ひっそりと液体ヘリウムが値上げ
今年の1月から液体ヘリウム(He)の値段が25%程度上った。液体Heは有機の人々が大好きな核磁気共鳴装置(NMR)の稼働に不可欠なアイテムということもあって、「それならいらないです」とは言えず、困ったことである。
図:右側のタンク状の装置の中心部に超伝導磁石があり、コイルの線材のニオブチタン(NbTi)の転移温度は10 K(-263 ℃)でその低温を実現するのに4.2
Kの液体ヘリウムの登場ということになる。その周りを液体窒素(77 K)で冷却する。実際には2ヶ月に一回ぐらいのペースで液体Heを補充してやる必要がある。液面が下がってコイルが顔を出すとまさに超伝導が破られ、コイルは発熱し猛烈な勢いでヘリウムの蒸発が始まる(クエンチ)。大きな地震や液体He充填時に液面が揺れ同じことがあるので、注意が必要である。30年以上NMRとつきあっているが、一度だけHe充填時にクエンチさせたことがある(泣きの涙だが・・)。
そもそもHeが地下資源であること自体が、世間からはなかなか理解できないだろう。質量数4のHeの存在量は宇宙では水素について2番目なのだが、宇宙にいってとってくるわけにはいかないので大変である。原油と同じで大事に使わないといけない。
前回の危機(2012年)では、Heを含んだ米国のガス田(日本は100%輸入で当時は9割を超えるHeが米国産)からの生産の減少が主因(ヘリウムを含まないシェールガスへのシフト)だったが、あまりの供給不足で光ファイバーや半導体(製造時の不活性環境の提供と高い熱伝導性のためにヘリウムを使う)など工場が稼働をストップするとか、NMRが新規に装置が立ち上がらない(立ち上げ時に大量の液体Heが必要)等かなり大きな問題になったが、ニュースとしては2012年暮れの「東京ディズニーランドのバルーンが販売中止になった」ことのほうが大きかった。ヘリウム価格が2000年初めと比較して2倍程度になったことから、農工大のNMRの運営でも利用料の値上げで対応させていただいた。
Heの採取で採算レベルに達するガス田は、米国、アルジェリア、カタール、ロシア、ポーランドに限られていて(日本にはない)、カタールの設備が本格的に稼働することで危機を逃れたとの説明であった。Heはあくまでも天然ガスの副産物で、下がり続けている米国の生産量が上向きになる期待はほぼない状況である(わざわざヘリウムをゲットして、商売しようという人が余りいないということ)。
2017年にはカタールの政情不安(サウジアラビアなどの中東諸国による経済制裁)があり、その影響が心配されたが、昨年末の日経の記事によると今回の値上げは中国の半導体の国産化の影響で中国を始めとしたアジア諸国の需要の拡大が原因のようだ。
さてHeの四方山話をいくつか紹介します。
・昔若干流行った「ドナルドダックボイス」はHe中の音速が970 m/sとなることで声が変わる。声は声帯の振動を口や鼻の空洞部分(声道)で共鳴させることにより生じるが、声道の長さが同じ(音の波長同じ)だとすると、音速が3倍になると周波数も3倍になる(c = λx f)(2倍で1オクターブ上がります)。
・熱伝導率が高いことを利用してガスクロマトグラフィー(GC)のキャリアガスとしても利用される(0℃で比較すると空気が0.0241 W/mK、Heが0.1442 W/mKで6倍程度。気体の熱伝導には圧力依存性は少ない。圧力が減ると衝突頻度は下がるが、平均自由行程が大きくなるため)
・He-4の状態図を下に示す。アトキンスのテキストにも出ているが、液体He-4(He-I)を飽和蒸気圧曲線にそって減圧冷却(蒸気を真空ポンプで減圧)することで超流動体(He-II)となる。転移温度では比熱が著しく大きくなる(λ転移)。超流動体では粘性がなくなり、熱伝導度が著しく大きくなる(気体ー液体の共存線での沸騰現象が見られなくなる。媒体全体の温度の揺らぎがなくなるからである)。このように液-液境界線を持つ唯一の物質である(アトキンスによる)。相図からもわかる通り、低圧域では液体Heはいくら冷却できたとしても固体にはならず、圧力をかけてやっと固体になる。相図からもわかる通り、低温側では固液の境界線における圧力の温度依存性は小さい。。
図. ヘリウムの低温域の状態図
・ガスの液化については、このページが詳しいが、水素が1898年にJames Dewar(デュワー瓶の発明者)により液化され、1908年にHeike Kamerlin Onnesにより永久気体と呼ばれたHeが初めて液化された。液体水素の沸点が20.4 K なので上の状態図からもわかる通り、ヘリウムの臨界点より高いので大気下の液体水素で冷やして、いくら圧力をかけてもHe液化はしない(今だから軽くこういうことが言えるが、OnnesはHeの体積と圧力を精密に測定し、van der Waals式から臨界温度を予測することから始めている。減圧排気することで冷却した液体水素を冷媒に用いて、HeのJoule–Thomson効果を利用してさらに冷却することで、液化に成功している。
Joule-Thomson効果とかそのあたりは、近日公開予定のCO2の話のときに詳細に触れたいと思います(研究室で液化CO2からドライアイスを作っているので・・・)。
いずれにしても、NMRの利用料、少し上げないときついかもしれないです。
おまけ; pを5以上の素数とするとき、p2-1は24で割り切れることを証明して下さい。。
解答例)
pは5以上の素数であるから、奇数である。したがってp=2m+1とかける(mは2以上の自然数)。
p2-1=(p+1)(p-1)=(2m+2)x2m=4(m+1)m
mとm+1はどちらかは偶数なので、p2-1は8の倍数である。
また、連続する3つの数、p-1, p, p+1のどれかは3の倍数だが、pは素数で3の倍数ではないのでp-1, p+1のどちらかが3の倍数である。したがってp2-1は3の倍数である。
以上のことからp2-1は24の倍数となる(8と3は互いに素なので)。
(2019.2.3)