情報発信の重要性(その1、プレゼンテーションについて)
以前にも書いた通り、研究の進捗・発展は学生諸氏の「強制されない努力」により、大部分が支えられていて、それを自分も含めた研究室全体で応援・サポートするスタイルが、少なくとも私の主宰する研究室の基本である。そこから産み出される「何かが面白い(全部でなくてもよい)研究結果」を「情報」として世界に向けて発信することは、大学のような公的資金で活動が支えられている研究者(学生さんも含まれると考えます)の義務である(そんなことを考えて日々の生活を送っているわけではないが、大義としてはそうなります)。「情報の発信」は「論文」を書くことで、ほぼ完結するが、そこに至るまでは「学内や国内学会での発表」、「国際学会での発表」、「論文発表」という流れになるのが一般的である(これらに関わる様々なスキルを身に付けて、社会にでていくことで損をすることは、一つもないと思ってはいます・・)。
今回は、最初の部分に相当する「学会等での発表、プレゼンテーション」に纏わる思いの丈を(荻野研の学生さん、限定ということで・・・)。
2015年7月、小倉で開催された「繊維学会夏季セミナー」で九州大学名誉教授の國武豊喜先生の講演を拝聴し、先生の学生時代には、学会発表のスタイルは「模造紙」を黒板に張り付けてプレゼン資料を聴衆に見せる、というものだったというお話をいただいた。昨今の学会では、さすがにこのスタイルはないと思うが、各種のプレゼンに今でも採用されているようです。
私にとっての最初の学会発表は1988年1月(24歳の時なので、昨今の学生さんに比べるとデビューが遅い)で、そのデビュー戦が虎の門の石垣記念ホールという結構大きな会場で開催された学会だった(高分子ゲル研究会)。当時はOHP(オーバーヘッドプロジェクター、透明なプラスチックシートに書いた資料に下から光をあててスクリーンに投影する)を利用するのが主流であり、会場の大きさに合せてスクリーンの大きさを違ってくる。大きな会場(石垣記念ホールのような)では数メーターもあるような大きなスクリーンが設置されていた。投影された絵の一部を示しながら話をする場合、スクリーンが小さい場合では、スクリーンを指し棒で指しながら、スクリーンが大きくなるとOHPシートを小さな指し棒で指しながらというのが一般的だった(レーザーポインターのような気の利いたものはなかったので・・・)。あがり症の人(自分のことです)が後者のシチュエーションに置かれたとき、小刻みに震えるOHP上の指し棒が、大きく拡大されて、スクリーンに投影されることになる・・・・。当時の学会は、「重鎮」と呼ばれている大先生たちが最前列に陣取っているのが普通で、若干のピリピリ感があり、さらに状況は悪い方向に進んだ・・・。
写真:当時、グラフとかを作るためのお絵かきグッズ。グラフ用紙に下絵を描いてそれをトレーシングペーパーに写し取るという作業になった。ステッドラー(STAEDTLER)のペンは線を引く速度が少し変わっても太さが一定になるという優れもの(たまにしか使わないので、だいたいインクが固まっていて、超音波で復活させるところから作業が開始となった)、〇、□とかを書くテンプレートにビニールテープが貼ってあるのは、壊れているからではなく、インクが滲まないようにギャップを出すため。
もともとあがり症(≒対人恐怖症)であるし、「人前で話をする」こと自体、初等中等教育でトレーニングされることはなく、これまでに場数だけは踏んだが、未だにプレゼン(授業も)が得意とはとても言えない。そんな自分だが、学会等でのプレゼンに関して学んできた点、注意している点をいくつか挙げてみる(個人的な見解も多いので、よい子は真似する必要はありません。参考程度に)。
〇準備
・学会発表のエントリー時に結果を持っているか、これから頑張る見込みかは、意見が分かれるが、個人的には、エントリー時に結果がなくてもよいというスタンスであった。学会に向けてモチベーションをあげよう、ということ。
・ぎりぎりまで実験をする(往生際の悪さ、東京で学会がある場合は、通常徹夜・・。このデータは今朝とりましたというとタマにうけた。マネしないで下さい)
・会場が海外とか遠方の場合は、往路は必ずプレゼンの準備(同上)。
・一枚のスライドに起承転結を含め、結論は一つ。
・基本は書いたことを全部喋る(グラフの軸とかの説明も)。喋らないことは書かない。
(Ober研にいた当時、自分のやっていた実験でプレゼン資料を作ってくれとOber先生に頼まれて、作ってみると・・・、枚数が3倍になって返ってきた・・。要は一枚にぐちゃぐちゃと書き過ぎだと言われたわけだが。ここは意見が分かれるところで、個人的には空白がないスライドが好きです。この辺りの形式的なところは個性を尊重すべきかと思うので、「発表練習」とかではあまりいじりたくないところです)。
・強調すべき点と苦労した点は違う(心情的にはとても理解できるが、これは気をつけないといけない)。
・いろいろとしゃべることがあったとしたら(贅沢な悩み・・・)、広く浅くより、狭く深くのほうが、いい研究をしているふうに見える。
・次の「論文執筆」を想定してストーリーを決める。これまでの結果の纏め(綺麗な図をつくるとか、考察するとか)と足りない部分の洗いだしをする。
〇発表
・ここに関しては準備がすべて、やはり自分の言葉で魂を込めてしゃべると説得力がある。
・服装はきっちりとする(聴いていただくという態度で、夏でもネクタイ、上着が正しい姿だと思います)。
・あがり症の人は、手のひらに『人』と3回書いて飲みこむ。
・レーザーポインターをグルグル回さない。
〇質疑応答
・質問は最後まで聞く。早押しクイズではないので・・・
(ここはフォーマルなコミュニケーションの基本で、人の話に被せてしゃべってはいけないということ)
・わからない場合は、「ここがわからない」、「こういうことでしょうか」と確認する。
(英語圏のアカデミックの人たちは、日本人の英語が芳しくないことをよく知っている場合が多いが、それでも質問が聞き取れず「もう一回お願いします」的ことをお願いすると、街中のマクドナルドの店員さんと同じで、速さは変えず、声が大きくなるのが普通である)
・質問の理解が完全かどうか、自分に問う(数秒で反芻して・・・)
・答える前に、自分がこれから答えようとしていることを整理する(適当なことを答えない。数秒間で、本当に質問の答えになっているか、ロジックが正しいかを判断)。
・Yes or Noの質問など特にそうだが、結論はなるべく早い時期にしゃべる。
(いずれにしても何かをしゃべる前には一呼吸おいて慎重にということでしょうか。これとは別ですが、発言の波及効果などを考えなければいけないこともあると思いますので・・・、ちょっと待てよというのは重要だろう。「言うは易く行うは難し」ですが・・・)。
ゴチャゴチャと書いたが、「準備」の段階でサイエンスをしっかり確認する作業が一番重要で、大学を出発するときには、学会発表のミッションの90%ぐらいは終了している感じが理想かなと思う。
今日のおまけ
問)9月30日のおまけで紹介したAからBへの最短距離の場合の数の問題だが、実際には最短距離のルートは数学的に求めた数にはならないことが多い。なぜだろうか?
解答)道路には有限の幅があるので、一般的には曲がる回数が多いほど近道となる(道路の幅がわからないとなんとも言えない)
追記)先日の記事で特殊な言葉を紹介したが、追加の言葉を各位からサジェストされました。
「エキチ」→液体窒素
「ペーハー、オーハー」→pH、-OH (ひょっとしたら死語かもしれない)
「エヌマー」→NMRのこと(周辺では聞いたことがないが、世間では使われているもの)
「サチる」→saturation (飽和)すること、していること(例:このピーク、サチってるね)
「宇宙にいく」→ピークが振り切れること(自分しか使わない死語)
(またよろしくお願いします)
(2018.10.28)