五角形に思いを馳せる
今と私が大学生だった時代を比べると、一番違うのが電話を含めたIT(PC)関係の環境であることは間違いない(次がタバコを取り巻く環境だろうと個人的には思っています・・・)。昭和から平成の時代となり、アナログからデジタルへのパラダイムシフトをリアルタイムで経験してきた私(たち)だが、一番難儀したのが、「紙ベースの思考回路からの脱却」だったかもしれない。要するにPCの画面を見ても「思考停止状態」のままであり、思考系の作業が進まないのである。例えば、「論文作成」の場合、まずはノートに鉛筆で下書きをする→ちょっとした推敲作業→PCに打ち込む→印刷→推敲作業→PCで直す・・という作業を繰り返して、論文等ができあがっていく(あくまでも個人的な話です)。学生さんの予稿原稿でも、紙ベースで「赤を入れる」作業をした(学生諸氏は自分の悪筆に苦労したことだろう。そんな私だが助手のころは佐藤先生の「直し」を解読するのが得意だった)。さすがに最近では「ペーパーレス化」がずいぶんと進んできたような気がする。学生さんから原稿がメールで送られてきて、それを直しメールで送り返すことになり合理的といえば合理的である(昔の「赤を入れる」作業とは若干性質が変わっているような気がするが・・・)。
基本的に変われない世代ということがあるかもしれないが、昔の「アナログ」時代に思いを馳せることがある。
中学校のころ、技術・家庭科という授業があったが、当時は男女別のカリキュラムだった。男子が技術を学んでいるとき、女子は家庭科の勉強をするという按配である(今だったら大変なことになるだろう)。男女共修となったのは1989年である(高等学校では、自分の時代は女子のみが家庭科が必修で、男子はその時間、体育でしごかれていた・・)。内容についても随分と変わってきていて、私たちは「製図」、「木工」、「金工」、「機械」、「電気」、「栽培」を学んだが、今では時代の流れでコンピュータとか情報とかの要素が入ってくるようだ。それぞれの項目について結構長い時間取り組み、木工用の工作機械を併用して椅子を作ったり、金属の研磨やネジの切り方を学びつつ、めっきを施したハンマーを作ったり、簡単なエッチング法やはんだ付けにより電気回路を作ったりした。「栽培」では卒業記念にということで、「菊」を一人一鉢栽培した。アナログな「もの創り」はやはり楽しく、大学での研究でも、家庭でも少しは役に立っているような気がします。
前置きが長くなったが、「製図」の項目の中で、印象に残っているのが、コンパスと定規を使っての正五角形を書く課題である(定規とは直線を引くため道具である)。下の図はそれを再現したものである(特別なソフトがなくてもPCで一発だが・・・)。
(1)線分AB(長さa)の垂直二等分線を引き、垂直二等分線の長さがaとなるように点Pを定める
(2)半直線APを引き、PQの長さがABの半分(a/2)になるように点Qを定める(AQが対角線の長さ)
(3)Aを中心に半径AQの円を描き、垂直二等分線との交点をDとする
(4)Dを中心に半径aの円を描き、A,Bを中心とした円との交点をそれぞれE、C とする
当時はなぜかについて考えようともしなかったが、ようは正五角形の対角線の長さを決め、頂点DがABの垂直二等分線上にあることを利用している。対角線の長さだが、下の図で説明できる。
三角形ADEは二等辺三角形であり∠AEDは108°なので∠EAD=∠EDA=36°である。従って∠DAB=∠DBA=72°で∠ADB=36°となる。∠DBAの二等分線を引き、線分ADとの交点をFとする。
三角形ABDと三角形ABFは相似であり、AD:AB=AB:AFなのでAB2=AD x AF が成り立つ。ここでAB = AE = aとAF=AD-DF=AD-aを代入しAD=xとすると,a2=x(x-a)→ x2-ax-a2=0
∴x=a(√5+1)/2となり、作図の結果と同様であることがわかる。
正五角形だが箸袋(平行な帯状のもの)を緩みなく一回結んでもできますね(理由は考えてみて下さい)。
無理やり「化学」の話にすると「5」は「6」と並んで「マジックナンバー」であり、環を巻く反応でよく出てくる数字である。例えば、私の好きな溶媒、堂々第1位のテトラヒドロフラン(平面五角形ではないが)だが、工業的には1,4-ブタンジオールの酸触媒による脱水閉環反応で製造される。高等学校の教科書にも出ているエタノールからジエチルエーテルを作る反応と同じで、水酸基にプロトンが付加して、脱離能を高める形式の求核置換反応だが、生成物が五員環(五角形)ということがあって、分子内で反応が起こりやすくなることを利用している。
フラン、ピロール、チオフェンなどの複素環はほぼ平面五角形(正五角形ではない)であるが、フランの共鳴エネルギーは低く(酸素の結合に関与しない電子が、π共役系に参加しづらい状況。ジエンとして適当な親ジエン試薬(アルケンなど)とDiels-Alder反応が進行する)、π共役系の高分子というとポリピロールとポリチオフェンが基本である。
「正五角形」というとフラーレンC60(サッカーボール、ハンドボールも)は正五角形(五員環)(12個)と正六角形(六員環)(20個)で構成されている。フラーレンには炭素数が70,
74, 76, 78等のものが単離されているが、構成する環の員数が増えることはなく、六角形の数のみが増えていく(かつ五員環は隣り合うことはない)。このことはEulerの多面体定理で説明される(頂点の数+面の数―辺の数=2という単純かつ美しい式)。五員環の数をm、六員環の数をnとする。各頂点には3つの辺が集まり(角度から考えて4つ以上集まることはない)、辺が2つの面で共有されている。そのため、頂点の数、面の数、辺の数をmとnで表すと、それぞれ(5m+6n)/3、m+n、(5m+6n)/2となる。Eulerの定理の式に当てはめてみると、(5m+6n)/3
+ m+n - (5m+6n)/2 = 2 → m/6 = 2 → m=12となる。
思いつくままにいろいろと書いたが、「下書き」はしていません(笑)。「平成」も終わろうとしていて、これからどんな時代がやってくるのだろうか。昭和40年代、「明治は遠くになりにけり」というフレーズが流行ったらしいが、新しい時代になり「昭和も遠くになりにけり」といわれることに、きっとなるだろう。
今日のおまけ(図形系で2つ)
問1)正方形の辺の中点と各頂点を結んでできる内部の正方形の面積は元の正方形の面積の何分の1になるか?
問2 下の図から三角関数の和の公式を導け。
解答例
問1
図のように、切り貼りすると小さい正方形が5つでき、大きな正方形の面積に等しい。。5分の1(答え)
問2
研究室の某林さんが、高校生のときに感動したので、ネタにしてくれといって教えてくれたものです。一つの絵でtanを含めてすべての和と差の公式が視覚的に明らかになります。ただ、α、βが鈍角のときは、厳密には別途考えないといけないですね。
差の公式の場合は、αとβを下図のように設定すればよい。
(参考):秋山ら訳、証明の展覧会II,東海大学出版会)
(2018.10.7)