)。 
初期の試作段階では、焼くことによって多くの人は市販冷凍ハンバーグと見分けがつきませんでした。しかし、試食のブラインドテストでは大変不評(臭い、舌触り、感触、歯触り等)でした。そこで、改良に改良を加え、現在は美味い「ボンバーグ(30%入り)」の作成に成功しています。

(2)その他食材の開発:蛹粉末入り「乾パン」・「ふりかけ:蛹粉末+茶ガラ+醤油」・「ロールキャベツ(蛹粉末にミンチを加えて作成)」等を試作しまして、多くの方々から受け入れられています。

(3)蛹粉末の肥料化:蛹粉末や発酵蛹粉末を肥料とすることで、コマツナの生育が改善されました(化成肥料との間で有意差が認められました)。廃棄されるカイコ蛹は昔から肥料として利用されてきていましたが、醤油やディーゼル燃料生産後の残渣が利用できると思います。

4.ペットフードの原材料にも挑戦されていますが、どうですか?

ネコに蛹粉末入りペットフードを食べさせてみました。感触は良いです! 海産物や畜産動物の肉類を蛹粉末で代替できると思っています。
  蛹粉末入りペットフードの開発:ネコに蛹粉末単独飼料(100%)を与えたところ、最初は匂いを嗅いでいましたが、「そっぽ」を向いてしまいました。市販ペットフードに50%、25%添加しますといずれも完食しました。ネコの嗜好はよくわかりませんが、蛹独特の「匂い」には敏感なようです。しかし、海産物や畜産動物の肉類の低減化(節約)は可能です。

5.食材やペットフード作成時の注意について教えてください。

  蛹粉末を人の食材にする場合は、注意が必要です。蛹粉末を作っている所(マルキユ-株式会社)は、魚の餌会社です。人が食する食品を作る会社ではありません。蛹粉末を食材にするには、食品衛生法上の問題がありますので、衛生管理の整ったところで用意した蛹粉末が必要です。
  私の研究室では、食材やペットフードを作るにあたり、幾つかの分析試験を行っています。第一に、蛹粉末には「農薬類」は一切検出されませんでした。養蚕の現場では、農薬は使用しません(カイコは農薬類に非常に敏感です)ので、農薬類は検出されなかったと考えています。市販のペットフードには合成酸化防止剤がかなり含まれています。一方、天然抗酸化物質であるトコフェロールは蛹油に多量に含まれていました。ペット(伴侶動物)の餌にする場合、栄養学的にも蛹粉末は良いと思います(動物は昆虫が大好きです)。また、蛹油の中の脂肪酸組成を分析した結果、抗癌作用のあるリノレン酸が豊富にあることが判明しました。このことも伴侶動物の食材(餌)としての利用を高める要因になると考えています。

  これら一連の実験結果で、「蛹を有効に利活用できる」ことが判明しましたが、「なぜ今蛹なの?」との疑問がでてくるでしょう。昆虫は基本的に、我々が利用できない資源(植物や動物)を餌として生育し、タンパク質、脂質、糖類を作っており、有用な資源といえることが第一です。「物を大切にする」「近未来に畜産動物と人類との間で穀物の奪い合いが起こる」「未知昆虫資源や生理活性物質に対する人類の探索は始まったばかりだ!」「宇宙旅行中での動物性タンパク質の確保は昆虫で!」等の掛け声の下、社会全体として昆虫や昆虫生命科学への理解を深めていきたいと考えています。

理科教育に関しての研究もなさっているとお聞きましたが、この研究と昆虫との接点は何ですか?

  私はここ数年、「昆虫行動をモデルとした理科実験プログラムの開発」研究に取り組んでいます。その成果を平成21年3月にDVDの形にして、広く一般に無料配布しています。
  DVD作成の目的は、初等・中等・高等教育期間で、児童・生徒諸君の中に科学的論理思考体系を醸成させることです。理科系教育方法の改善を教育現場に導入する際、具体的な教材として「生活に密着した話題」から科学的問題意識を高めるほうが良いと考えています。身近なハエ、セミ、トンボ、バッタ、ゴキブリ、カイコ等、昆虫の生活環を理解し、ヒトと昆虫の形態学的相違、病気(免疫)、機械との相違、生物をモデルとした機械器具の発達・進歩・開発、食と生活、農業と人間生活、遺伝と遺伝子との関係、ロボット開発技術、宇宙空間での食料問題、生体内物質の同一性、生息環境破壊問題などを、物理学、数学、生物学、化学、経済、歴史、文学、哲学などの観点から、総合的に考察できるようにコンテンツを企画しました。
  児童・生徒は「理科」が嫌いなのではないと思っています。「理科」は好きだけど、教科書は読むのも「嫌い」という児童・生徒が多くいます。TVやWebを利用することも一つの手段です。科学番組の特集や自然紹介番組に関する特集を、理科の授業の中にどんどん取り入れることが必要でしょう。教科書は平面的で確かに面白くないですが、アニメーション、実写動画や音声解説は平面を立体化させ、彼らの興味をより深めていくツールとなります。
  「考えさせる時間を持たせる余裕」が、日本社会には必要です。教育には時間をかける必要があります。児童・生徒に即答を望むのではなく、彼らの答えや考えを「待つ時間と余裕」を社会全体や教育現場では大切にすべきであると思います。「個性豊かな、ゆとりある教育」とは「多様な物の考え方をし、自信を持って意見を発信できる人間の存在」を認めることでしょう。DVDは昆虫をテーマにしたものですが、人間の倫理や宗教、思考体系や技術開発、生活や環境の問題、生産活動と未来への希望など、我々を取り巻くあらゆる状況を、自身で的確に判断し、反応し、対処できるように、彼ら自身が気付いていくことを意図して作成しました。「ゆとりの教育」を「自信の教育」に変えなくてはいけないと考えています。「自信」を持つことで「ゆとり」ができ、「欲」がで、「知的好奇心」が芽生え、「探究心」が醸成されてくると考えています。生活に密着した問題から自然に科学的思考体系を自分で学んでいく。小学、中学、高校段階は「雑学知識」を吸収する時期であると考えています。「遊び感覚」から多くの事象を理解し、物事を考えるときの「ヒント」を醸成する努力が必要です。多くの雑学を自分自身で蓄積していくことは非常に大切なことです。しかし、雑学知識を集積し、それらを統合し、論理的に説明する「知恵」が大切で、物事の事象を色々な観点から見つめていくことを学び、訓練する必要があります。

  私の研究室では、大真面目で「昆虫の利活用」を研究しています。学生諸君は嬉々として研究に没頭しています。面白く感じてくれることが、教員の至福の時です。



平成22年2月掲載 インタビュワー◆サイくん