実用金属板材の弾塑性変形特性評価と材料モデリング
 研究の背景・目的
 板材の成形加工において、製品寸法の要求精度と成形難易度はますます厳しくなっている。例えば自動車を例にとると、燃費向上、CO2排出量の削減などの社会的要請に伴い、 車体重量の軽量化が急がれている。その対応策として、高張力鋼板やアルミニウム合金板の需要が急増している.しかしこれらの材料は、割れ、しわ、スプリングバックなどの成形不良が生じやすいため、金型の修正工数が増え、自動車重量の軽量化の妨げになっている。そこで,有限要素法を用いた 成形シミュレーション技術を活用して,成形不良を未然に防ぐ トライレス加工の確立が熱望されている.しかし,最先端のシミュレーション技術をもってしても,実加工でおこる不良現象を精度良く予測できるレベルにまで到達していない(図1).なぜか?
 割れ、しわ、スプリングバックなどを成形シミュレーションによって精度よく予測するためには、計算に用いる 材料モデル(異方性降伏条件式)が実際の材料の弾塑性変形挙動を忠実に再現できるものでなければならない。しかし,実用金属薄板の塑性変形特性を詳細に測定し,それに適合した 異方性降伏条件式によって定式化するという研究報告は皆無であった.
(a)解析結果(シェル要素) (b) 実成形結果(実験結果)
図1 部品(金型)形状に対する自動車外板パネルのスプリングバックによる偏差量の分布図.実験値と計算値の間には,トライレス加工の実現を妨げる程度の大きな計算誤差がいまだに存在する.(日産自動車(株)提供)
 研究方法と特徴
 そこで,当研究室では,工業製品の製造に実際に使われている実用金属板材(鋼板,アルミニウム合金板,チタン板など)を対象として、その弾塑性変形特性を高精度に測定するとともに,最適な異方性降伏関数を用いてその塑性変形挙動を定式化(材料モデリング)することを目的として,高精度な二軸引張応力試験機を開発した(図2,図3).
 これらの材料試験機にはフィードバック制御機能を有する油圧サーボ回路が組み込まれており,試験片に任意の応力経路もしくはひずみ経路を作用させ,その弾塑性変形特性を高精度に測定することができる。部品の一つに至るまですべて当研究室で設計した試験機であるが,世界の主要な大学・研究施設に存在する二軸引張試験機の中でも、
世界最高性能を誇る試験機である。
図2 二軸引張試験機1号(最大荷重50kN)(左)と十字形試験片(右)
図3 二軸引張試験機2号(最大荷重100kN)(左)と十字形試験片を装着した状態(右)
 研究成果
 研究成果の一例として、自動車ボディーへの適用が検討されている(まだ実用化には至っていない)590MPa級高張力鋼板の等塑性仕事面(相当ひずみ が十分小さい場合には,降伏曲面に一致するとみなしてよい)ならびにYld2000-2dおよびHosfordの異方性降伏関数による計算値との比較を図4に示す。各プロット点に付随する線分は,その瞬間における塑性ひずみ増分ベクトルの発生方向を示している.
 このように,本試験機を用いることにより,実用金属板材の弾塑性変形特性を高精度に測定することができ,ひいては 最適な材料モデルの同定に効果を発揮する.
 今後も,自動車に代表される輸送機器や電子機器の軽量化に向けて,さまざまな金属材料が開発されるであろう.それら材料の弾塑性変形挙動の精密測定と異方性降伏関数を用いた材料モデリングの基礎研究は,研究内容そのものがサイエンスとして非常に魅力的なテーマである.さらに,実用的観点としては,高精度な成形シミュレーション技術を確立し,日本のもの作り技術の洗練度を維持・高度化する上で必要不可欠な研究であると確信している.
図4 590MPa級高張力鋼板の等塑性仕事面ならびにYld2000-2dおよびHosfordの
異方性降伏関数による計算値との比較
 参考文献
1) 桑原利彦・池田聡,十字形試験片を用いた2軸引張試験による冷間圧延鋼板の等塑性仕事面の測定と定式,塑性と加工,40-457(1999),145-149.
2) Kuwabara, T., Kuroda, M., Tvergaard, V., and Nomura, K., Use of abrupt strain path change for determining subsequent yield surface: experimental study with metal sheets, Acta Mater., 48-9(2000), 2071-2079.
3) T. Kuwabara, A. Van Bael, E. Iizuka, Measurement and analysis of yield locus and work hardening characteristics of steel sheets with different r-values, Acta Mater., 50/14 (2002), 3717-3729
4) 池田聡・桑原利彦:2軸引張応力下におけるIF鋼板および低炭素鋼板の加工硬化挙動,鉄と鋼,90-12(2004), 1016-1022.