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化学発光について

先週末、ヒガコのお祭りがあったが、子供たちは今も昔も光るブレスレットが大好きなようです。
 「化学だいすきクラブ」で実験教室などをしていても、視覚に訴える実験は子供たちには魅力的ですよね。全く関係の無い話だが、結婚披露宴等でも昭和な感じのキャンドルサービスに変わって、各テーブルに置かれている円柱状の透明容器に、新郎新婦が謎の液体を注ぐと発光を始めるような演出を何回か観たことがある。

 シュウ酸エステルを用いた場合、推定されている機構は以下のとおりである。過酸化水素による求核攻撃により生成するモノペルオキシ酸は括弧内の高活性な中間体となる。過酸化水素の濃度が高い場合は、モノペルオキシ酸はさらに過酸化水素の攻撃を受け、ジペルオキシシュウ酸を経由してから高活性な中間体になる(この段階の寄与は少ないともいわれる)。

          

参考)Chemiluminescence from concerted peroxide decomposition reactions
Michael M. Rauhut, Accounts of Chemical Research 1969 2 (3), 80-87

 こうして生成した高エネルギー状態の中間体は蛍光色素が共存していると、速やかに分解し低エネルギーの二酸化炭素(+ROH)になる。分解により放出されるエネルギーによって色素が励起状態となる。そしてそれらが基底状態に戻るときに蛍光を発するという機構である。電荷移動による錯体形成を伴う機構が提案されている(下図。この場合蛍光色素はジフェニルアントラセンで溶液中の蛍光の量子収率は100%に近く、蛍光の色は青である。蛍光色素は欲しい色に合わせて、選択され混合されると思われる)。

 
 

(9,10-ジフェニルアントラセンは、昔合成したことがあります。アントラキノンにphenyl Grignardを反応させ、ジオールとした後、次亜リン酸ナトリウム(sodium hypophosphite or sodium phosphinate, NaPO2H2)とヨウ化カリウムの混合物で還元し、アントラセンに変換する。反応は酢酸などの極性溶媒中で行われるが、立体異性体の混合物で低結晶性のジオール体は最初溶解しているが、反応の進行とともに蛍光性の生成物が相分離(結晶化)してくる。いい反応です。)

      

第一段階の過酸化水素の求核攻撃を受けやすさという意味で、下記のような電子吸引的な置換基がついた芳香族エステル(いわゆる活性エステル)において発光が観察され、一方エチルやtert-ブチルエステルなどのアルキルエステルや無置換フェニル、メトキシフェニル基のような芳香族エステルでは発光は観察されない。2,4-ニトロ体では無触媒で反応するが、2,4,6-トリクロロ体では触媒(サリチル酸ナトリウムのような弱塩基)が必要となる。

     

 市販されているスティックなどでは、溶剤としてはフタル酸ジブチルやtert-ブタノールなどが用いられているようで、過酸化水素の濃度は3-5%程度のようだ。フタル酸エステルは可塑剤として軟質塩ビに含まれているように、蒸気圧が低く、臭いも少ない溶媒である。

 一連の反応は大変複雑だが、単純化して、シュウ酸エステルを出発原料A、四員環中間体をB、最終生成物である二酸化炭素をCとし、それぞれの反応速度定数k1k2で定義される逐次反応(下参照)とみなすことができる。

       


先人の偉業(J. Luminescence 2010, 130, 748, JOC, 1989, 54, 3606など)によると通常k1/k2の値は10〜100程度とk1のほうが大きいとのことなので、中間体が一気にできて、じわじわと発光物質を励起しながら二酸化炭素へ分解していくというイメージである。
 上の逐次反応は「反応速度論」の最初のほうに出てくる演習問題である(3年生後期の授業で紹介しています)。

Aについては簡単に解けて、初期値を[A]0とすると



Bについては



一般に


の解は、



となる(線形微分方程式。解法はテキスト等参照、非常にテクニカルですよね。こういうのをどうやって思いつくのか数学のG先生に伺ったことがあるが、特にやり方があるわけでなく、トライ&エラーで探すみたいなことをおっしゃっていたが・・・。いつかは数学の気持ちが少しはわかりたいものです)。k1>k2 なので(等しい場合は違った形になります)



Cについては以下のように求まる。


この変化を図で表すと下記の通りとなる(便宜的にk1=0.1、k2=0.01、[A]0=100(それぞれ任意単位とした)。中間体が初期に急速に生成し、少しずつ分解していくことがわかる。


図. 化学種A(青)、B(赤)、C(緑)の経時変化


おまけは速度繋がりで・・・
(問)下の図のような、周回道路がある。甲と乙がそれぞれA点、B点を同時刻に出発し、甲は時計周りに乙は反時計周りに、一定の速さで歩き続けるとする。2人は出発してから5分後に最初に出会い、その4分後に甲はB点に到達した。甲は乙と、次に出会った7分後にA点に戻った。甲が1周するのに必要な時間はいくらか?


      

解答例はこちら↓




















「5分後に出会い、4分後にB点に到達」という条件から、乙が5分間かけて進む距離を甲は4分間で進むことができることがわかる。しかがって甲と乙の速度の比は5:4である。条件より、赤で示した部分(曲線CAD)を甲は12分で移動できることになるので、乙は最初に甲に出会ってから12x5/4=15分で次に出会うD点に到達する。ということは甲は曲線CBDを進むのに15分かかることを意味する。そのため甲は1周するのに5+15+7=27分で1周することができる。

(2018.8.5)