当研究室について

  私たちは、目に見えないモノを不思議で奇妙なものであると思いがちですが、それが目に見えるようになると、そのモノの理解に一気に近づきます。目に見えるということは、物事を理解するのに重要な要素です。電子顕微鏡は、光学顕微鏡では小さくて見ないモノを見えるようにするために開発された装置です。光学顕微鏡で使われる可視光よりはるかに短い波長をもつ電子を利用することで、小さなモノが見えるようになります。それでも、私たちの周りにはまだまだ、見えないモノが無数にあります。
  本研究室では、簡単には見えない小さなモノを見えるようにするための電子顕微鏡を使った観察方法を開発し、見えるようになったモノの本質を調べる研究を進めています。 見えない理由の一つは、見ることに使う電子と試料との相互作用の小ささです。電子は荷電粒子で、物質とはクーロン相互作用を介した相互作用をしますが、見る対象が軽元素で構成されているような試料との相互作用は小さく、見ることは難しいです。しかしながら、持続可能な社会の実現に向けて炭素を主成分とする材料の構造を明らかにすることは非常に重要なテーマです。
  見えない理由のもう一つは、観察試料の環境に関わる装置上の制約です。電子を利用する電子顕微鏡は、装置内を高真空にする必要があるため、試料周りにガスが多い環境や溶液環境内にあるモノを見るのは困難です。しかしながら、多くの化学反応は、ガス中や溶液中で起きているため、そのような環境で起きている現象を見えるようにすることは非常に重要な挑戦です。私たちは、このような課題を解決するために研究をしています。

位相板を用いた電子顕微鏡観察

  軽元素で構成された試料(有機物など)は、電子を用いることで観察する透過電子顕微鏡にとってほとんど透明に見えてしまいます。これは電子と試料中の軽元素の相互作用が弱いためです。しかし、電子波を考えた際、通常画像としては現れることのない、波の遅れ(位相差)が発生しています。本研究室では、走査透過電子顕微鏡(STEM)に位相差を可視化する機能を持つ位相板を導入することで、今まで見えなかった情報の可視化を試みています。試料に電子が当たり散乱した後の波(散乱波)に位相変化を与えることで、位相差による画像のコントラストを増強します。これは位相差STEMと呼ばれる本研究室独自の手法です。 さらに、二次元検出器と呼ばれる装置を組み合わせることで、試料の各点における情報を逃さずにキャッチします。
  これらの手法によって撮影されたSTEM画像に対し、様々な計算処理を加えることで、試料の情報を引き出すことが可能になります。例えば、散乱情報強度から試料の構造を決める原子同士の結合距離の情報を得ることができます。また、電場への影響を考慮したデータ処理を行うことで試料の電場分布など、試料の構造以外の情報も解析することができます。                         
  観察対象としては有機薄膜太陽電池や高分子圧電体など、通常の電子顕微鏡観察では今まで可視化できなかった有機材料を主に扱っています。下図は、2種の有機材料から構成される有機薄膜太陽電池を観察した結果(見やすいようにオレンジと緑に色分けしてあります)で、2次元検出器を用いずに撮影した位相差STEM画像(a)よりも、2次元検出器を利用して位相差情報のみを抽出した(b)の方が構造をくっきりと可視化できています。日常生活で多く使われている有機材料デバイスに対し、本研究室の“目”で見ることで、ナノレベルでの理解を目指しています。

2種混合有機薄膜太陽電池の位相差STEM画像(スケールバー: 200 nm)

液体セルを用いた電子顕微鏡観察

  過電子顕微鏡 (以下TEM)の飛躍的な技術発展により、10億分の1 m (1 nm)の世界を高分解能でin situ (その場) 観察できるようになりました。 一般的なTEMの場合、“真空中”で観察が行われるため、試料が濡れていたとしても、一瞬で乾燥してしまいます。しかしながら、見たい現象や状態の多くは系が液中下, 主に水中下, にあり(例えば結晶成長過程や粒子の分散状態など)、“液中”における試料の振る舞いが“ナノレベル”でどうなっているかは未だ解明できていない点が多いです。 そこで本研究室では、独自開発した簡易液体セルを用いることで、図のように試料の分散液を炭素膜で挟み、 真空下のTEM装置内でも液中の環境を作り、in situでのTEM観察を可能にしています。

液体セルの模式図

  観察対象は下図に示したように、無機物から有機物、生体分子や触媒、食品など多種多様で、液中もしくは湿潤状態でのありとあらゆる試料をターゲットとしています。今まで見られてこなかった、液中下での分子一つ一つの情報を本研究室のTEM技術により可視化することで、様々な物理的・化学的現象のメカニズム解明につながると信じています。皆さんも分子が漂うナノスケールの液中世界を覗いてみたくありませんか?

透過電子顕微鏡観察の対象となる液中試料

蛍光たんぱく質を用いた光・電子相関顕微鏡解析

  ライフサイエンスの分野において、光学顕微鏡は分光法との組み合わせで物質の組成情報(例えば生体細胞の核や細胞膜など)を得ることができるなど、幅広い用途でのイメージングが可能です。しかし、可視光の波長は数百nmであり、原子レベルでのイメージングは難しいとされています。一方で、波長の短い電子を使えば高解像度で画像や動画を取得することができます。そこで、生物試料の構造と機能の相関を調べるための方法として、光・電子相関顕微鏡法(CLEM)が広く利用されています。構造は電子顕微鏡で、機能は光学顕微鏡で観察する方法です。本研究室独自に開発したCLEM装置の模式図を下図(a)に示してあります。

  しかしながら、電子顕微鏡で利用されている高エネルギー電子を生物分子に照射すると、その分子は破壊されるため、破壊を伴わない高分解能なイメージング技術の開発は重要な研究課題になっています。本研究室では、その解決策として緑色蛍光たんぱく質およびその変異体に着目しています。これらの蛍光タンパク質は、特定の波長の光を照射すると、光励起によって異なる波長の光を放出する(フォトルミネッセンス)だけでなく、電子線を照射すると、電子線励起によって発光する性質(カソードルミネッセンス)を持つことが知られています。従来の蛍光像の代わりにこのカソードルミネッセンスを用いることで、発光タグとして蛍光たんぱく質を応用できるのではないかと考えています。図(b)に蛍光たんぱく質に対するそれぞれの発光強度測定結果と実際の発光の様子を示します。電子線に対するこれらの蛍光たんぱく質への影響はまだ詳しくわかっていないため、電子線照射による耐性を調査・解析し、発光メカニズムの解明を目指し研究を進めています。

CLEM装置の模式図と測定結果