水田土壌における農薬の動態予測モデル (PCPF-1)

 の農薬流出管理への応用

 

渡邊裕純 東京農工大学 大学院農学研究科 高木和広 農業環境技術研究所・農薬動態科

 



 

 

 

要 旨

田面水及び水田土壌表層における農薬動態予測モデル(PCPF-1)が開発され,モデルの評価及び農薬流出管理への応用が検討された.酸アミド系除草剤,プレチラクロールのPCPF-1モデルによる農薬挙動のシミュレーションにおいて,田面水での農薬濃度変化は圃場実験での実測値を高い精度で予測が可能となった.モデルシミュレーションによる農薬流出制御のための管理手法の設定への応用として,水管理による表面排水及びシロカキ等の管理による浸透量の違いによる農薬流亡ポテンシャルを比較した.シミュレーションの結果より農薬流出制御のための適正な止水管理そして農薬の地下への浸透流亡を制御するための十分なシロカキは水田農業の環境負荷低減のため重要な最適管理策である.

キーワード:水田,モニタリング, シミュレーションモデル,農薬流出管理, 最適管理策

 

 

1.はじめに

 

 今日,農業生産の拡大に伴う水質汚染は,環境特に表面水や地下水源に破壊的な影響を与える問題の一つである.近年,水田で使用された農薬の河川への流出のについては多くの調査研究(丸, 1991,中村,1992)がなされてきている.また環境庁が1998年に環境庁が発表した環境ホルモン戦略計画SPEED98(環境庁,1998)では,内分泌撹乱作用を持つと疑われる約70物質の内,約40物質は農薬であり,その約1/2は現在登録の農薬である(中村,1999,上路,1999). このため,それらの調査・研究を背景に農薬流出の制御方法が早急に確立される必要がある.コンピュータモデルによるシミュレーションは農薬の動態研究や流出管理の設定等に安価で敏速に使用される有効な方法である.しかし我が国を含むアジアモンスーン地域の主要農業形態である水田においてのシミュレーションモデルの開発やそれを使用した研究は数少なく,農薬の動態予測及び流出制御に関する研究の進展そして持続的な水田農業の確立のためにはその発展が急がれている.

 

 

 

 

 

 

 

 

 農業環境技術研究所(農環研)・除草剤動態研究室では圃場試験による水田環境変動解析と農薬残留調査及び既存のモデルを使用した田面水及び表層土壌(0-1cm)の農薬動態予測手法の開発が行われてきた(高木ら,1996Takagi et al., 1998;高木,1999).現在,新たに田面水及び水田土壌表層における農薬動態予測モデル,Pesticide Concentration in Paddy Field 1 (PCPF-1),が開発され,モデルの評価及び応用が検討されている.

 

 

 

 

 

 農薬動態予測モデルPCPF-1は、Fig. 1で表される水田環境と農薬動態の概念モデルをもとに、田面水コンパートメントと田面水コンパートメントへの農薬溶出の供給源となる表層0-1cmの酸化的土壌層いわゆる農薬供給層の2つのコンパートメントに分けて考えられた。それぞれのコンパートメントでの水収支式と農薬マスバランス式により農薬の質量の時間変化を追跡する事が可能と仮定した。PCPF-1の基本的な概念は我が国の代表的な水田における農薬動態予測モデルであるInao and Kitamura (1999) が開発したPADDYと類似しているが田面水の変動,光分解,2フェーズでの脱着反応及び土壌中での生物・化学分解を考慮し精度の向上につなげた.またPCPF-1の実行においては汎用性の高いMicrosoft Excel®のアプリケーションを使うことによりコンピュータシミュレーションに不慣れなユーザーも簡単に使用することができる.   

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 1998年度の農環研・除草剤動態研究室で行われた圃場試験による水田環境変動解析と農薬残留調査のデータをもとにPCPF-1モデルの検証を行った.農薬残留調査は前年度までとおなじ方法で農環研水田圃場の4-7-2区と4-7-3(それぞれ9mx9m)を使い田面水及び土壌表層の除草剤濃度の変化を除草剤(粒剤)散布後約50日間調査した(高木ら,1996,高木,1999).評価に使用された農薬は除草剤プレチラクロール(以下PTC)である.PTCは日本の水田で最も多量に使用されている酸アミド系除草剤の一つである(高木,1999)  

 

 

 

 

 

 

 今回行われた酸アミド系除草剤PTCPCPF-1モデルによる農薬挙動のシミュレーションにおいて,田面水での農薬濃度変化はモニタリング期間2週目以降5週目まで過剰評価が顕著であったが, 最初1週間と最後の2週間は圃場実験での実測値を高い精度で予測が可能となった.また水田土壌表層1cmの農薬供給層ではPTCでは2週間は実測値の多少過剰評価されたが以後は実測値と非常に近い値で予測された.

 一般的に田面水中の農薬濃度は時間と共に初期濃度より指数的に減少する.そのため農薬が比較的高濃度である農薬散布直後の水管理は農薬流出抑制そして除草剤の残効性の維持の観点から非常に重要であると考えられる.またシロカキ作業も降下浸透量の抑制にとって有効であり,農薬の浸透流亡の観点から重要な水田管理の一つである.しかし実際の水田では作業時間の短縮のため適切な水管理や十分なシロカキが行われなかったりする可能性がある.そこで農業排水・浸透水による河川や地下水の汚染低減のため,水田管理の重要性を農薬の表面流出及び地下浸透の観点から再確認する事が重要となってくる.

 

 

 ここではPCPF-1モデルを使用して仮に想定されたいくつかの水田管理が及ぼす農薬の表面流出及び地下浸透への影響とその評価を行った.水田管理方法は灌漑排水を制限した止水管理,または常時灌漑を行いオーバーフローで排水をするかけ流し管理,そしてシロカキ作業やその他の水田土壌管理で異なる降下浸透量により以下の6つを想定しシミュレーションを行った(Table2

Table 2 PCPF-1によるシミュレーションで想定された水田管理方法

Management practices simulated by PCPF-1 model.

管理方法

灌漑

排水

降下浸透

LDLP6 (止水管理排水口高6cm)

» 5.0

cm/52days

» 5.0

cm/52days

0.2 cmday-1

LDLP4止水管理排水口高4cm)

» 12.0

cm/52days

» 12.0

cm/52days

0.2 cmday-1

CDLP1.0(掛け流し)

1.0 cmday-1

Overflow

0.2 cmday-1

CDLP3.0(掛け流し)

3.0 cmday-1

Overflow

0.2 cmday-1

LDHP1.5(高浸透水田)

»1.5 cmday-1

» 12.0

cm/52days

1.5 cmday-1

LDHP3.0(高浸透水田)

»3.0 cmday-1

» 12.0

cm/52days

3.0 cmday-1

 これらの結果よりオーバーフローを伴うかけ流し灌漑による水管理は河川への多量な農薬流出へとつながる恐れがあるといえる.また水田からの排水口の高さを調節することで降雨時の農薬の流出を制御し,耕作期間の総農薬流出量を最小にする事が可能である.金子・山本(1999)の報告では肥料成分,SS等の水田からの排出負荷量を減らすための水管理において節水栽培やシロカキ後12日間は田面水の貯留等が有効であるとしている.シミュレーションの結果より農薬においてもほぼ同様の事が考えられる.

 表面流出の場合と同じく高浸透水田からは多量の農薬流出があった.肥料成分の浸透流亡を制御するためのシロカキの重要性が田渕・山藤(1992)により報告された.彼らは無シロカキ水田ではシロカキした水田の24倍ものNH4-N量が浸透流亡し,肥料の流亡を防ぐためには水田でのシロカキはどうしても必要な作業であると結論づけた.モデル計算の精度及び下層土中での農薬の吸着及び分解等による消失を考慮すると農薬の地下流亡の実際値はかなり低いと考えられる. しかし一般的には農薬の浸透流亡においてもシロカキは農薬による地下水汚染の低減のために重要な作業であると考えられる.

このような水田からの多量な農薬の流亡は農薬の残効期間の短縮にもつながり農薬の多量使用の原因となる. たとえば農家への適正水田管理の普及へのモデルシミュレーションの応用として,もし仮に,雑草の適正管理のため最初40日間は土壌中除草剤濃度を0.1ppm以上に保っていなければならないとしよう.このときな水田からの多量な農薬の流亡が予想される掛け流しや高浸透水田では除草剤の降下が低下し散布回数の増加を招き,環境負荷の増大だけでなく,水田管理労力及び予算の面から非効率的な管理ということが言える.

ミュレーションの結果より農薬流出制御のための適正な止水管理そして農薬の地下への浸透流亡を制御するための十分なシロカキは水田農業の環境負荷低減そして効率的な雑草防除のための最適管理策(Best Management Practice)であるといえる.

謝辞:本研究において農業環境技術研究所の多くの研究者及びスタッフの方々に協力をいただきました.また本研究は農林水産省先端技術開発研究の成果の一部です.また科学技術振興事業団からの援助にお礼を申し上げます.

 

 引用文献

丸諭 (1991):水系環境における農薬の動態に関する研究.千葉農業試験場特別報告 第18号.

中村幸二 (1992):農耕地の土壌・水圏環境における農薬の動態に関する研究.埼玉県農業試験場研究報告,46号.

環境庁 (1998):外因性内分泌撹乱化学物質問題への環境庁の対応方針について-環境ホルモン戦略計画SPEED98

中村幸二 (1999):内分泌撹乱化学物質と農薬. 雑草とその防除 36号 p.23-30

上路雅子 (1999):環境ホルモンは農林水産業にどのような影響を与えるか.農林水産業と環境ホルモン.社団法人 家の光協会 pp.15

高木和広,稲尾圭哉,北村恭郎(1996):水田環境中での農薬動態予測数理モデルとコンピュータシミュレーション.農薬環境科学研究第号,第14回農薬環境科学研究会シンポジウム講演集,p.65-80.

Takagi, K, Fajardo F.F., Inao K. and Kitamura Y. (1998) Predicting pesticide behavior in a lowland environment using computer simulation. Reviews in Toxicology 2 p.269-286 IOS Press.

高木和広 (1999):シミュレーションモデルによる薬剤動態予測技術の開発.農林水産省技術会議事務局 環境調和型水田雑草制御技術の開発.研究成果341.p.30-40

Inao K and Kitamura Y. (1999) Pesticide paddy field model (PADDY) for predicting pesticide concentrations in water and soil in paddy fields. Pesticide Sci. 55,p.38-46

Watanabe, H and Takagi K. (2000a)A simulation model for predicting pesticide concentrations in paddy water and surface soil I. Model development. Environ. Technol. (submitted).

Watanabe, H and Takagi K. (2000b)A simulation model for predicting pesticide concentrations in paddy water and surface soil II. Model validation and application. Environ. Technol. (submitted).

Makay D. and Leinonen P. J. (1975)Rate of evaporation of low-solubility contaminants from water bodies to atmosphere. Environ. Sci. Technol., 9p.1178-1180.

金子文宣,山本幸洋 (1999):環境保全型水稲栽培水田における環境負荷軽減効果の評価.農業土木学会誌 Vol.67/No.06p.13-17

田渕俊雄,山藤郁夫 (1992):シロカキが水田浸透量と浸透水質に及ぼす影響.土壌の物理性 第66 p.47-54

渡邊裕純・高木和広(2000): 水田土壌における農薬の動態予測モデル(PCPF-1)によるプレチラクロールの動態予測と農薬流出管理への応用.農業土木学会論文集第209号pp.43−50