昆虫の生理学実験@A                      
卵色発現と遺伝子作用 〜一遺伝子一酵素説〜

 カイコの休眠卵に特異的にみられる現象の1つに卵の漿液膜細胞での色素形成がある。正常卵の色素(藤紫色)は次のような代謝経路を経て形成される。

トリプトファン⇒キヌレニン⇒3-OHキヌレニン⇒⇒⇒⇒⇒⇒⇒⇒色素
 (必須アミノ酸) ↑         ↑             ↑    ・・・・・
           酵素T       酵素U          酵素V  酵素W ・・・・
                     ↑         ↑             ↑
          (遺伝子T)     (遺伝子U)         (遺伝子V)  (遺伝子W)・・・・・

 この実験では,各種の卵色遺伝子がどの過程で化学変化に関与しているかを知る目的で,各種突然変異系統の卵の色素の中間代謝物質として,キヌレニン及び3-OHキヌレニンの定性を行ない、卵色の遺伝について考察する。

材料:正常卵,第1白卵(w ?1 ),第2白卵(w ?2 ),淡赤眼白卵(pe ),赤卵(re )の産下直後及び1年経過したもの。  注意! 実験区が混ざらないように!!

1年経過したカイコ卵の卵色
正常卵 赤卵 淡赤眼白卵 第2白卵 第1白卵


1. キヌレニンの定性
試薬
(1).パラジメチルアミノベンズアルデヒド1gを30%HCl 25mlに溶かし,水を加えて50mlとする。

(2).3%過酸化水素水
(3).10% トリクロロ酢酸(除蛋白質剤;TCA)

定性
 (1)2蛾区の卵を産卵台紙から剥がす(産卵台紙ごと10分位水道水に漬けると卵が産卵台紙から取れやすくなる)。死卵(茶色の卵や潰れ卵等)および孵化卵(透明)は除外し,濾紙で水分を拭き取る。
 (2)約0.25g(重量を測ること)の蚕卵を乳鉢にとり,少量の石英砂と2mlの10%TCAを加えて磨砕する(石英砂は磨砕するだけなので少量で良い)。
 (3)乳鉢から遠心管へ磨砕した液を移す。乳鉢に残った液に 4mlの10%TCAを加え、遠心管へ移す。
 (4) 3000rpmで10分間遠心分離する(遠心管は石英砂でバランスをとって遠心分離機にかける)。

 (5)上清を2mlとり 0.2mlの試薬(1)と 0.2mlの3%過酸化水素水を加えた後,70℃の温浴中で20分間反応させる(試験管が倒れないようにテープでまとめる)。10% TCA を対照区として反応させる。 キヌレニンの存在により赤紫色となる。反応液は対照区の色および反応させていない残りの上清の色と比較すること(上清自体、赤いものがある)。


2. 3-ヒドロオキシキヌレニン(3-OHK)の定性
試薬
(1) Ehrlich試薬:スルファニル酸1gを conc.HCl(原液)10mlにとかし,水に加えて 200mlとする。使用する直前に 0.5% NaNO2 水溶液を5ml混合する。

(2)80%エチルアルコ−ル
(3)15% NaOH

定性
(1)2蛾区の卵を産卵台紙から剥がす(産卵台紙ごと10分位水道水に漬けると卵が産卵台紙から取れやすくなる)。死卵(茶色の卵や潰れ卵等)および孵化卵(透明)は除外し,濾紙で水分を拭き取る。
(2)約0.25g(重量を測ること)の蚕卵を乳鉢にとり,3mlの 80%エチルアルコ−ルと少量の石英砂を加えて磨砕し,さらに3mlの80%エチルアルコ−ルを加え,よく洗いながら遠心管に移す。

(3)約20分間放置した後,3000rpmで10分間遠心分離する。上清1mlをとり,氷水で冷却しながらEhrlich試薬を1ml加え,更に0.6mlの 15% NaOH を加えてよく混和する(試薬を入れる順序を変えると反応しないので注意)。対照区は80% エチルアルコ−ルを対照区として反応させる。 3-OHKの存在で赤紅色となる。反応液は対照区の色および反応させていない残りの上清の色と比較すること

 結果は下表のようにまとめ,卵色発現と遺伝子作用について考察する。

. . 産下直後 一年後
. . キヌレニン 3-OHK 色素 キヌレニン 3-OHK 色素
正常卵 . . 無 し . . 正常着色
赤卵 re . . 無 し . . 赤色
淡赤眼白卵 pe . . 無 し . . 無 し
第二白卵 w2 . . 無 し . . 無 し
第一白卵 w1 . .. 無 し . . 無 し

強く反応したものを++ 反応したものを+
どちらとも言えないものを± 反応しないものを-

結果と考察のヒント

参考書:家蚕生化学/伊藤智夫編−10.突然変異体における生理・生化遺伝学:坂口文吾−
      遺伝のしくみ/基礎生物学講座-7.遺伝現象はどのように研究されてきたか:武部啓
     カイコによる新生物実験/森 精編. 三省堂

参考文献:吉川秀男(1943)家蚕に於ける卵色の起源とその発現機構,蚕試報,11,311-342.


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