マトリックス単離法とは

 分子を希ガスあるいは窒素ガスなどに希釈して極低温(4〜20K)で凍結する方法。

 この手法は、1950年代の初め頃から赤外分光法、電子スピン共鳴法、電子分光法、メスバウアー分光法、ラマン分光法などの手法と組み合わされて、様々な研究分野で用いられている。マトリックス単離法の第一の特徴は、極低温で分子を凍結しているので、観測されるスペクトルが非常に単純になることである。すなわち、通常の気体分子はボルツマン分布に従ってある程度回転量子数が大きなエネルギー準位に分布しているために、その振動スペクトルは複雑な回転構造を示し、解析が容易ではない。これに対して、マトリックス中のほとんどの分子は回転運動が抑えられているので、スペクトルは一つの振動モードに対してバンド幅が1cm-1よりもはるかに狭い1本のピークのみを与える。この特徴から理解されるように、気体試料のスペクトルでは部分的に重なってしまうような接近した二つのバンドをマトリックス単離法では容易に分離して観測できるので、複雑なスペクトルの解析、複数の異性体のコンホメーション解析などに特に有効である。

 マトリックス単離法のもう一つの特徴は、試料が希ガスあるいは窒素(マトリックスガスと呼ばれる)によって囲まれていることである。マトリックスガスは化学的に安定であり、試料との相互作用はかなり小さい。従ってマトリックス中の分子は、分子間相互作用の影響を強く受けた液体や固体の状態よりもフリーな気体の状態に近く、1個1個の分子の個性を見ることができる。最近発達している、分子軌道法の計算結果と比較するときに特に重要になる。また、マトリックスガスは、赤外光を吸収しないので、溶液法のような溶媒の吸収による妨害を受けることがなく、試料の厚さを十分に厚くすることができる。

 マトリックス中の試料は、極低温でしかも化学的に安定なマトリックスガスで囲まれているので、通常では測定できないような不安定な分子種、寿命の短い反応中間体などのスペクトルの測定が可能となる。すなわち、マトリックス単離法は、常温の溶液中では瞬時に起こる化学反応に関して時間を凍結して調べる方法とも言える。

(konoda)

 マトリックス単離法のイメージCGを見ることができます。 Windows用AVIファイル(約670kByte)です。

(by sts)