雑文リスト   荻野研トップ               

ポリビニルアルコールについて        (追記 ポリビニルアルコールについて② ポリビニルアルコールについて③


 先日の好きなポリマーとしてトップにあげたのは「ポリスチレン」だが、僅差の2位は表題の「ポリビニルアルコール(PVA)」である。ポリスチレンと並んで、いろんな意味で教育的であり各種の実験教室【例えば、日本化学会化学だいすきクラブ夏の実験教室(2017年度2018年度)や高校の先生の研修会等】でも題材として取り上げている(水に溶けるので有機溶媒を使わないという点も大きい)。
 実験教室の対象は中学生だが

、比較的身近な材料でできる「やさしく手軽な実験」ではあるけれども「面白く」(これは自己満足でしかないが)、現象に興味を持った生徒さんが「なぜ」を追求できるような「奥行きのある実験」を意識してはいる。化学に限らず,自然科学には、どの年次でどこまで学習するか,などという線引きはもともとなく,「やさしいけど,面白い」とともに,もっと深く本質に迫りたいという欲求に応えられるようなコンテンツをというのが持論である(研究室でも高分子微粒子を作るとき(懸濁重合)の安定剤として、ずっとお世話になっているので、名脇役系エース級ポリマーである)。

 というわけであるが、PVAがなぜ化学的にも物理的にも教育的かという意味だが、今回は化学の見地から・・・・。

・ビニルアルコールモノマーが存在しない(ケト−エノール互変異性のため。互変異性体はアセトアルデヒドである)。そのため、PVAは通常の汎用ポリマーと異なりポリ酢酸ビニル(PVAc)を合成したあと、ケン化によりゲットする。ポリ酢酸ビニルは、メタノールに溶け、ケン化して生成するポリビニルアルコールはメタノールに不溶となり、水に溶けるようになる。水に溶かしたものは洗濯糊として用いられている(百均で売っています)。とても脂っこいポリマーを扱っている私たちの研究室独特な感性かもしれないが、メタノールや水に溶けるポリマーは珍しい(PVAcの懸濁重合は、3年生の学生実験でも実施中だし、私も大学時代、実験でやりました。開始剤には過酸化ベンゾイルを用いるが、非常に汎用な2,2'-アゾビスイソブチロニトリルを開始剤として用いると乳化重合を併発するようで、水相が乳化して分子量分布もバイモーダルになります)。


・モノマーの合成(酢酸ビニル)が、アセチレンからエチレンのケミストリーに変遷している。私が高等学校のころの教科書には、アセチレンに酢酸を付加してモノマーを合成すると記述されているが、実際は使われないプロセスである(今でも記述は残っているようです。付加反応というくるりでわかりやすいからだろう)。(もともとアセチレンのケミストリーは日本では盛んであった。石灰とコークスを電気炉で熱し生成するカルシウムカーバイドからアセチレンを生成させるので、水力発電の発達で電力の価格が下がったころに発達した。現在ではコストの点と水銀系の触媒ということで完全アウトのプロセスである。エチレンと酢酸の反応だが、2価のPdが活性種である。置換反応後ゼロ価になるが、これを2価のCuでPdを酸化し、1価になったCuは酸素で酸化して2価に戻す(酸化電位の違いを巧みに利用する)。エチレンからアセトアルデヒドを合成するプロセスでも、こうした方法で、触媒サイクルが回っている(Wacker process))



・酢酸ビニルは非共役系モノマー(2重結合がカルボニル基やベンゼン環と共役していない)なので、「モノマーの反応性」が低く(ラジカルになりにくい、安定なものはできやすいという原則で説明可)、「生成するラジカルの反応性」が高い(共役によってラジカルが安定化していないので)という特徴を有する。それに反して、スチレンやメタクリル酸メチルのような共役系モノマーは「モノマーの反応性」が高く、「ラジカルの反応性が低い」。そのため、スチレンと酢酸ビニルを共重合するとスチレンがいっぱい入ったポリマーが生成する。エチレンは非共役モノマーなので、酢酸ビニルとの反応性はほぼ等しく、モノマー組成とポリマー組成がほぼ等しくなる。エチレン−ビニルアルコール共重合体は酸素バリア性に優れ、食品の梱包剤に使われる(酸素を通さないので食品の酸化を防止できる)。



・非共役のモノマーから生成するラジカルは反応性が高く、下に示すような頭−尾のような規則構造ばかりではなく、頭−頭のような構造が少なからず存在するようになる。PVAにおいては、このようなタイプのモノマー配列により1,2−グリコール単位を主鎖中に含むことになる。過ヨウ素酸イオンは1,2−グリコール単位を選択的に酸化するので(1,3−グリコールは酸化されない)、主鎖の切断が起こる。消費した過ヨウ素酸イオン量を滴定で決定したり、生成したポリマーの分子量を評価することで、どのくらいの割合で頭−頭結合が存在しているかがわかる。だいたい1-2%程度といわれている。


・PVA水溶液(洗濯糊)10 mLぐらいを紙コップにとり、耳かき1杯の過ヨウ素酸ナトリウムを加えて、かき混ぜると、主鎖の切断に伴い分子量が大きく低下するため粘度が下がって、溶液がシャビシャビ(粘度が低いこと)になることが実感できる。ココの部分が、実験教室で生徒さんにやってもらう実験の一つである(このあとスーパーボールとか偏光フィルムとかの実験があるが、その辺は物理編でまた今度・・・)。生徒さんから見て、楽しいかどうかは正直微妙なところではあるが、背景と現象の理解をする上の能書きが結構あるかなーと自己満足している。




・PVAの化学修飾(アセタール化)についても、どこまでアセタール化が進むのかという問題があり、確率論の話として、個人的には壺である(今の学生実験のバージョンでは端折っているが、大昔はアセタール化もやっていました)。高分子の化学反応という独特の考え方が必要で、Paul. J. Flory【ナイロンの発明で有名なDuPontのCarothersのもとで仕事を始めており、1974年に高分子科学に関して理論、実験の両面から膨大な基礎研究の業績が認められ、ノーベル化学賞をゲットしている。コーネル大学時代には、名著「Principles of Polymer Chemistry」(コーネル大学出版局)をまとめた】が、1939年に87%がマックスと予想している(Intramolecular Reaction between Neighboring Substituents of Vinyl Polymers, JACS, 1939, 61, 1518)。導出にあたっては下記のことを仮定している。

・反応は隣同志の水酸基を介して起こる
・反応は非可逆的である
・分子量はじゅうぶんに大きい
・結合様式は、すべて頭―尾(さっそく上の記述と矛盾するが・・・。単純化のために)

導出を簡単にまとめると下記の通りである。

nを構造単位の数(重合度)として未反応として残る一分子あたりの数をSnとする。








明らかにS0=0, S1=1, S2=0, S3=1である。S4の場合、最初の反応がどこで起こるかによって状況が変わり、3通りを考えるとS4=(2S1+2S2)/3となる。S5の場合も同様に考えると、S5=(2S1+2S2+2S3)/4となる。一般化すると(この辺りの厳密性はよくわかりませんが・・)、

ここで


とすると


となり、それぞれの差をとると


が得られる。S0S1S2の値からΔ1=1, Δ2=-1となるので


から、Δ1- Δ0=1と考えてよい。これから

が得られ、nが十分に大きい場合には

となり、同じくnが十分に大きい場合には


となる。この値は個数なので、未反応率に変換(nで割る)すると13.53%となり反応率は86.47%になる。
(すでにお気づき方々もいらっしゃると思いますが、この反応は平衡反応ですので、実際にはうまくやれば反応率はもう少し上がります。Flory自身も1950年の同じくJACS (72, 5052)にそのことを報告している)。


さておまけだが今回はこの2つで・・・。

問1)140 kgの塩がある。天秤を3回使って、50 kg と90 kgにわけなさい(1つずつの7 kgと2 kgの重りを使ってもよい)。

問2)下記のようにカードが、ある決まりにしたがってカードを並べていく。

  
  

①下の図は上の図の一部を取り出したものである。AとBの和を求めよ。


②下の図の影のついた6枚のカードの和が1788のとき、Cを求めよ。















解答例
1)
1回目→70 kg にわける(釣合わせる)。
2回目→一つの70 kgを35 kgにわける(釣合わせる)
3回目→天秤のそれぞれの皿に7 kgと2 kgのおもりをのせ、釣り合うように35 kgの塩をのせていき、釣合わせると、それぞれの皿の上には15 kgと20 kgの塩が乗っているはず(差が5 kgなので・・)。1でわけたもう一つの70 kgの塊に20 kgを足すと90 kg ゲット。2でわけたもう一つの35 kgの塊に15 kgを加えると50 kgになる(終わり)。

2)

①A+Bは横並びの数の和より1大きくなるので、202(答え)
別解(ある意味まともにやると・・・)
三角形の最も左側の数は1,2,4,7,11,16・・・・となり各項の差をとると1,2,3,4,5・・・という等差数列となる。n段目の数字は

    

100に近くて100に最も近い数はn=14のときの92である。そうするとA=100-n+1=87でB=100+n+1=115でA+B=202である。ただ、和を求めることになるのでnはわからなくてもよい。

②上のやり方で考えると、Cの上並びはC-n、C-n+1,C-n+2となりその和は3C-3n+3
下の並びはC+n,C+n+1,C+n+2で和は3C+3n+3 となる。
したがって6C+6=1788 となりC=297となる(答え)

(2018.9.3)(同9.4赤字訂正