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ポリスチレンについて(続編) 

  2018年の7月に好きなポリマーNo1としてHPで紹介したポリスチレンだが、2年経って「新しい生活様式」になっても気持ちはそう簡単には揺るがない(当たり前か・・)。というわけで今回は第2弾ということで、前回端折った歴史的な話にちょっと触れ、昔私が行った実験について少し紹介したいと思う。

 「ポリスチレン」に関しての最初の報告は、1839年のエドワード・シモン(Edward Simon 1789-1856 独)による「蘇合香(そごうこう)の固化」といわれている。蘇合香とは、エゴノキ科のStyrax officinal(セイヨウエゴノキ)から得られる樹脂のことである(16世紀ころまでは香料や薬として利用されていたが、その後、マンサク科の植物 Liquidambar orientalis(レバントストラックス) から得られる安価な流動蘇合香に置き換わったとされる)。その水蒸気蒸留(水蒸気で抽出)で得られる精油はスチレン(30%程度)、α-ピネン、β-カリオフィレン、その他、ケイ皮酸やそのエステル、シンナミルアルコール、3-フェニル-1-プロパノール、バニリン、ベンジルアルコール、エタノールなどを含有する。

         
       蘇合香の精油に含まれる成分

   シモンは蒸留によりスチレンを得て、元素分析からC8H8であることを知り、さらに加熱によりそれが固まるという現象を見出した。当時の有機化学(リービッヒ冷却管で有名なProf. Justus Freiherr von Liebigが活躍した時代)では、生成物を単離して結晶をゲットすることが王道であり「着色した樹脂状生成物が得られたのみでこの反応は失敗に終った」と書くことが失敗の代名詞になっていたようで、このゲテ物(失敗)に焦点を当てたシモンさんが、現在の高分子科学の歴史が切り拓いたといっても大げさではない。
  高分子の正体を表現するためのサイエンスの確立(1920年ごろ、ドイツのStaudinger)の前に、生活に根ざしていた高分子技術としてよく引き合いに出される天然ゴムの加硫及び弾性ゴムの製造方法が米国のグッドイヤー(Charles Goodyear)によって特許化されたのが1844年、濃硝酸による天然セルロースの硝酸エステル化によるニトロセルロースがフランスのブラコノー(Henri Braconnot)により見出されたのが1832年で、同じくフランスのシャルドンネ伯爵(Louis Marie Hilaire Bernigaud de Chardonnet)が「ニトロセルロースのエーテル/アルコール混合液を水で凝固し、延伸して人造繊維を作る」という方法でフランス特許を取得した。この人工シルク(世界初の人工繊維)を製造する方法を権利化したのが1885年である。それらと比しても「ポリスチレン」の歴史は相当古いと考えてよい。ちなみに我が国では米国船のモリソン号を外国船打払令により撃退したり(1837年)、ペリー提督が浦賀(1953年)に来航していた時代である。

       
 シャルドンネ人絹@農工大科学博物館

 2000年に研究室を主宰させていただくことになったとき、「創ったものには責任をとる」を研究室のポリシーとして掲げたが、「合成、構造解析、展開」という流れは、1986年に佐藤壽彌先生の御指導の下で始めた液体クロマトグラフィーの充填剤に関する研究に端を発している(新規充填剤の合成→NMRによる膨潤状態での解析→高分子の吸着HPLCへの応用)。

 

 

 1995年にスチレンベースの充填剤[分散重合とシード重合を組み合わせることで均一粒径スチレンージビニルベンゼン共重合体ビーズの合成(業績リスト10]についての論文を書くにあたり、若気の至りだがちょっとだけ思い描いたことがある。

「これで起業ができるかもしれない・・」

そう考えたポイントは下記の通りである。

・私たちの方法で合成したビーズは、ゲル浸透クロマトグラフィー(GPC)の充填剤として市販品と同等または同等以上の特性を示す(当時)
GPCは高分子を扱っている研究者・技術者にとって不可欠な測定機器であり、その充填剤は消耗品である
・大きな設備が必要なく、少人数で対応が可能
・原価の割りに、売価が高いところで推移している(と思った)
・自分の将来が不透明

  最後論文を纏める前に、集中して実験をやっていたときのことを思い出すと、1日に1種類のペースでゲルビーズを合成しカラムに充填することで、各プロセスに係るノウハウを獲得し、実験の再現性は高まっていった。たとえ一人で商売をすることを想定しても、半分の労力をカラムの作製と再生に当て、半分を営業等の業務に当てれば・・売り上げが、このくらいで儲けがこれくらい・・などと算盤を弾いていたわけだ。
 結局、起業はせず(できず)現在に至っているわけではあるが、毎年新しく研究室に入ってきた4年生に、一連の作業をしてもらい、研究室で利用するゲル及びカラムを作ってもらうのが年中行事となり、そのノウハウは私の研究室の学生諸氏に引き継がれている(今年はやってないが・・)。

 最後にココに関わるサイエンス(謎)を。
 スチレンとジビニルベンゼンの共重合体ビーズの細孔径は重合時共存させる希釈剤の量と種類に依存する。下の表のポリスチレンに対しての良溶媒(ポリスチレンが溶ける溶媒)を希釈剤として用いると、細孔径は小さく均一になり、貧溶媒(ポリスチレンを溶かさない溶媒)を用いると、細孔径は大きく不均一となる。興味深いのは、モノマー混合物に線状ポリスチレンを少量(例えば2%程度)存在させておくと、細孔径が劇的に増大する。

    

  シード重合においてもシードとなるポリスチレンが溶解したモノマー混合物で重合が行われるわけで、実際にシードするモノマー量が少ない(ポリマー濃度が高い)と細孔径は大きくなり、モノマー量が増えると細孔径は減少する。高々5%程度ポリスチレンが存在していることで、細孔径が変化するということは、とても不思議な現象である。1950年代、イオン交換樹脂の製造過程でマクロポーラスな樹脂を作製するために旭化成によって見出されたもので、新しい発見ではない。ただ、現象論というか細孔径が形成されるメカニズムは、未だによく理解できていない。重合中に高分子鎖の粗密が生まれているはずだが、一体、重合の進行時に何が起こっているのだろうか?どのような手段を使えば、それがわかるのだろうか?

  

 

おまけ(コロナ太りを反省して・・)

問)5人の人が、2人ずつの異なる組み合わせを10組作り、それぞれの組の体重を測った。その結果を軽いほうから順次並べると、110 kg, 112 kg, 113 kg, 114 kg, 115 kg, 116 kg, 117 kg, 118 kg, 120 kg, 121 kgであった。この5人のうちの体重を示したものは次のうちどれか?

     1. 63 kg  2. 61 kg  3. 59 kg  4. 57 kg  5. 55 kg

 

 

 

 

解答
 10組の数が全部違うので同じ体重の人はいないことがわかる。5人の体重をA, B, C, D, Eとし、A<B<C<D<Eと仮定する。10組の合計の数値には各人の体重が4回ずつ使用されている。

したがって

   4x(A+B+C+D+E)=110+112+113+114+115+116+117+118+120+121=1156

  ∴A+B+C+D+E=289

 明らかに

  A+B=110

  D+E=121

は言えるので、ただちにC=289-110-121=58 (kg)が求まる。
A+C=112なのでA=54 (kg)が、A+B=110よりB=56 (kg)がそれぞれ求まる。
B+C=114
≠113であるから、A+D=113と推定できる。したがって、D=59 (kg), E=62 (kg)となる。(答)59 kg

 (2020.8.10))