東京農工大学大学院生命農学部門の大川助教授、平沢教授は、同大学の石原名誉教授とともに、農業生物系・特定産業技術研究機構 作物研究所多用途稲育種研究室加藤浩氏らと共同で、稲発酵粗飼料用の長稈新品種「リーフスター」を育成・開発しました。この品種は、長稈であるにもかかわらず耐倒伏性が極めて強いので、将来のバイオマス生産量の高い長稈水稲品種育成の母本などとして活用が期待できます。
【品種育成・開発過程】
強稈性長稈品種育成のための基礎研究材料を養成するために、平成3年に耐倒伏性極強の多収系統「中国117号」を母、「コシヒカリ」を父とする交配を行いました。2世代目に、稈が著しく太くしかも曲げ、折れに強い材質をもち、親の中国117号を大きく上回る強稈性を備えた3個体を選抜することができました。この性質はつぎの3世代目にも遺伝し、遺伝率の高い性質でしたので、品種開発のために平成7年に農林水産省中国農業試験場稲育種研究室との共同育成を開始しました。平成9年から同省の農業研究センター稲育種研究室で選抜を行い、バイオマス生産量が大きいことから、平成14年から農業生物系・特定産業技術研究機構(農研機構)作物研究所多用途稲育種研究室において「関東飼215号」の系統名で飼料用イネとして収量等評価試験が行われてきました。
平成17年9月に農研機構と東京農工大学との官学共同出願を行い、11月21日に農林水産省において「リーフスター」と命名され、水稲農林413号として登録されました。
【バイオマス生産の高い長稈の特性と耐倒伏性】
20世紀後半の水稲多収性品種の育成目標として、太陽光の受光効率のよい短稈穂数型の品種が構想され、生産力の発展が実現されてきました。しかし、近年水稲収量の増加率は低くなってきました。私達はその要因の一つは、短稈品種のバイオマス生産能力が小さいことにあるのではないかと考え、長稈穂重型品種の乾物生産特性を検討した結果、草高が高いことにより群落内の葉の密度が小さく、CO2が拡散しやすいので、群落内の高いCO2濃度によって群落光合成速度が高く、葉身の老化が遅いので高いバイオマス生産量をあげうる性質をもっていることを見出しました。長稈品種の倒れやすいという欠点を克服できれば、多収をあげる食用品種の育成とともに、わらも利用する飼料用品種、バイオマスエネルギー用の品種など水稲の多用途利用が可能なバイオマス生産量の高い長稈品種を育成できると考えました。そこで長稈品種の備えるべき耐倒伏性に関係する稈の物理的性質を研究し、この研究を基盤として、草丈が高く茎葉部分のバイオマス生産量が高い特性をもち、長く重い植物体を支えることができる著しく強い稈、すなわち稈基部が太く、かつ折れ、曲げに強い材質を持ち、コシヒカリに比べると稈の強度が3倍以上あり、従来の品種に比べて著しく高い耐倒伏性をもつ「リーフスター」の育成に成功しました。
【農業上の意義】
現在、わが国の農業が直面している最も深刻な問題は、食料自給率が低い上に耕地の利用率が低く、耕地環境の悪化が生じていることです。この要因の一つに、家畜の飼料の輸入が非常に多く、その自給率が著しく低いことにあります。飼料イネの利用によってバイオマス生産量を高めることができ、水田での自給粗飼料の生産を増やすことによってわが国の低い飼料自給率の向上、ひいては低い食料自給率の向上に役立つことが期待されます。さらに飼料イネ生産では、水田から畜産への飼料の供給と、畜産から水田へのふん尿由来堆肥の還元による物質循環が可能となります。主として飼料の大量輸入によって引き起こされている国土の窒素の過剰蓄積の問題を水田での飼料イネの栽培と畜産からの堆肥の還元により解決することによって、わが国の環境保全に貢献することができます。また今後バイオマスエネルギー用の高バイオマス生産水稲品種の開発に母本として、また長稈性、耐倒伏性に関わる遺伝子の利用が期待されます。
なおこの研究の成果は、2006年1月のバイオマス科学会議、2006年3月に開催される日本作物学会、日本育種学会において発表する予定です。
「リーフスター」の稲株
(左「コシヒカリ」(父本)、中央「リーフスター」、右「中国117号」(母本))
「リーフスター」の草姿
(左「コシヒカリ」(父本)、中央「リーフスター」、右「中国117号」(母本)) (撮影 2005年10月20日 於 東京農工大学農学部附属広域都市圏フィールドサイエンス教育研究センターFM本町の実験水田)
(11.22 日本農業新聞に掲載)
(11.24 読売新聞に掲載)
(11.24 日刊工業新聞に掲載)
(11.29 日経産業新聞に掲載)
(12.1 農業共済新聞に掲載)