染物について
2000年4月以来20年間、いろいろな講義を担当してきたが、有機材料化学科3年生後期の「有機工業化学」はとても愛着のあるものの一つである。高分子科学(工業)の歴史を顧みても、基礎的なサイエンスとテクノロジーを両輪として発展してきたという背景があり、この両方をいっしょに話ができる科目を担当できるということに幸運を感じてきた(こちらの意気込みとは裏腹に学生さんの反応は今ひとつである。繊維の部分の補講的な位置づけで博物館の見学会も実施しているが、参加者も少なく・・・、基本PowerPointでのプレゼン中心に授業では気持ちが伝われなかったのかもしれない)。豊田昭徳先生の定年に伴い、2012年度の後学期から2019年まで8年間担当してきたが、昨年度からの学科改組に伴い、今年(2020年)が最後の授業となる。科目を作った当時から担当してきた有機材料化学演習II(物理化学系+機器分析)も最後ということで、あわせてこの雑文にて何回かに分けて思い入れのある部分を紹介していきたいと思う。
今回は、染色の話・・・。染料とか顔料の話をしているのだが、その一部で体験談とともに藍染を紹介してきた。2013年の夏、桐生で繊維学会夏季セミナーが実施されたとき、エクスカーションで藍染(絞り染め)の体験が元ネタである・・・。
青は藍より出でて藍より青し(青は藍を原料としながら藍より青い)と言われている通り、青の代表的ほぼ唯一の天然染料は藍である。藍由来の青色色素はインディゴ(indigo)と呼ばれる。藍植物の葉の中には,インディカン(indican;
indoxyl β-D-glucoside,インドキシル(indoxyl)にグルコースが結合したもの)という無色の物質が含まれており,葉が枯れたりする植物成分の分解ととも、葉に含まれている酵素(β
-グルコシダーゼ)が働き、グルコースがはずれてindoxylが生成する。indoxylは,速やかに空気酸化によってカップリングしてindigoになる。
実際のプロセスでは、藍の葉を乾燥させた後、蔵の中で寝かせ、ここに水を打って湿らせながら上下にひっくり返し、75 - 90日間発酵させたものを再び乾燥させることで、上記の反応が進行し、蒅(スクモ)と呼ぶ物質に変化する。ここで含まれているindigoは構造式からもわかるとおり、水に不溶であり(顔料である)、そのままでは「染料」として使うことができない(通常の染色は、水に溶けた染料を繊維にしみこませた後、なんらかの形式で繊維と結合させることで行う)。そのため、藍染は「建て染め」という方法により行われる。建て染めとは、水に溶けない化合物を、一度還元操作で水に溶ける形に変換し繊維に吸収させ、染色した繊維を空気中で酸化してもとの染料の色に戻すというやり方である。
スクモにアルカリ性の強い灰汁を加え、スクモについている還元のための菌のえさとなるお酒(またはフスマ)をさらに加えて加温し、25~30℃で2~4日発酵させる。この過程で水に不溶なインディゴは、還元菌によって、水溶性のロイコ体インディゴ(還元型のインディゴ)に変化する。還元菌は強アルカリを好むそうだが、発酵が進むにつれ、アルカリ性は落ちていくので、発酵の進行とともに、石灰やお酒を追加する必要がある。この発酵による還元反応は、時間もかかるし熟練が必要とされ、現在のジーンズ等の染色では還元剤(ハイドロサルファイトナトリウム、次亜硫酸ナトリウム、Na₂S₂O₄)が用いられるし、indigoも合成品が用いられる。
このように複雑なサイエンスを内包したテクノロジーを、確立した先人たちに対しては畏怖の念さえ抱く。一見すると配糖体であるindicanやindoxylは水に溶けそうで、「生葉染め」も可能そうに思えるが、綿などを構成するセルローズとの相性が悪く、たいへん手間暇がかかる建て染めが開発されてきたのだろう。
Baeyer-DrewsenによるIndigoの合成。ドイツの化学者アドルフ・フォン・バイヤー(Adolf
von Baeyer)(1905年ノーベル化学賞)によって開発された。1880年、o-ニトロベンズアルデヒドとアセトンに水酸化ナトリウム、水酸化バリウム、またはアンモニアの希薄溶液を加える方法によってその合成に成功し、3年後に構造を報告した。1897年にBASFによって工業的合成法が開発され、天然indigoの存在理由が希薄となり、ヨーロッパ向けのindigoを栽培していたインドなどの農家は大きな打撃を受けた。
下の写真は染色に使う「藍がめ」で、深さが1 m程度あるという。液面に泡が見られるがこれは発酵の過程で生成し、これ(藍の花)が観察できると染色が可能になるという目安があるという。
輪ゴムで縛って白く抜く、絞り染め。染めた直後は緑系の色だったが、下の写真のように空気で酸化し、インディゴ由来の青となる。その後、水洗して終わり。想定していた模様にならなかったが綺麗で、とても楽しい時間を過ごした・・・。授業ではこのあと、分子構造と色(電子遷移)に関して少し話をして復習をするという流れである・・・。
このように天然染料に染物は、先人の叡智と経験を基盤としているが、上のindigoの工業的製法で紹介したように、経済性という見地から一蹴されてしまう部分があり、今の季節は桜そして桃ということになるが、確かに「桜染め」、「桃染め」というのもある。下の写真は、昨年宮崎に行ったときに、購入した桜染めの麻でできた栞である(自分で染めてはいない)。
これを製造している「工房夢細工」のHPに桜染めの難しさが解説されている。桜の木の染料の中にはオレンジやベージュが多く含まれていて、ピンク色だけを取り出すことが技術的に難しいことによる。HPによると「・・花咲く前の蕾の付いた小枝を集め、約40日炊いたり冷ましたり。さらに約90日かけて熟成させ、桜の花びらのピンク色を染めていきます・・・」とあり、途方もないプロセスであることがわかる。
桜のピンクの元となるシアニジン, cyanidinの構造
話が変わって・・・
桜と言うと小さい頃は、「入学式の花」という認識だったが、気候変動の証左かどうかはわからないが、今はどちらかというと「卒業式の花」となった。小金井のキャンパスには染井吉野をはじめとして、枝垂桜、八重桜などたくさんの桜が植えられており(昔、繊維学部が小金井にできたとき、学生諸氏が授業時間に、先生の指示で植樹したらしい・・。いい時代だなー)、卒業・修了生の門出を祝福し、新入生を歓迎してくれる。今年に限って言うと、卒業生たちは何とか、桜の祝福を受けたが、新入生は残念ながらまだ、小金井キャンパスにさえ足を踏み入れている人は少ないと思う。気の毒である。世の中厳しい状況であるが、人間の社会とは無関係で季節は移ろい、欅の若葉も芽生え始めている。対面授業開始予定の6月1日には新緑に溢れたキャンパスで新入生、在校生、そして研究室のメンバーと対面もしくは再会できることを祈念するばかりである。
(2020年3月25日BASEアトリウムで行った授与式の後、BASE裏の桜の木の前で)
おまけ(太古の昔、取り組んだ公務員試験の問題です)
ある店でA~C3種類の品物を、Aを78個、Bを16個、Cを10個買ったら全部で1360円であった。後日、また買いにいたら、単価は前と同じであったが、500円以上買った客には、A4個またはC2個のいずれかをサービスとして付けていた。そこで、A~Cを680円分買ったら、サービス分を含めてAが19個、Bが8個、Cが17個であった。A、B及びCの単価の合計はいくらか。ただし、単価には1円未満の端数はないものとする。
1.60円 2.56円 3.50円 4.44円 5.40円
解答
A、B、Cの単価をそれぞれx円、y円、z円として単価の合計x+y+z=Sとする。
78x + 16y +10z = 1360 (1)
Aが4個サービスの場合は、
15x + 8y + 17z=680 (2)
Cが2個サービスの場合は、
19x + 8y + 15z=680 (3)
(1)と(2)の組み合わせ、(1)と(3)の組み合わせでyを消去すると、いずれの場合でも
Z =2x (4)
となる。(4)を(1)に代入すると、
49x + 8y =680 (5)
ここでyを消去すると
S=x + y +z=3x + y
25x +8S =680
ここでS=60のとき、x=8,
y=36, z=16となるが、その他の選択肢ではxは整数にならない。
(680-8S
は4の倍数なので、xも4の倍数でないといけないとかの条件からせめてもよい)
(2020.4.12)