all or nothing (間違いを修正しました。コメントいただきありがとうございます)
既に現役引退の身とはいえ、さまざまなタイプの合成実験を経験して思っていることがある。同じ合成でも鼻歌交じりのモノがある一方、朝からテンションを上げて緊張して取り組むモノもあるということだ。中でもイオン重合系の実験は、溶媒の脱水、モノマーの脱水精製、ガラス器具の乾燥等、手間隙をかけて準備をする割に、重合開始から成否が決まるまでに要する時間が短い、例えば1分以内のこともあり、失敗に対する恐怖が相当ある。さらにこのタイプの実験で気持ちをざわつかせるのは、結果が、今日のタイトルのように、all
or nothingであり、「まあうまくいった」ということがないからである。逆に「ちょっと失敗した」ということもないわけで、潔いといえば潔いわけだが、メンタル的にはきつい。農工大に来たばかりのころ、こんな実験をした。
シクロドデセンの環状オレフィンのメタセシス重合である。生成物の分子量分布は二峰性であり低分子側のオリゴマー成分は大環状オリゴマーであり、高分子量のポリマー成分は線状構造であることがわかっていた(H.
Höcker
et al, Makromol. Chem., 175, 1395 (1974))。固体NMR、X線構造解析、そして超薄膜電子分光を専門とする共同研究者から求められていたのは、環状オリゴマーのほうで、合成後、2~12量体(C24~C144)をGPC分取し、水素(もしくは重水素)添加して最終製品とした。水素添加物は環状のエチレンオリゴマーで、ポリエチレンの折畳み結晶のモデル化合物となった。
というわけで、ヘキサン、タングステン触媒ヘキサン溶液、モノマー、アルミ触媒の順に注射器で加えていくのだが、モノマーを加えた時点でタングステンの青が消えるとアウトで、収率はゼロ、モノマー回収のためのプロセスからやり直しである(nothing)。allのほうでは、アルミ触媒を加えると、色が変わり溶液粘度が徐々に上がり、1分程度で生成物が沈殿し始め、系全体が固まり終了である。そこからヘキサン可溶部からモノマーを減圧留去したものと固形物をアセトンでソックスレー抽出をしたアセトン可溶部を合わせて、GPC分取し、フラクションをリサイクル精製して、必要とされるオリゴマーをゲットする。
こう書いてしまうと簡単だが、ヘキサン、モノマーの精製は、ナトリウムを用いた脱水蒸留により、それらに1日半から2日はかかるため、失敗のときは相当凹む。
もう一段、ハードルが上がるのがブロック共重合体の合成である。コーネルのOber先生のところに留学していたとき、レジスト用ポリメタクリル酸エステルの合成がミッションとなった。グループトランスファー重合(GTP)を用いてブロック共重合体を合成する場合、ファーストブロックとなるモノマーを重合させた後、セカンドブロックを構成するモノマーを系に添加するプロセスである。この場合、たとえ最初のモノマーが重合してポリマーが得られたとしても、セカンドモノマーがうまく導入されブロック共重合体が高収率でゲットできなければ結果は「nothing」である。
1997年1月に雪深いコーネルで留学生活をスタートさせ、最初のミッションが5月にほぼ終わり、上記合成に取り組み始めた。GTPは経験値がなく不安が頭をよぎったが、なんとかやってやろうという気概はあった。メタクリル酸テトラヒドロピラニル(THPMA)の市販品を購入し(当時のアメリカは電話社会であり、試薬の注文も電話でしなければならず、相当ストレスだったが)、減圧蒸留で精製し、さていざ重合してみるとなぜか変な色がついてちっとも重合が進まず、いきなり出鼻を挫かれ、面倒なのでモノマーを大スケールで合成することにした。そこが功を奏しTHPMAは重合するようになったのだが、セカンドブロックのメタクリル酸イソボルニル(IBMA)の重合(ブロック共重合)がうまくいかず、3週間ほどを費やした。
結局、モノマーをチョロチョロじゃなくてピッと加えるとか、触媒を追加するとか、サイエンスでは解決できないノウハウをひねり出し、nothing→allへ転換させることができた。その後、多種多様のブロック共重合体を合成したが、結構鼻歌交じりだったような気がする。なんでもそうかもしれないが、ものごと紙一重である。
GTP@Cornell
蛇足だが、あまりに高価な試薬を使っての実験というのも「朝から緊張」する。
上の環状オリゴマーの実験で重水素化に用いたp-トルエンスルホニルヒドラジドは重水素化ヒドラジンを原料として合成したのもそうだが、アメリカ生活最後のころ、重水素化メタクリル酸メチルをブロックとする共重合体の合成をしたとき、すでに「鼻歌交じり」のはずの実験だったが、一回10万円を超えるとさすがに手が震えた・・。でもこれは違う話ですね。
さて一般的にプロ野球の日本シリーズでは、all or nothingということは滅多にないわけであるが、2年連続nothingの辛さ・切なさを味わった同志とは、上記の話は共有できるのではないか、ということで昨年の秋から構想を暖めていた題材でした。
おまけ1(インドの数学オリンピックの問題を紹介します)
本から1枚の紙が破れています。残ったページ数の合計は15000です。破れた紙のページ番号たちは何ですか?A
leaf is torn from a paperback novel. The sum of the numbers on the remaining
pages is 15000. What are the page numbers on the torn leaf?
解答例
破れた1枚のページ数をxとx+1 (ただしxは奇数)
本のページ数をNとするとページの合計は
1+2+3+・・・・+=1/2N(N+1)
したがって、
1/2N(N+1)-(2x+1)=15000
ページ数の合計が15000あたりになるNにあたりをつける
N=172のとき
ページ数の合計は14878なので不適。またページ数はNに関して単調増加なので172以下はありえない
N=173のとき
ページ数の合計は15051で2x+1=51となり
x=25で奇数になり題意に合致する。
N=174のとき
ページ数の合計は15225で2x+1=225となりx=112で偶数のため不適。
N=175のとき
ページ数の合計は15400で2x+1=400となりxがページ数を超えるため不適(整数解もない)。
Nがこれ以上大きいときは、xはN=175の場合より大きくなるので、不適。
したがって25ページと26ページの一枚が破れていると考えられる(答)
おまけ2(夏以降のお気に入りキャンパス風景)