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シャインマスカットに想う

 「名物に旨いもの無し」というが、すべての人の嗜好には合わないという意味と解釈していて、個人的には、その土地土地の名物を食することは旅情を楽しむための第一歩であると思っている。ここ数年を振り返ると、米沢の「芋煮」、宮崎の「冷や汁」、守山(クラブハリエ)の「バームクーヘン」、長浜の「鯖そうめん」、福井の「越前おろしそば」、瀋陽の「ぎょうざ」、ベトナムの「フォー」、タイの「お粥」などなど・・・、十分においしくいただいている。

 故郷の山梨(石和・甲府周辺)にも名物がたくさんある。甲州人として、お薦めの品は下記の通り・・・。

・桔梗屋・くりっ娘(桔梗屋というと信玄餅が有名だが、栗をパイ生地で挟んだ本品は圧倒的であるが、現在は販売していない幻の銘菓)
・ワイン@各ワイナリー(いまさらながら、県知事が「ワイン県」を宣言したらしいが)
・清月のイタリアンロール(地元では有名です)
・ほうとう・おざら(かぼちゃが嫌いな人には辛い。甲州人は基本、店では食べない。自宅でたくさん作って、次の日の朝、ご飯にのせて食べる。いわゆる炭水化物on炭水化物。桐生で食した「ひもかわうどん」と同類かもしれない)
・鳥モツ煮(ご存知、B級グルメの王様)
・馬刺し(熊本、長野とともに有名です)
・カツ丼(東京で食べるカツ丼は、甲府では「煮カツ丼」であり、どんぶりに装ったご飯の上に、キャベツとかトマトなどの野菜と揚げたてのとんかつを載せたもの。とんかつ定食をワンプレートにした感じ)
・果物(葡萄・桃など。実家は農家ではないが、家の周りでも、桑畑だったのが、葡萄、桃畑に変わっていくのを実感した。写真は最近流行のシャインマスカットである

   

 葡萄に関しては、それほど熱心というわけではなかったが、昨年、信州大学繊維学部@上田で行われて繊維学会基礎講座の名刺交換会で、フルーツの盛り合わせで供された「シャインマスカット」を食べ、葡萄観が変わった。「種がなく、甘い」こともさることながら、「皮ごと食べられる」ことが、物臭の自分にはたいへん意味があることであった。

 山田らの報文(果樹研究所研究報告、第7号、21-38、2008年)によると、

・安芸津21号(スチューベン×マスカットオブアレキサンドリア)と山梨発の白南(カッタクルガン×甲斐路)を掛け合わせて育種され、2006年に品種登録された
・成熟時の色は黄緑色で、粒は短楕円形。大きさは11〜12グラムと巨峰と同程度である。糖度は20度程度で高く、酸含量は0.3~0.4 g/100 mLと低く、甘い。ジベレリン処理により種無しで皮ごと食べることが可能

 というわけで、今回は少しだけ「ジベレリン」について・・・。

 ジベレリンは下図(最も汎用のGibberellineA3)のような構造をしており、この化合物の水溶液に葡萄の花の房を浸すことで種無しとなる。ジベレリン自体は伸長成長を促進する植物ホルモンで日本人により発見されている(農事試験場の黒沢栄一が、稲馬鹿苗病菌というカビが稲を徒長させる物質を作り出していることを発見(1926)。東京帝国大学教授の薮田貞治郎(1888〜1977)らはこの物質の単離・結晶化に成功し、この菌の学名Gibberella fujikuroiにちなんでジベレリン(Gibberellin)と命名(1938))。現在では発酵法にて生産されているようだ。

   

 ジベレリン処理では溶液をプラスチック製のカップにいれ一房ずつ浸していく(自分はやったことがない)。液が赤いことは知っていたが、これが食紅でわざと着色されていることは知らなかった。非常に手間がかかる作業で多くの人手を必要としている。今はこういうことがあるのか知らないが自分が子供のころ母親は、近所や親せきの農家のジベつけの手伝いによく駆り出され、手を真っ赤にして帰ってきた。そんな地域のコミュニティーって今はどうなっているのだろうか。
 
 山梨県果樹試験場 栽培部生食ブドウ栽培科の宇土幸伸氏の報告(農薬農薬時代 第198号、46-50、2017年)によると、シャインマスカットでは下記の要領で2回の処理が施される(デラウェアも同様)。
 1回目ジベレリン処理は、無核化(種無し)を目的に処理を行う。処理時期は、満開時〜満開3日後で、すべての花蕾が咲き、花冠が飛んですぐの状態が適期となる。ホルクロルフェニュロンを併用すると、同時に果粒肥大促進の効果も見られるとのことで、山梨ではジベレリン25 ppmにホルクロルフェニュロン5ppmを加用して処理するようだ。「シャインマスカット」は、ジベレリン処理だけでは完全無核化が難しく、年によっては有核果混入が問題となることがある。よって、無核化の補助剤として、ストレプトマイシン200 ppm液剤を満開予定日の2週間前から開花始め期の間に散布する。
 2回目処理は、果粒肥大を目的に行う。処理時期は、満開10 〜15日後である。処理を遅らせても、果粒肥大促進効果はほとんど変わらない。処理濃度は25ppmで行っている。ホルクロルフェニュロン(下図)を併用すると、果粒肥大に効果が高いが、糖蓄積の遅延が認められるので、食味が低下する可能性がある、とのことである。

   

 さてジベレリンは発酵法で合成、生産されているようだが、全合成については東京大学名誉教授の森謙治先生によって初めて行われた(9年かかったという)(例えば、K. Mori et al., Proc. Japan Acad., 44, 717-720 (1968))。有機化学を学ぶものにとって、とても教育的ではあるが、全合成に関しては一般人には無理・・・。こんな合成スキームを見ると、「自分たちは合成系の研究室で・・・」とか「自分は合成屋で・・・」なんていうのは、ちょっと気が引ける。




おまけ(化学の問題)
仙台名物牛タン弁当は、紐を引っ張るとホカホカ弁当に変身する。この発熱に関係している反応はつきのうちどれか?

   

解答例 a)
a) ΔH=-63.7 kJ/molの発熱反応であり、この反応でお弁当はホカホカになる。
b)では、ΔH=-1612 kJ/molで使い捨てカイロの反応である。
c)では、尿素の溶解熱は+15.4 kJ/molの吸熱反応で、水に溶けるとき温度が下がる。

(2019.9.2))