麹菌(こうじきん)の話
(1)麹菌
麹菌は、日本酒、焼酎、味噌、醤油、みりん、甘酒など様々な日本の伝統的な醗酵食品・飲料の製造に使われてきた糸状菌(しじょうきん)の一種です。2013年に「和食;日本人の伝統的な食文化」がユネスコ無形文化遺産に登録されましたが、この和食の基本にある味を作り出すことに大きく貢献した微生物です。麹菌は、様々な米や麦などの穀類や豆類、芋などに人の手で植え付けられ、成長して麹を作ります。
(2)麹という言葉
「こうじ(麹、糀)」という言葉は「加無太知[=加牟多知(かむたち)]」の音が変化して「かむち」、さらに「こうじ」となったと考えられています。「かむ(=かぶ)」はカビのことを言い「たち」とはカビが生えて菌糸が立ち上がってくる様子を示していると言われています。ですので、「 加無太知 」はカビが生えた穀類のことを指しています。お酒などを醗酵させて製造することを「醸す」といいますが、この言葉は「噛む」に語源を持ち「口噛み」して糖化したお米などを原料として「口噛みの酒」を作ったことから「醸す」に転じたという説もあります。どちらももとは「かむ」という音で表されていますが、ひょっとすると別々の言葉が同じ醸造や醗酵に関わる用語に近づいてきたのかもしれません。
麹という字は中国から伝わった漢字ですが、糀という字は日本で生まれた国字と呼ばれる漢字です。現在の中国では、麹と音が同じ麯(簡体字では、曲)という字が麹を意味します。
(3)閑話休題〜バイキン
麹菌は、分類学的には私達ヒトと同じ真核生物の仲間です。真核生物である微生物のうち、きのこ・カビ・酵母のことを菌類(fungi)といいます。この中で糸状の菌糸を伸ばして成長するものを糸状菌(しじょうきん)といい、カビはこの糸状菌に含まれます。麹菌は、カビであり糸状菌であることになります。「バイキン」
という言葉は、漢字では「黴菌」と書きます。黴はカビ、
菌は古くはきのこのことを指す言葉でした[狂言に菌
(くさびら)という江戸時代の初期には完成していたと
思われる演目があります。きのこ(くさびら)が山のよ
うに生えてくる楽しい演目です。]黴菌というのは、本
来はカビときのこのことを指し、私達が肉眼で見える微
生物のことを指す言葉でした。カビやきのこが生えてし
まうとものが腐って見えることから有害なもの、病気を
引き起こすものとして西洋科学が導入された明治時代以
降になって食中毒を引き起こしたり、病気を引き起こす
微生物をバイキンというようになりました。
(4)真核生物と原核生物
現在の生物の分類では、遺伝子をたくさん持つ染色体が膜(核膜)に包まれている核を持っている真核生物と、膜に包まれた核を持たずに核様体という染色体が集まった状態のものを持つ原核生物とに別れています。真核生物には、植物や哺乳類、爬虫類や両生類、魚類、昆虫など私達が一般に生物として認識しているような生き物が含まれています。麹菌を含むカビ、きのこ、酵母などは、この真核生物です。これに対して、納豆菌、乳酸菌、ビフィズス菌、大腸菌、コレラ菌などは、核を持たない原核生物に分類されます。
(5)コウジカビ
麹菌はコウジカビ属(Aspergillus 属)に分類されます。コウジカビ属には Aspergillus oryzae(黄麹菌)、Aspergillus sojae(醤油麹菌)、Aspergillus luchuensis(黒麹菌)、Aspergillus luchuensis mut. kawachi(白麹菌)などの麹菌が含まれます。これらの麹菌は、本研究室を創立された一島英治 名誉教授の提案で、2003年に日本醸造学会によって「国菌」として認定されました。「国鳥(日本はキジ)」、「国蝶(オオムラサキ)」、国花(キク・桜)」、「国石(ヒスイ)」などは世界の国々で決まっていますが、「国菌」を持っているのは、今のところ日本だけです。日本の生活がいかに麹菌に依っているのかがわかります。
コウジカビ属には、麹菌だけでなく Aspergillus flavus、Aspergillus fumigatus、Aspergillus tereus、Aspergilllus vercicolor,Aspergillus niger,Aspergillus nidulans などの病原性を持つものやマイコトキシン(カビ毒)を生産するものも含まれています。これらと区別するため、麹菌(こうじきん)という言葉が使われています。
参考文献
麹学,村上英也 編著,日本醸造協会(1986)