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二酸化炭素について②

 先日、思い入れのある気体ということで二酸化炭素について紹介した。前回は主として状態図から超臨界の話などを書いたが、今回はもう少し、階層を下げて分子レベルでのお話。
 1985年4月、工学部反応化学科の松為宏幸先生の研究室にお世話になることになり、テーマとして「PASによるSiH4の振動緩和に関する研究」(PASとはphotoacoustic spectroscopy;光音響分光法のことで、SiH4ガスをパルス光で振動励起した後、分子の並進運動への緩和により、閉じた系内の圧力が上昇(温度が上がる)するのをマイクロフォンで検出し、その時間プロファイルから振動緩和の時定数を決めるという研究)をやらせていただくことになった。振動励起に使うパルス光としてCO2レーザーを使ったということもあり、当時はそこそこ勉強したと記憶しているが、農工大に来てからは、疎遠になってしまった。

 N個の原子からなる分子の振動モード数は、直線分子の場合、3N-5であり、非直線分子の場合は3N-6である。N個の原子の位置を決めるのにそれぞれ3(x, y, z3Nの自由度があるが、並進運動の自由度が3、回転の自由度が、直線分子だと2、非直線分子だと3となる(直線分子の場合、分子軸で回転しても、原子の位置が変わらないので)。CO2は直線分子であり、振動運動に残された自由度は4であり,それだけの数の振動モード(基準振動)が存在する(変角振動は縮重、下図参照)。
  

 さて、電磁波が物質と相互作用するとき起こる基本的過程は3つある。
1)自然放出
 ある化学種(原子とか分子)のエネルギー状態あるいはエネルギー準位E1E2を考える(E1<E2)。今、化学種がエネルギー準位2にあったとすると、化学種は周波数νの電磁波(光)を放出して化学種は下の準位に落ちる。この自発的(spontaneous)な光の放出過程を自然放出(spontaneous emission)と言う。自然放出光はランダムな偏光と位相をもつためレーザーにおいては雑音となる。周波数νは次のように表される。
  

ここで、hはプランクの定数であり、hνは放出される1光子(photon)のエネルギーである。準位2にある化学種数密度をN2(個/単位体積)とすると、自然放出で準位1に遷移する時間的変化は次のように表される。

  

ここで、τsp(1A)は自然放出の時定数で自然放出遷移確率あるいはアインシュタイン係数といわれるAの逆数である。

2)誘導放出
 化学種が準位2にあった場合に、2つの準位のエネルギー差に相当する周波数νが入射してくると準位2にいる化学種は、その光の作用で強制的に下の準位1に落とされる。その遷移に伴い周波数νの光が放出される。このプロセスは誘導放出(stimulated emission)と言われ、その時間的変化は次式で表される。

  

ここで、W21は誘導遷移確率といわれ、誘導放出断面積σ21と、入射波の光強度Iを用いて下のように表される。
 
     
 したがって誘導放出の遷移速度は、-σ21IN2となり、入射光強度Iと準位2の占有原子数密度N2の積に比例する。自然放出で放出される光は、位相も方向も不規則であるが誘導放出光は入射光と同位相で同方向に放出される。この誘導放出のプロセスはレーザー発振にとって、たいへん重要なものとなる。
3)吸収
この反対の過程(光と相互作用し、化学種が準位1から準位2に励起すること)が吸収であり、遷移の速度は誘導放出の式に類似した下式となる。
   
ここでN2は準位1の占有化学種数密度、W12は吸収の遷移確率である。
遷移確率W12は、誘導放出の場合と同様に吸収断面積σ12と入射光強度Iを用いて次のように表される。
  
 アインシュタインによれば、吸収遷移確率と誘導放出遷移確率は等しいこと(W12W21)が、証明されているので、吸収断面積と誘導放出断面積は等しいといえる。

  

4)レーザー発振
 吸収と誘導放出の断面積が等しいことから、z方向に伝播する光の強度変化は放出と吸収の差から次式のように求められる。
 この式からN2>N1のとき、dI/dz>0でこの媒質は増幅器として働き、N2<N1ならばdI/dz<0で、光の吸収体となる。熱平衡状態ではそれぞれの占有数の比はボルツマン分布に従い、低いエネルギー準位の占有数が多くなり吸収体となる。ところが何らかの理由からN2>N1の状況を作り出せれば、物質は増幅器として働く。これがレーザーにおける誘導放出による光増幅の原理である。
 N2>N1の状態を反転分布状態(population inversion)といい、媒質はレーザー増幅器となる。

 
   

 
利得係数を

とおくと、


が得られる。
 熱平衡状態では反転分布は実現できないことがわかったが,化学種の種類と周りの環境によっては特定のエネルギー準位の寿命が比較的長い場合 (準安定状態)があり、これを利用して一時的に反転分布を作ることができる。例えば、左上に示すようなエネルギー準位を考える(3準位レーザー)。基底状態①から寿命の短いエネルギーバンド③(準位③は幅の広いポンピング帯)に励起 (ポンピング)すると、速やかに準安定状態のエネルギー準位②に非放射遷移すると仮定する。準位②が準安定であればそこでの化学種数が増える.強力なポンピングにより①にある化学種数より②にある数を増やすこともでき、このような状態で②→①の遷移を利用すれば誘導放射によってレーザー発振ができる。ただし、この場合は、基底状態の半数以上を励起しないとN1>N0とはならないため、強力なポンピングを必要とする。下の図にレーザー発振の過程を示す。ルビーレーザーなど。
 右上に4準位レーザーのエネルギー準位の概念図を示すが,①から④までの4つのエネルギー準位が重要となる。基底状態①から④にポンピングされ、これが準安定状態の③に遷移する。この場合は③の下に寿命の短い②のエネルギー準位があり、②に遷移した化学種は速やかに基底状態に戻るのでN3>N2として、反転分布となる.この場合は、大部分の化学種が基底状態にあってもよく,3準位レーザーに比べてポンピングが楽である。実用的なレーザーの多くは基本的にこのポンピング原理によっている。

  


CO2レーザーの媒質は気体である。炭酸ガス(CO2)を主体(10-20%)にした(N2)(10-20%)とヘリウム(He)(残り)の混合ガスをパイレックスガラス内に封入して放電することでポンピングすることになる。
  
 CO2N2分子の電子基底状態の振動エネルギー準位を下図に示す。
CO2の分子振動モードは上に示したように対称伸縮(ν1)変角振動(ν2)逆対称伸縮(ν3)の3つがあり、逆対称伸縮が一番エネルギーが高く、対称伸縮、変角の順になる(変角振動は縮重している)。混合ガス中で放電をするとまず、寿命の長い励起状態の窒素が増える。この窒素とCO2が衝突によりエネルギー移動が起きる(エネルギー準位が近い)。その結果、CO2の下の準位との間に反転分布が達成されることになる(上準位の寿命は1 ms 程度、下準位の寿命はその1/100 程度と小さく、容易に反転分布を起こす)。大きな振動エネルギーを持った(熱い)状態の窒素分子やCO2は、冷たいヘリウム原子などとの衝突によって基底状態へと遷移し冷やされる。

  


 これまで書いてきたことはレーザー発振の第一歩であり、まだまだストーリーは続くが話が
CO2と離れるため、別な機会に・・。

 CO2
レーザーの電気エネルギーから光出力エネルギーへの変換効率は10  30%に及び、気体レーザーの中でも飛びぬけて高い。出力は、連続波出力がミリワット(mW) 単位のものから百キロワット (kW) 単位まで構築可能であり、回転式ミラー(卒論ではこれを使った)や電気光学スイッチを使ったQスイッチでは、その場合のピーク出力はギガワット単位になる。工業的にも加工用として切断や穿孔、溶接に使われる。

 ドラマ「ガリレオ」の中で、唐沢寿明さん扮する犯人が使っていたのがCO2レーザーである(物騒である)。CO2レーザーから発振される光は赤外光であるため目に見えないので、ドラマの中では、その光路の調整に赤色のHe-Neレーザー(フォトリフラクティブ測定では、お世話になっている)を用いている。
 ちなみに研究室にあったCO2レーザーは先輩たちが作り上げてきたホームメイドであり、毎日の動作には細かいチューニングを必要としていた。光路に紙をかざし、それが焦げて煙がでるのを見て、レーザー発振(うまく共振していること)を確かめたものだ。なんでもそうだけど、どんな些細なことでも、それがうまく行くのは嬉しいもので、それがないとメンタル的に実験を続けていくのは相当辛い。

 今回は「記憶の記録」のような文章になってしまった・・・
 
おまけ (本文(漢字の間違いを修正しました7/8)がマニアックなので、今回は写真で。神奈川県の「黒崎の鼻」と呼ばれているところです。2015年4月にブラっと出かけたときに撮影したものです。最寄駅は三崎口だと思いますが、アクセスは相当難しいです。人造物がほとんどなく綺麗な海が満喫できます)


磯磯です


水は澄んでいます


陸側には斜面が迫ります


遠くに見える高台が先っぽです

(2019.7.7)