メンデルの法則と連関
-カイコの卵色による分離比の検定-
突然変異系統と正常系統との交雑種及びその次代について遺伝的調査を行う際,幼虫,蛹,成虫の形質を調査するような場合では,孵化率の低下や飼育中の死亡個体の有無(一般に突然変異系統は致死しやすいものが多い)などの要因まで考慮しなければならならず,飼育などの手間がかかる。しかし,卵期に形質調査できるならば,簡単に多数の個体について調査が行え,遺伝的に解析しやすい(例えば突然変異の出現率)。
◆カイコの卵色(カイコの休眠卵では漿液膜細胞で色素合成が行われる) 胚発生はこちらへ
1.産下直後では卵殻がほぼ無色透明で,内部の卵黄が透けて見えて黄白色を呈している。
2.産下1
日後,漿液膜が形成され,漿液膜細胞で色素合成を始める。
3.産下2
日目ころから着色が進み,藤鼠色(日本種)や生壁色(中国種)に着色する。
4.この卵(漿液膜細胞)の色素はキヌレニンを色素原としたオンモクロム系の色素で,成虫の眼色 とほぼ同じ色素である(白卵からは孵化した蛾は白眼,赤卵から孵化した蛾は赤眼となる)。 色素合成についてはこちらへ
5.突然変異系統では白卵( w-1 ,w-2 ,pe
),褐色卵( b-1 ,b-2 ,b-4
),赤卵(re )の形質を示す卵色の突然変異系は w-2, w-3,pe,re,b-4
などのように普通遺伝するものと,w-1 ,b-1 ,b-2
などのように母性遺伝するものがある。
| カイコ卵の卵色 | ||||||
| 正常卵 | 赤卵 | 淡赤眼白卵 | 第2白卵 | 第1白卵 | ||
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良くある質問『黒い卵は黒い幼虫になるのですか? 白い卵は白い幼虫になるのですか?』
幼虫体色はメラニン系色素やプテリジン系色素によって色が付きます。つまり代謝系を異にするため,卵で色素合成を行わない個体でも幼虫体で着色することができます(白卵から黒蟻や黒縞蚕が孵化し,正常卵から姫蚕が孵化したりする)。つまり,白子(albino)とは違います。
注;交雑形式は 雌×雄(雄×雌ではない)の順で示す。
カイコは野生型のものがない為、標準型の形質を+で表す(優性形質を+ で表すのではない)。 標準型の形質に対して優性の場合には,大文字(Ze,+Ze)で,劣性の場合には,小文字(p ,+p )で示す。(標準型のカイコとは普通のカイコだと思えばよい。黒っぽい卵,黒い蟻蚕,眼状紋や半月紋を持つ幼虫,白い繭
etc.)
●単性雑種第2代(F2 )における分離比について
突然変異型(劣性)の赤卵を示す系統と正常(優性)の正常着色卵の系統の交雑によって得られたF2
の卵色の分離比が,メンデルの法則(単性雑種の分離比3:1)にあてはまるかどうかを検定する。
材料 A系統統(赤卵:re /re )とB系統(正常卵:+re/+re)のF2
注;A系統とB系統のF1(re /+re) は正常着色卵となる。
F2 を1人■蛾区*ずつ調査する。 蛾区:1頭の雌蛾により産卵された卵の集団をいう。
潰れ卵,白卵,未着色卵は受精しなかった卵または初期発生の段階で致死したもの。
●単性雑種の戻し交雑における分離比について
突然変異型(劣性)の系統と正常型の系統との交雑によって得られたF1
に,突然変異型(劣性)
の系統を交雑した場合,分離比が 1:1にあらわれているかどうかを検定する。
材料 (A系統×B系統)×A系統,A系統×(A系統×B系統)
戻し交雑した蛾区を1人■蛾区ずつ調査する。
結果の処理
分離比は必ずしも理論比とみなしてよいような結果となっているとは限らない。
そこで統計的に調べる必要があり,その方法は次のとおりである。
○分離比が2 種類の場合 -標準誤差検定法-
理論数と観察数の差(D)と,ある理論比に対する二項分布の標準誤差(m)の比を求める。
なお,mは次式によって得られる。
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| 表現型数 | p | ||
| 0.10 | 0.05 | 0.02 | |
| 2 | 2.706 | 3.841 | 5.412 |
| 3 | 4.605 | 5.991 | 7.824 |
| 4 | 6.251 | 7.815 | 9.837 |
-カイコの連関と組み替え-
一般にある2つの遺伝子間の連関は原則として雌雄による差は無い。多少の性差が報告されたものがないのではなく,トウモロコシ,バッタ,マウス等で,交叉率が数%雌雄間で差がみられることが報告されている。
例外 ショウジョウバエ;雌で交叉がおこり,雄では起こらない(1912,モルガン)。
カイコ;雌で交叉が起こらず,雄では起こる(1913,田中)
●カイコの斑紋を利用した連関と組み替え
Ze(虎蚕)とlem(レモン)はともに第3連関群に属し,それぞれ 1.5及び22.3に座位する。
E統(虎蚕・正常体色;Ze +lem /Ze +lem)とF系統(レモン;+ Zelem /+ Zelem)の
F1(虎蚕・正常体色;Ze +lem /+ Zelem)にF系統(レモン;+Ze lem /+Ze lem)を戻し交雑した次代の幼虫斑紋と体色を調査することによって,遺伝子の連関と組み替えの起こることを観察し,両対立遺伝子(Ze〜lem)の組み替え率を求める事ができる。

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× | ![]() |
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| 系統名:形質 | E系統:虎蚕・正常体色 | F系統:正常斑紋・レモン | |
| 遺伝子型 | Ze +lem/Ze +lem | +Ze lem /+Ze lem | |
| ↓ | |||
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| F1:虎蚕・正常体色 | |||
| Ze +lem/+Ze lem | |||
| (A).(E系統×F系統)×F系統 | |||||
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× | ![]() |
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| F1の雌 | : | 虎蚕・正常体色 | F系統の♂:正常斑紋・レモン | ||
| ↓ | |||||
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| 虎蚕・正常体色 | 正常斑紋・レモン | 虎蚕・レモン | 正常斑紋・正常体色 | ||
| 非交叉型 | 非交叉型 | 交叉型 | 交叉型 | ||
| (B). F系統×(E系統×F系統) | |||||
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× | ![]() |
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| F系統の雌 | : | 正常斑紋・レモン | F1の♂:虎蚕・正常体色 | ||
| ↓ | |||||
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| 虎蚕・正常体色 | 正常斑紋・レモン | 虎蚕・レモン | 正常斑紋・正常体色 | ||
| 非交叉型 | 非交叉型 | 交叉型 | 交叉型 | ||
●カイコの卵色を利用した連関と組み替え
pe(淡赤眼白卵)とre(赤卵)はともに第5連関群に属し,それぞれ 0.0及び31.7に座位する。B統(正常卵;+pe +re/+pe
+re)とD系統(pe re / pere
)のF1 にD系統を戻し交雑した次代卵,またはF2 の卵色を調査することによって,遺伝子の連関と組み替えの起こることを観察し,両対立遺伝子(peとre )の組み替え率を求める事ができる。
系統名 形 質 遺伝子型
B系統 正常卵 +pe +re/+pe
+re
D系統 白 卵 pe re/ pe re
交雑形式
(1).D系統×(D系統×B系統)
(2).(D系統×B系統)×D系統
(3).(D系統×B系統)F2
●交雑形式(1), (2), (3)の卵色を調査して,組み替え率を算出する。
| 例 (pe re / pe re )♀×(pe re / +pe +re)♂の場合 | |||||
| 雌の配偶子の 遺伝子型 |
雄の配偶子の遺伝子型 | ||||
| 非交叉型 | 交叉型 | ||||
| +pe +re | pe re | pe +re | +pe re | ||
| pe re | +pe
+re /pe re |
pe re /pe re |
pe +re /pe re |
+pe re /pe re |
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| 次代の形質 | 正常卵 | 白 卵 | 白 卵 | 赤 卵 | |
| 次代の個体数 | m | m | n | n | |
◎ pe は re の上位にあるので(pe +re/
pe +re), ( pe
+re/ pe re),
(pe re/ pe re )の個体(卵)は( re に関わらず)白卵となる。 つまり、pe がホモ型になるとreに関わらず白卵、+pe
+reの両方を持つと正常卵になる。
参考書 雑種植物の研究/メンデル(岩波文庫、420円)
メンデル遺伝に関するもの,統計処理に関するものはどれでも同じだと思います。自分に合 った本を使ってください。多分,メンデル遺伝に関する事は高校の時の教科書で充分です。
その他参考書,家蚕生化学/伊藤智夫,昆虫遺伝学/田中義麿,家蚕遺伝学/田中義麿,総合蚕糸学 /福田紀文など(図書館にあると思います)。
●問題-1. A-1系統(卵色;正常着色,斑紋;形蚕)と B-1系統(卵色;赤,斑紋;黒縞)から,
(卵色:赤卵,斑紋:形蚕)の系統を作成したい。どのように交配,選抜すればよいか?(注:F1は卵色;正常着色卵,斑紋;黒縞となる)
●問題-2.今回のような実験を他の生物を使って行うならば,何(何の生物)をどう(何の形質)調べたいか?
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