メンデルの法則

-カイコの卵色による分離比の検定-
突然変異系統と正常系統との交雑種及びその次代について遺伝的調査を行う際,幼虫,蛹,成虫の形質を調査するような場合では,孵化率の低下や飼育中の死亡個体の有無(一般に突然変異系統は致死しやすいものが多い)などの要因まで考慮しなければならならず,飼育などの手間がかかる。しかし,卵期に形質調査できるならば,簡単に多数の個体について調査が行え,遺伝的に解析しやすい(例えば突然変異の出現率)。

カイコの卵色(カイコの休眠卵では漿液膜細胞で色素合成が行われる) 胚発生はこちらへ
 1.産下直後では卵殻がほぼ無色透明で,内部の卵黄が透けて見えて黄白色を呈している。
 2.産下1 日後,漿液膜が形成され,漿液膜細胞で色素合成を始める。
 3.産下2 日目ころから着色が進み,藤鼠色(日本種)や生壁色(中国種)に着色する。

 産下0〜6時間        産下1日目          産下2日目          産下3日目

4.この卵(漿液膜細胞)の色素はキヌレニンを色素原としたオンモクロム系の色素で,成虫の眼色  とほぼ同じ色素である(白卵からは孵化した蛾は白眼,赤卵から孵化した蛾は赤眼となる)。 色素合成についてはこちらへ
 5.突然変異系統では白卵( w-1w-2pe ),褐色卵( b-1b-2b-4 ),赤卵(re )の形質を示す卵色の突然変異系は w-2w-3pereb-4 などのように普通遺伝するものと,w-1b-1b-2 などのように母性遺伝するものがある。

カイコ卵の卵色と眼色
正常卵 赤卵 淡赤眼白卵 第2白卵 第1白卵



よくある質問『黒い卵は黒い幼虫になるのですか? 白い卵は白い幼虫になるのですか?』
 幼虫体色はメラニン系色素やプテリジン系色素によって色が付きます。つまり代謝系を異にするため,卵で色素合成を行わない個体でも幼虫体で着色することができます(白卵から黒蟻や黒縞蚕が孵化し,正常卵から姫蚕が孵化したりする)。つまり,白子(albino)とは違います。

交雑形式は 雌×雄(雄×雌ではない)の順で示す。
 カイコは野生型のものがない為、標準型の形質を+で表す(優性形質を+ で表すのではない)。 標準型の形質に対して優性の場合には,大文字(Ze,+Ze)で,劣性の場合には,小文字(p ,+p )で示す。(標準型のカイコとは普通のカイコだと思えばよい。黒っぽい卵,黒い蟻蚕,眼状紋や半月紋を持つ幼虫,白い繭 etc.)


●単性雑種第2代(F2 )における分離比について
 突然変異型(劣性)の赤卵を示す系統と正常(優性)の正常着色卵の系統の交雑によって得られたF2 の卵色の分離比が,メンデルの法則(単性雑種の分離比3:1)にあてはまるかどうかを検定する。

材料 A系統統(赤卵:re /re )とB系統(正常卵:+re/+re)のF2
    注;A系統とB系統のF1(re /+re) は正常着色卵となる。

           
       A系統:赤卵        B系統:正常卵
                        
         
                        
              
                        
      
              A系統とB系統を交尾
              ↓
          
                      
               Fの卵:卵色は正常 (+/re )
                             
             
               Fの♀幼虫       Fの♂幼虫
                             
                  
               Fの♀蛾(+/re )   Fの♂蛾(+/re )
              
                 Fの♀蛾とFの♂蛾を交尾
                     
                             
                              F2の卵 正常着色卵と赤卵が3:1に分離する。


●単性雑種の戻し交雑における分離比について
 突然変異型(劣性)の系統と正常型の系統との交雑によって得られたF1 に,突然変異型(劣性)
の系統を交雑した場合,分離比が 1:1にあらわれているかどうかを検定する。

材料 (A系統×B系統)×A系統,A系統×(A系統×B系統)

           
       A系統:赤卵        B系統:正常卵
                        
         
                        
              
                        
      
              A系統とB系統を交尾
              ↓
   
                     産卵
                                
               Fの卵:卵色は正常 (+/re )           A系統:赤卵  
                                               
                               
                     Fの♀幼虫                 A系統の♂幼虫
                                               ↓
                                   
                       Fの♀蛾(+/re )            A系統の♂蛾(re/re ) 
                       
                          Fの♀蛾とA系統の♂蛾を交尾
                                
                                
                                  F♀にA系統♂を戻し交雑した卵
                                  正常着色卵と赤卵が1:1に分離する。

結果の処理
 分離比は必ずしも理論比とみなしてよいような結果となっているとは限らない。 
そこで統計的に調べる必要があり,その方法は次のとおりである。

○分離比が2 種類の場合    -標準誤差検定法- 
理論数と観察数の差(D)と,ある理論比に対する二項分布の標準誤差(m)の比を求める。
なお,mは次式によって得られる。

           
m=p×q×n
p;片方の表現型の理論比 
q;もう片方の表現型の理論比(1-p) 
n;調査個体数
D/m<1.96の時,この誤差は誤差範囲
(有意5%)とみなす。
例 単性雑種第2 代の場合

正常卵 230個,赤卵80個だったとすると
調査個体数(n)は310(=230+80)個
p=1/4, q=3/4,赤卵の理論数は n×p個
理論数と観察数の差(D)は80-310×/4│  
 D/m=80-310×/4 /1/4×3/4×310=0.328

蛾区毎の検定と調査個体全てを合計したものの検定の両方行うこと。
また,卵色の形質以外にどんな現象がみられるか調査すること。


●両性雑種第2代(F2)における分離比について
 異なった連関群に所属する2対の対立形質はF2 において 9:3:3:1に分離しているかを検定する。

材料と方法 A系統(赤卵:re / re )とC系統(白卵 :w-2 / w-2 )のF2 の卵色を調査する。


  A系統(赤卵)とC系統(白卵)のF1 は正常着色卵になる。
 ただしw-2 /w-2, re/re 個体は白卵となるので、正常着色卵:赤卵:白卵=9:3:4に分離する。

結果の処理
 分離比は必ずしも理論比とみなしてよいような結果となっているとは限らない。そこで統計的に調べる必要があり,その方法は次のとおりである。

○分離型が3種類以上の場合 -χ2検定法-

次式よりχ2(偏差)を計算し,下表から相当する確立pを求める。

 χ2=Σ[(o−c)2 /c] 

o;ある表現形の実測個体数
c;同理論個体数  

表現型数       p       
0.10 0.05 0.02
2 2.706 3.841 5.412
3 4.605 5.991 7.824
4 6.251 7.815 9.837
  通常,pが 0.05以上のときは,実測値が理論比に適合することを示す(危険率 5%)。
蛾区毎の検定と調査個体全てを合計したものの検定の両方行うこと。
また,卵色の形質以外にどんな現象がみられるか調査すること。

例えば 正常卵が 280,赤卵が80,白卵が 115の時
調査個体数は 475=280+80+115
理論数はそれぞれ475×9/16,475×/16, 475×/16
χ2(280-475×9/16)2 /(475×9/16)+(80-475×3/16)2/(475×3/16)+115-475×4/162 /(475×4/16) =1.665.991



参考書 雑種植物の研究/メンデル(岩波文庫、420円)
 メンデル遺伝に関するもの,統計処理に関するものはどれでも同じだと思います。自分に合 った本を使ってください。多分,メンデル遺伝に関する事は高校の時の教科書で充分です。

その他参考書,家蚕生化学/伊藤智夫,昆虫遺伝学/田中義麿,家蚕遺伝学/田中義麿,総合蚕糸学 /福田紀文など

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