月光仮面『ファラオの呪い』の巻

吉本 猛 

 どこのだれだか知らないけれど、
 だれもが皆知っている。
 月光仮面のおじさんは、
 正義の味方よ、良い人よ。
 疾風のように現れて
 疾風のように去って行く。
 月光仮面はだれでしょう、
 月光仮面はだれでしょう。
 ここは祝十郎探偵事務所です。今、助手の幸子さんが祝十郎先生とお話をしていました。
「先生、御退院おめでとうございます。」
「ありがとう、幸子さん。君たちにも随分と心配をかけてしまったが、もうこのとおり大丈夫だよ。」
 タンタンタンタン、タタンタタンタンタン
祝先生はタップダンスをたっぷりとして見せました。「先生、月光仮面の活躍は本当に素晴らしいですね。テレビや新聞でも大評判ですよ。それにしても、月光仮面っていったい誰なのかしら。」
と、ここまで言って、幸子さんはふと思い出したように、
「ところで、わたし、先生に一つお訊きしたいことがあるんですが…。」
幸子さんの手の中で月光仮面グッズの黒めがねがキラッと光りました。
「えっ、そっ、それはいったい何のことだい。」
祝探偵の顔に心なしか困った様子が見えます。するとその時のことです。
「こんにちわ、今学校が終りました!」
と祝探偵のもう一人の助手、小林君の元気な声がしました。
 さて皆さん、小林君が今日はどんな事件を祝先生のところへ持ってきたのか分りますか。それはあのね、小林君が学校で新聞部の部長をしていることと関係があるのです。
部の仲間が、何か新聞に載せる記事がないかと探している時に妙な話を聞き込んだのです。
 奇怪な事件というのはこうです。小林君の高校では、とても頭の良い生徒たちにとってもむつかしい教科書や問題集を使って勉強していますが、最近あるクラスでそのむつかしい問題の答えが、先生に授業で教わる前に、壁新聞にして貼り出されていたことがあるというのです。その壁新聞には、難問の中でも難問の答えが要領よく短く書いてありました。これを発見した生徒たちは大喜びで、
「これは大助かりだ。平成のねずみ小僧様に違いない。」
と感激しましたが、先生たちは渋い顔で壁新聞を取り外し、
「自分の力で解答しないと実力がつかないぞ。」
と生徒たちに注意したというのです。
 小林君はその壁新聞を先生に見せてもらいました。でも、文字がワープロで打ってあるので誰の書いたものか分りません。その後、仲間の生徒たちと壁新聞のことを話題にしながらそれとなく彼らの様子を観察してきた小林君には心当りが出てきたのです。
 小林君の疑っている人は、同級生の黒井魔由美さんでした。魔由美さんは美人で頭の切れる人で、人並み外れてもの知りですが、どこか謎めいたところのある人でした。確かな証拠もないのに、学校の先生に告げ口したくありません。そこで小林君は祝先生に相談することにしたのです。
 小林君の話を聞いた祝探偵は、
「どうもその魔由美さんが犯人のようだね。でも、はっきりしたことが掴めるまでは、幸子さんと二人で魔由美さんから目を離さないのがよいだろう。」
と忠告しました。
 祝探偵は、じっと目を暝って考え込んでいます。きっと黒井魔由美さんのことを考えているのに違いありません。
 ねえ、皆さん、頭の良い生徒の中でも特に頭の良い彼女は、一体何を考え、何を企んでいるのでしょうねえ? 今までのところ、彼女の悪戯は自分の力を見せびらかしたいという子供っぽい気持ちから半分以上出ているようですが、その気持ちが悪い方へ向かわないように望みたいものです。
 さて、ここで、エジプトから日本へ向かう荷物船の中を覗いてみましょう。船長さんが悲しそうな困った顔をしています。それもそのはずです、エジプトの港を出て以来、原因不明の急病になる人が絶えず、遂に死ぬ人までも出てきたからです。考えるにつけても、船長さんの頭には、「ファラオの呪い」という言葉が、打ち消しても打ち消しても出てくるのでした。
 皆さん、ファラオというのは昔のエジプトの王様のことで、ピラミッドはそのファラオたちの墓なのです。ピラミッドの中には、昔のエジプトの王様たちがミイラとなって、またいつの日にか生き返るつもりで眠っているのです。そして、生き返った時に生活に困らないように、王様の身の回りの品々も一緒に納められています。それだけでなく、金や宝石などの宝物も一緒に入れられていたので、それを狙う泥棒たちが沢山いました。
 泥棒の侵入を防ぐ一つの方法として、ファラオたちはビラミッドに呪いをかけました。
「ビラミッドの平和を乱す者に祟りあれ!」
でも、大概のピラミッドはこのような呪いの効き目もなく泥棒たちの餌食になり、宝物は奪われ、他の文化的に大切なものもひどく荒されてしまいました。
 そんな中で、船長さんが今運んでいるミイラの発見されたピラミッドは例外でした。ピラミッドが見つかった時、侵入した泥棒のために壊された部分が少しあったのですが、大部分が手つかずで、宝物も何もかもそっくり残っていたのです。流石の泥棒たちも何故か驚いて急に立ち去った跡がありました。そして、宝物の前には、アヌビスという犬の顔をした昔のエジプトの神の石像が恐ろしい形相をして立ちはだかっていたのです。
 今回エジプト政府の許しが得られたので、日本のある博物館で古代エジプト展が開かれることになりました。ファラオのミイラはその主な呼び物の一つです。 船長さんたちは、エジプト政府からファラオのミイラを受け取ると、慎重に注意深く荷造りして、すぐに日本へ向かって出発しました。何も手落ちはなかったはずです。ピラミッドの守り神アヌビスに祈りを捧げないですましてしまった以外は。船長さんは、人が死んだのを見てようやくこのことを後悔し、背すじがぞっと寒くなるのでした。今はもう一刻も早く日本へ帰りたいという思いばかりでした。日本へ帰れば病院もあり、「ファラオの呪い」に詳しい考古学者のえらい先生たちもいるからです。
 丁度その頃、東京銀座のあるデパートで、世界の宝石展が開かれ、大変な人気を呼んでいました。昔イギリスの女王の持ち物だったと言われる大粒のダイヤモンド、石油で大金持ちになったイランの商人が金を注ぎ込んで集めたと言う宝石類もありました。そしてその中に、特に大きいわけでもないが、「知恵の石」と呼ばれて人気の高いルビーがあったのです。このルビーには、古代エジプト三十代のファラオたちがその国の知恵者たちの知恵を全て封じ込めたという伝説があり、それを身につける人は世界一賢い人になれるのだとされていました。
 新聞でこのことを知った黒井魔由美さんは、「知恵の石」があればなあ、と思いました。むつかしい大学の入試問題でも「知恵の石」さえあればもっと楽に解けるでしょう。大学の研究にだって大きな力になるに違いありません。「知恵の石」を見てみたい。こう思い立つと、もう矢も楯もたまらず、魔由美さんは、銀座のデパートへ「知恵の石」を見に出かけました。
 さて、皆さん、「知恵の石」というのは、魔法の石だということは知っていますね? 誰でもその石に魅入られると、欲しくて仕方がなくなり、つい手を出して犯罪を犯す人が何人も出ているくらいなのです。この魔性の赤い石は、ある種の人々には特に強い力で働きかけるようで、不幸なことに魔由美さんもそういう人々の仲間だったのです。
 「知恵の石」の妖しい息吹きを感じた途端、魔由美さんは強い衝撃を受け、何が何だか分らなくなりました。魔由美さんがふらつく足取りでケースに近付き、震える手をルビーの方へと伸ばしたので、小林君と幸子さんは慌てて駆け寄り魔由美さんを掴まえました。真っ青な顔をした魔由美さんは、はっと正気を取り戻し、友達の顔を見て安心したのか、その場で気を失いくず折れました。
 次の日から魔由美さんは学校を休み始めました。そして三、四日後、世界の人々が真っ青になる事件が起きました。何とあのサタンの爪が刑務所の牢屋から脱走してしまったのです! 警視庁の腕きき轟警部の調べによると、サタンの爪が姿を消した日、一人の若い娘がサタンの爪に面会を求めたというのです。
 「どことなく謎めいた女子高生でした。
『君のような若い娘が、サタンの爪に面会するなんて危険すぎる、よしなさい。』
と私が言うと、
『大丈夫、私にはこの大型爪切りがありますもの。』と言って、さっさと牢屋の中へ入って行ったのです。私は仕方なく二人を面会させ、様子を窺っていました。二人は何事か小声で話し合っていましたが、内容は聞き取れませんでした。」
というのが所長さんの言葉でした。
 さて、皆さん、この娘が誰だか見当がつきますか。また、サタンの爪は、どうやって厳重な刑務所を抜け出すことができたのでしょうか。実は、この娘がサタンの爪と話し合っている最中に、短い、二、三分間の停電が起ったのです。どうもこの時に二人は入れ替わったようです。娘に変装したサタンの爪が出て行った後、牢屋に残った娘が騒ぎ出したのでした。娘は、サタンの爪の催眠術にかかっていたというのです。そして、刑務所の所長さんたちが慌てふためいておろおろしているうちに、この女子高校生もどこかへ消えてしまったのです。轟警部は所長さんたちに、サタンの爪の爪を切り忘れないことと、サタンの爪には誰にも一人で面会させてはいけないことをもう一度注意しましたが、もう後の祭りで何の役にも立ちません。
 そうして、エジプトのミイラが博物館へ収められた日の真夜中のことです。一つの小さな黒い影が魂がないもののようによろよろとファラオのミイラに近付いてきてその前に立ちました。その影は手に持っていた小びんの液体をミイラに振り掛けて叫びました。
「プフェレイ、ヘーモイラア、ミイラーン!目覚めよ、ファラオ、エジプト王朝三十代の知恵の扉を開けるために!」
すると、汚れない少女の声で唱えられた呪文の効果でしょうか、何と何とあのミイラの目が開き、身体が動き出したのです。目を覚したファラオはいらいらした様子で辺りを眺め回していましたが、やがて少女の指し示す方向へとゆっくり歩き始めました。少女の髪に飾られたすみれの小さな花が仄かに香り、空には満月が明明と燃えていました。
 次の日、小林君は魔由美さんの様子がおかしいことに気付きました。先生に質問されて答えをどじったり、あてられて黒板に字を書いた時にも英単語の綴りを間違ったりで、全くいつもの魔由美さんらしくありません。見ると、彼女の顔は真っ青で空ろな目をしています。クラスの皆も心配顔です。結局、先生にお願いして、彼女を保健室へ連れて行き休ませることになりました。保健室のベットで魔由美さんが眠り込んだ時、
「呪いより先に石を…。」
と寝言で言ったのを小林君は聞き逃しませんでした。「後で祝先生に報告しなければ…。」
と考えながら小林君は教室の授業に戻りました。
 そして放課後、魔由美さんは死んだように眠りこけています。先生方も心配してお医者さんを呼んで診てもらいましたがよく分りません。やがて、祝探偵が顔を出し、祝探偵を追いかけるように、幸子さんと警視庁の轟警部がやって来たので、学校の保健室がまるで臨時の捜査本部です。皆で気遣わしそうに魔由美さんを見守りながら、博物館からのミイラ脱走事件について話し合いました。
「祝君、あのミイラは、呪いのファラオといって、係わりを持った人には恐ろしい禍が振り掛かると言われる厄介なミイラだ。何としても、町の人々に禍が起る前に博物館へ戻したい。そこで是非君の力を借りたいのだ。」
と轟警部が祝十郎探偵に頼みますと、
「わかりました。力一杯やってみましょう。で、何か捜査を始める手掛りはあるのですか。」
と祝探偵は親友の頼みを快く引き受けて積極的です。「それが、全くないに等しいのだよ。髪に小さな花をつけた少女を見かけたと博物館の警備員が言っている以外は。文化的には貴重なものだが、あんなミイラを盗む奴がいるなどとは誰も考えなかったので、全く警戒していなかったからなのだ。」
「ミイラのことは鏡に訊けば良いのでは。」
と小林君、インスタントのハヤシ・ライスを暖めながら口を挟みますと、
「ミイラとミラーでは発音が違うじゃない。」
と幸子さんの手厳しい批評が飛びました。
その時ようやく小林君は、さっき聞いた魔由美さんの寝言のつぶやきを思い出し話しました。
「そうか、それではこの黒井魔由美がミイラ脱走事件に何か関係があるに違いない。」
と轟警部がポンと膝を打ちました。
「そして、恐らくは彼女の背後にもう一つの真黒い影が隠れているはずだ。」
と祝探偵の目が燃えます。
「もう一つの真黒い影というと、蜥蝪じゃないし、分った、サタンの爪のことだ!」
と小林君、思わず手にしたハヤシ・ライスを取り落してしょんぼりです。
「でも大丈夫よ。今度もまた男らしくて格好いい月光仮面が助けてくれるに決ってるわ。」
と幸子さんは何故か祝探偵の方をちらっと見ました。 その時、保健室に備え付けてあったテレビにひとりでにスイッチが入り、何とあのサタンの爪が画面一杯に拡がりました。
「轟警部と祝十郎に告げる。今晩、銀座のデパートへ「知恵の石」を貰いに行く。わしは今度こそ月光仮面に一泡吹かせて、「知恵の石」を手に入れ、世界一賢くなって世界の帝王となるのだ。世間の有象無象の者共、わしの偉大さをよおく見ておくのだ。いっひっひっひっひ。」
とこれだけ言うとテレビ画面はふっと消えて元に戻ってしまいました。
 皆は真っ青になり、暫く誰も一言も言えませんでした。轟警部も恐怖に顔を引きつらせ白壁にかかっている時計の秒針を見つめているだけです。最初に口を開いたのはやはり祝十郎探偵でした。
「轟さん、銀座のデパートとその周囲から人々を避難させて下さい。そうしないと警察のやり方が拙かったといって後で非難されますからね。そして、デパートの中と周りを厳重に警戒して下さい。悪賢いサタンの爪に対抗できるよう最善を尽してみましょう。」
更に祝探偵は何事か警部に耳打ちしました。轟警部は直ちに警察本署に連絡を取り、自ら必要な手配をするために帰っていきました。
 ここで問題です、皆さん。この時の轟警部の足取りはどんなだったでしょう? 警戒体制を整えるために急いでいたので、軽快な足取りだったに違いありません。
 しかし、祝先生の方はなかなか魔由美さんの枕元を立ち去る気配がないので、小林君も幸子さんも心配になってきました。
「先生、ぼくたちも早く銀座のデパートへ行きましょうよ。」
と二人で口を揃えて言いましたが、祝探偵には何か深い考えがあるのでしょうか、悠然と構えて一歩も動こうとしません。小林君は堪り兼ねて、テレビを付けてみました。すると思った通り、丁度ニュースの時間でした。
「…警察は、デパートとその付近の人々に緊急退避を求めましたが、皆はなかなか事情が飲み込めずに非難を渋っていました。そこへあの月光仮面が応援に駆け付けてくれました。そのため人々はようやく、目前に迫っているサタンの爪の恐怖が実感できたようです。人々の避難がやっと軌道に乗ってきました。やはり月光仮面の影響力は大したものです。…」
 幸子さんは、ニュース画面と祝探偵を見較べて目をパチクリさせています。ひょっとしたら祝先生が月光仮面かも知れないという考えが一遍にぶち壊されてしまったからです。それでも、画面上の月光仮面はどこかいつもの月光仮面と違います。注意深い幸子さんの目が鋭く吟味して、遂に見付けました。月光仮面の黒めがねの枠の色が違っています。でもなあに、テレビカメラのレンズのいたずらに違いありません。幸子さんは、今し方までの考えを振り切ると、再びテレビ画面に時々映し出される月光仮面の勇姿に見惚れるのでした。まあ、月光仮面は交通整理もとっても上手だこと!
 その時です、今まで死んだように静かに眠っていた魔由美さんが、急に魘され出したのです。そして突然目を開けて、がばっと起き上がりました。何だか空ろな目をして一点を見つめています。祝探偵が小林君にテレビを消すように目で合図したのとほぼ同時に、学校の正門の前で自動車の急ブレーキの音がしました。次の瞬間、ベットから飛び出した魔由美さんが外へ駆け出して行きました。
「小林君、幸子さん、すぐ後を追うんだ。魔由美さんを一人で行かせては危い!」
祝探偵も走り出しながら叫びます。でも何という速さでしょう。魔由美さんは人間業とはとても思えぬくらいのスピードで、見る見る三人を引き離し、正門に待っている車に飛び込みました。すると黒い自動車は間髪を入れずに走り去ってしまいました。
「しまった! だが、魔由美さんの行き先は分っている。轟警部に連絡を取ってくれ、幸子さん。それからすぐに銀座のデパートへ行こう!」
 デパートへ向かう車の中で、祝探偵は、小林君と幸子さんの質問に答えて、これまでの事件と黒井魔由美さんとの係わりについての推理を教えてやりました。「サタンの爪を刑務所から救い出したのは恐らく魔由美さんだ。魔由美さんは、サタンの爪を利用して「知恵の石」を手に入れようとしたに違いない。サタンの爪と何らかの取引きをしたのだろう。サタンの爪は恐ろしい奴だが、自分には爪切りがある。サタンの爪なんか爪切りさえ突き付ければ何とか抑えられると考えたに違いない。でも、サタンの爪はとても狡賢い奴だ。年若く、未熟な魔由美さんを上手く騙して催眠術をかけ、思うがままに操ることに成功したようだ。生憎、刑務所の所長さんが、サタンの爪の爪を切り忘れたことが彼女の不運だったのだ。魔由美さんがサタンの爪を利用して「知恵の石」を手に入れようとしたのと丁度同じように、今度はサタンの爪が魔由美さんを操ってミイラを動かし、「知恵の石」を手に入れようと目論んでいるのだ。」
と祝十郎名探偵が言うと、
「今でさえあんなに悪賢いサタンの爪に「知恵の石」を渡すと大変なことになりますね。なんとかそれだけは防がねばなりません。」
と小林君も幸子さんも事の重大さに改めて気付かされた様子です。そう考えるとなおさら三人には自動車のスピードが遅く感じられるのでした。
 ところで、銀座のデパートでは、轟警部の指揮の下、厳重な警戒網が張り巡らされました。デパートの上空にはヘリコプターが飛び交い、「知恵の石」のある八階は勿論のこと、全ての階の出口、入口に、強そうな警官が数人ずつ組を作って配置されています。そして彼らは皆、拳銃と爪切りで完全武装しています。また、轟警部は、目に入ると忽ち全員眠りこけるという催眠光線に対する対策も忘れませんでした。即ち、武装警官の半数に黒めがねを掛けさせたのです。轟警部の苦労の程が偲ばれますねえ、皆さん?
 警部は更に、デパートの経営者である大金氏に、今日はデパートを早めに閉めるようにお願いしました。恐いもの見たさで、八階の世界の宝石展には厄介な野次馬が多数押しかけて来ていましたが、月光仮面の協力があったおかげで、これらの人々も皆デパートから避難することを承知し、デパートの店員さんたちに導かれて急いで安全な所へ行くことができました。
 さて、皆さん、このような混乱の中へ、サタンの爪はどうやって襲ってくるのでしょうか。態態襲撃の時と場所を予告して来るのですから相当の自信が読み取れます。警察の備えは果して十分なのでしょうか。また、消えたミイラは、黒井魔由美さんは、一体どうなったのでしょうか。そして、月光仮面は、いつもより少々現れるのが早すぎる気がするのですが、月光仮面は、果してサタンの爪の野望を打ち砕くことができるのでしょうか。
 どこの誰だか知らないけれど、
 誰もが皆知っている。
 月光仮面のおじさんは、
 正義の味方よ、良い人よ。
 月光仮面に勝利あれ!
 やがて、轟警部は、警戒体制が整ったのを確認すると、協力してくれた月光仮面と一緒に、小部屋の中へ入って行きました。きっとサタンの爪をやっつける名案を工夫するための話し合いです。そして、数分後、不思議なことに、その部屋から轟警部と警視庁切ってのハンサム月形刑事が出て来ました。月形刑事は、手に何か包みを持っています。そして轟警部に注意されて、慌てて顔から黒めがねを外すと、包みの中へ仕舞い込みました。これは果してどういうことなのでしょうか。もし幸子さんがこの場にいたなら、何か面白いことに気がついたかも知れません。
 その月形刑事が自分の持ち場に戻るか戻らないかの時です。ドッカーンという大きな音がしたかと思うと、デパート全体が根元からぐらっと揺れ、大きく傾きました。壁や天井が崩れ、上から電燈が落ち、品物と共に、台やハンガーが倒れ、ショーケースも音を立てて壊れました。サタンの爪の仕業です。何という恐ろしい奴でしょう。デパートの地下で大爆発を起したのです。もし、このデパートの構造がもっと脆いものだったら、デパートはすっかり崩れ、中の人々は皆死んでしまっていたに違いありません。でも、実際は、デパートは傾いただけなので、怪我人は多く出たのですが、幸いにも、死んだ人は一人もなくて済みました。 建物の崩れと揺れが収まってほっとしたのも束の間、あちこちから火の手が上がりました。
「火事だ!すぐに消防車を呼べ!」
「怪我人を運び出せ!救急車を手配しろ!」
「宝石を、宝石を守って下さい!」
デパートの中は皆、上を下への大混乱で、大怪我をしていない人たちも、唯もうおろおろするばかりでした。
 今、ハイウェイの向こうから大きな黒いトラックが近付いてきました。いよいよサタンの爪の一味がやって来たのです。爆発のショックで呆然としている警官たちを尻目に、トラックはデパートの正面で停車しました。トラックの後部が開いたかと思うと、中から消防用の梯子が伸びて行きます。梯子の上には何とミイラ男と黒井魔由美さんです。彼女はサタンの爪に操られて「知恵の石」を奪いにやって来たのでした。二人は間もなくデパートの八階に入って行きました。
 さて、その八階では、すっかり傾いてしまった床の上で大勢の人々が怪我に苦しみ、痛さに喘いでいました。轟警部までもが大怪我をしていて、人の気配に顔を上げるのがやっとの有様です。それでも宝石を守るために拳銃に手を伸しかけた時のことです、ミイラ男は胸を張り、その胸を自分の両手でパタパタと叩き始めました。すると辺りはエジプト三千年の埃がもうもうと立ち、その階にいた人は一人残らず噎せ返り倒れてしまいました。
 その間に魔由美さんとミイラ男は遂に「知恵の石」を手にしました。石は、ファラオとの再会を喜ぶもののように、妖しく美しい赤い光を放ちました。こうして、二人はゆっくりとした歩みで梯子に戻り、梯子は彼らを乗せたままするすると縮み始めました。
 その頃、下の地上では、ようやく祝探偵の一行も到着し、ショックから立ち直った警官たちとサタンの爪の一味との間で今や拳銃の撃ち合いが始まっていました。梯子で降りて来るミイラ男を見て、警官たちの中の一人が拳銃で撃とうとした時、黒いトラックの中から出てきたサタンの爪が警告しました。
「大切な文化財を傷つけても良いのか。エジプト政府にどう言い訳をするのだ、よおく考えるんだな!」
警官たちがたじろいだ隙に、魔由美さんはトラックの中へすっと隠れてしまいました。ミイラ男と、「知恵の石」を手にしたサタンの爪は、トラックの屋根の上に立って威張って、警察を嘲笑っています。
「いっひっひっひっひ。どうだ、撃てまい。かわいそうな犬共め!」
 その時、祝探偵が、
「ちょっと失礼して手を洗ってきます。」
と言ってデパートの中へ駆けて行きました。
「仕様がないなあ、うちの先生は。肝心な時になるといつもこうなんだから。」
と小林君が嘆きます。
「それにしても、月光仮面はどうしたのかしら。早くサタンの爪とミイラ男をやっつけて欲しいのに。」
と幸子さんは訝しげです。
 ミイラ男がトラックの上で胸を張り始めました。両手で身体中をパタパタ叩くと、エジプト三千年の埃が辺りに漂いました。すると、警官たちも、小林君や幸子さんも、皆埃にやられて噎せ返り、ゴホンゴホン、ゼイゼイと呼吸困難になって倒れてしまいました。
「いっひっひっひっひ。」
サタンの爪の不気味な笑いを残して、黒いトラックが去って行きました。
 警察のヘリコプターに追われながら、サタンの爪のトラックがハイウェイに戻った時、後ろから白いオートバイに乗った白い人影が追跡して来ました。
 どこの誰だか知らないけれど、
 誰もが皆知っている。
 月光仮面のおじさんは、
 正義の味方よ、良い人よ。
 疾風のように現れて
 疾風のように去って行く。
 月光仮面は誰でしょう、
 月光仮面は誰でしょう。
 「いっひっひっひっひ。やはり出よった!待ち兼ねたぞ、月光仮面。」
サタンの爪が舌舐りします。積りに積った怨みを込めて、月光仮面を見つめるその目が残忍に光りました。もし視線で人を傷つけることができるならば、今月光仮面は満身創痍でのたうち苦しんでいるところでしょう。
 地上からは月光仮面がオートバイで追いかけ、空からは警察のヘリコプターがぴったりと食い付いて離れません。愚図愚図していればパトカーも追いかけてくるでしょう。サタンの爪は一体どうする積もりなのでしょうねえ、皆さん?
 黒いトラックは山道を辿り始めました。急なカーブが幾つも続きます。カーブで追手を振り切る作戦なのでしょうか。しかし、オートバイもヘリコプターも巧みに操縦されていて、脱落する望みは持てそうにありません。
 やがて、トラックとオートバイがトンネルに入った時、ヘリコプターの姿が消えました。トンネルの出口で待つ積もりだったのです。ところが、トラックは急停車すると、サタンの爪とミイラ男が降りてきました。月光仮面もオートバイを止めてサタンの爪の一味と向かい合いました。サタンの爪の合図でミイラ男は胸を張り、両手で身体中を叩いて、エジプト三千年の埃を出しながら、大きな息を月光仮面に吹き付けました。風上から必殺の埃吹雪攻撃です。
「やれ!ファラオよ、エジプト三千年の呪いの埃をたっぷりと振り掛けてやるのだ。いっひっひっひっひ。」
サタンの爪は、長くて黒くて汚ない爪を翳して小気味良さそうに笑いました。すると、流石の月光仮面も苦しそうに喘いで大地に突っ伏しました。危うし、月光仮面。呼吸困難になって倒れたところを狙ってやっつけようとサタンの爪が爪を研いでいます。
 だが、しかし、
「ふっふっふっふっふ。」
天から聞こえるのか、地から聞こえるのか、耳を疑う笑い声です。そして、地面に倒れたと見えた月光仮面がゆっくりと立ち上がりました。何と防毒マスクをつけています! 月光仮面は、電気掃除機をオートバイから降ろし、
「グィーン」
と呪いの埃を残らず吸い込んでしまいました。すると、ミイラ男はふらふらになり力尽きてバタンと倒れてしまいました。
 すっかり当てが外れてしまったサタンの爪が踵を返してトラックに逃げ戻ろうとすると、鞭使いの名人月光仮面の鞭が飛びました。鞭はまるで生き物のように、サタンの爪の首に絡み付きました。苦しくなったサタンの爪は、慌てて鞭を外した時に、誤って「知恵の石」を落してしまいました。でも拾っている間はありません。生命からがらトラックへと逃げて行きました。
 この一瞬が月光仮面にはサタンの爪を捕えるチャンスだったのです。サタンの爪は、すっかり冷静を欠いていて、いつもの狡猾さが全く影を潜めていたからです。そしてサタンの爪の部下たちも呆気にとられて銃を撃つことも忘れていたからです。だが、チャンスというものは、その前髪をしっかり掴まないとあっという間に逃げてしまうものです。月光仮面は、その決定的な瞬間を、「知恵の石」を拾い上げるために使ってしまったのです。たとえ狼狽していたとしても、その辺りのことをサタンの爪はちゃんと計算してあったのですから、やはり只者ではありません。
 次の瞬間、目を血走らせた魔由美さんがトラックから飛び出してきました。彼女には赤い石しか見えていません。必死になって月光仮面に掴みかかりました。その間にトラックに戻ったサタンの爪は、抜け目なさを取り戻して金切り声を上げました。
「撃て、者共! 女諸共月光仮面を撃ち殺してしまえ!「知恵の石」を奴から取り戻すのじゃ!」
魔由美さんを庇いながら、月光仮面がオートバイの陰に身を寄せた時、ようやく警察のパトカーのサイレンが聞こえて来ました。
「くそ!覚えていろ、この次こそは!」
サタンの爪は悔しそうに叫んで去って行きました。月光仮面も、まだもがいている魔由美さんを制しながら、
「この次こそは…。」
と心に誓うのでした。
 二週間後、黒井魔由美さんは、幸子さんや小林君、祝先生の手厚い看護の甲斐あって、元気に教室に戻って来ました。罪を憎んで人を憎まず。警察の人たちからも暖かく見守ってもらえることになりました。それにしてもサタンの爪は、本当に悪魔のような悪い奴です。あの男のためにどんなに世界の平和が乱されているか知れません。でも、皆さん、爪を憎んで人を憎まず、ですよ。月光仮面の働きを得て、あの長くて黒くて汚ない爪をきれいに切ってやり、サタンの爪を真人間に戻してやるひがこんどこそ本当にやって来ることを信じようではありませんか。

          おわり


03
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