Tropical Ecology Letters 55: 1-5, 2004 (日本熱帯生態学会)に寄稿

グバンヤシ民俗ノート
―ジャワ、スンバワ、スラヤール編―

東京農工大学国際環境農学専攻  及川洋征
People and Gebang palm (Corypha utan) in Java, Sumbawa, and Selayar
Yosei OIKAWA (Tokyo University of Agriculture and Technology)

はじめに
 10年ほど前から、グバンヤシ(Corypha utan)に興味をもっている。当時の私は、インドネシアのジャワ島農村部の混栽樹園地(mixed garden)についての文献を調べていた。そのなかで、ジョクジャカルタの西部にはCorypha gebanga (C. utanのシノニム)が敷物用に多く植栽されているという記述(Terra 1953)が目に留まった。そこで、グバンヤシとはどのようなヤシで、樹園地にどのように植えられ、利用されているかを、1995年に現地で調べてみた(及川1999)。その後、2001年にジョクジャカルタを再訪し、2003年までにジャワ島東部、スンバワ島、スラヤール島に足を伸ばしてみた。以下では、各地のグバンヤシの利用について、これまで見聞きし考えたことを紹介していきたい。
 
グバンヤシについて
 グバンヤシは、タリポットヤシと同属のコウリバヤシ属で、和名ではタラパヤシとも呼ばれる。インドネシア語のグバン(gebang)から、英語ではGebang palm と記述されることが多いようだ。フィリピンではブリ(buri)などの呼称をもち、葉の繊維や製品が先進国に輸出されている (Nasution & Ong 2003)。

 このヤシは東南アジアの島嶼部を中心に分布しているが、ココヤシ、オウギヤシ、サゴヤシほどは目立たないし、既存研究も多くない。ただし、他のヤシの仲間と同様に多用途であり、展開前の若葉からは丈夫な繊維が採れ、葉は屋根やござの材料となり、幹にはでんぷんが含まれる。そのほかにも、さまざまな食用・薬用の利用部分と利用法がある(Nasution & Ong 2003)。

 このヤシは、自生している場合と、栽培される場合がある。前者は、海岸に近い二次林や焼畑跡地、人工林によくみられる。後者は、田畑の畦や屋敷地内に植栽されている。移植が困難なので、ジャワ島中部の農家は生えてきた実生をそのまま育てている。その後の成長は遅く、一生に一度しか開花結実しない。栽培植物としては、「ままならない」性格をもっているといえる。こうした特徴を少しずつ知るうちに、このヤシは、私にとってとても「気になる木」になっていた。

写真1.開花中のグバンヤシ(スラヤールにて)

植えられるグバンヤシ:ジョクジャカルタ
 インドネシア語では、植物一般は「トゥンブハン(tumbuhan)」(生えるもの)、そして栽培植物は「タナマン(tanaman)」(植えるもの)という名詞が用いられている。ジャワ島中部、ジョクジャカルタのクロンプロゴ県スントロ(Sentolo)郡では、グバンヤシは、チーク等から成る樹園地内に自然に「生えたもの」と、田畑の境界や屋敷地に「植えたもの」と両方が見られ、いずれも利用している。以下、1995年の調査報告(及川1999)とも重複するが、簡単に紹介したい。

 ここでは、グバンヤシを「プチュック(pucuk)」(先っぽの意)と呼んでいる。先端に伸びる若葉が繊維材料として重要だからだろう。ただしトゥソノ(Tuksono)村の東タルバン区長によると、化学繊維の普及により、グバンヤシの多くは伐られてしまったという。彼は、グバンヤシを2種類に区別していた。プチュック・シリは、葉が細くて弱々しい。プチュック・プトックはその逆で、刀状の若葉は長いもので2mにもなるという。

 農家は、展開前の刀状の若葉を採取していた。若葉をヤシの個体から切り取るときは、半分から3分の2を剥がしとる。半分以上は剥ぎ取らないとする者もいる。このようにすることにより、個体を生かし、約3ヶ月ごとに若葉を採取できるという(写真2)。

 折りたたまれた葉片を一枚一枚ばらして葉軸を取り除き、葉片からアグル(agel)と呼ばれる表皮をナイフで剥ぎとる(写真3)。このアグル表皮が繊維材料となる。手作りの台上や脛でアグルを紐に縒って(写真4)、その紐を編んでカバンなどの手工芸品を作る(写真5)。1990年頃からは、たくさんの手工芸品がジョクジャカルタの土産物屋に並ぶようになり、輸出も行われるようになった。材料不足のため1993年から地域外から材料のアグル繊維を買うようになった。特にジャワ島東端のバニュワンギ県から取り寄せているとのことだった。そこで、業者の情報をもとに、バニュワンギ県を訪ねてみた。

右側写真の説明:写真2.若葉の一部を残して採取したことが葉の形から分かる(東タルバン区) 写真3.葉片からアグル表皮をナイフで剥がす(グラジャガン村) 写真4.縒り紐(サラムルジョ村) 写真5.親子でカバンを編む(東タルバン区)

自生するグバンヤシ:ジャワ島東端
 バニュワンギ県南海岸のグラジャガン村で唯一の集荷業者、トゥキリン(Tukirin)氏を訪ねた。彼のもとには、50人ほどの採集者がアグル繊維を納品しているという。繊維を縒って紐に加工する世帯もいくつかある。村の周りにはグバンヤシが見あたらないが、トゥキリン氏と海辺に近い国有林(二次林とチーク林)内に入ると、グバンヤシの小さな個体が散在していた。グラジャガンの村から離れたムランプン地区の森林では、2m以上の長さの若葉が採れるという。

 ジョクジャカルタとは異なり、ここでは、グバンヤシは林内に生えているものであり、若葉は一部を残さずに基部から全部、鎌で切り取っているという。そんなことをして枯れてしまわないのかとトゥキリン氏に尋ねると、「確かに、何度か切り取って枯死したものもある。」とのこと。このように、当地のグバンヤシ採取についてのルールは特になく、村人が自由に国有林内で採取活動を行なっている。ただし、ジャワの暦で月に1度、森に入ってはいけないジュマット・ワゲ(Jumat Wage) の日があることを教えられた。

 トゥキリン氏宅に集められたグバンヤシの繊維は、ジョクジャカルタの業者のほか、同じジャワ島東部のパスルアン県のマドゥラ人商人に買い取られていくとのことだった。

縒り紐づくりに特化:東部ジャワ
 早速、マドゥラ人商人がいるカパサン(Kapasan)村(パスルアン県ングリン(Nguling)郡)を訪ねてみた。たどり着いたのは、海辺のマドゥラ人の集落で、そこでは2つのグループの下で、村人がグバンヤシの繊維で縒り紐をつくっていた。その一つ、アムソリ(Amsori)氏のグループで話を聞いた。

 対岸の故郷マドゥラ島のグバンヤシは1962年頃には枯渇してしまった。カパサン村では1967年から先代がアグル繊維を使って漁網をつくった。1993年からは縒り紐が売れるようになり、現在まで縒り紐で儲けている。村人の手仕事で週に1トン以上の紐を縒って、ジョクジャカルタへ売る。縒り機の開発を試みた人がいたが、手作業でなければ紐のつなぎ合わせができない。手作業とはいえ大勢が関わっているため、先のグラジャガン産のアグル繊維だけでは材料が足りない。同じバニュワンギ県の西岸、バンジュルマティ(Banjulmati)からも仕入れている。

 2001年2月の時点で、アムソリ氏のグループでは、6種類の太さの縒り紐がつくられていた。紐縒り作業の労賃がキロあたりで決められていた。最も細く丁寧に縒られた紐はスーパーと呼ばれる。これを縒るには時間がかかるので、標準規格の紐を縒る労賃(Rp.7,000/kg)の3倍近いRp.20,000/kgの単価であった。販売価格は、材料費との兼ね合いで、標準規格(Rp.15,000)に対し、スーパーは2倍弱のRp.27,000/kgであった。

 カパサン村のグバンヤシ資源は既になくなっているのだが、代々培われてきた紐縒りの技術が活かされていた。
ところで、このジャワ島での旅には、ボゴール農大の学生、プリヤント君が同行してくれた。彼の提案で、バニュワンギ県からパスルアン県への途中、ジュンブル(Jember)市で彼の知人を訪ねた。

 ジュンブル市在住のバンバン・スバリ氏は、退役軍人でタバコ商を営む。私がグバンヤシを探して日本から来たというと、彼は面白がっていろいろ教えてくれた。グバンヤシは、ジュンブル県の南海岸にも多く見られること。ゆでたアグル繊維を凧の端から端に張って揚げるとブーンと音がする。この部分をソワンガン(sowangan)ということ。オランダ時代から、タバコの葉の乾燥には、丈夫で耐熱性もあるアグル繊維が用いられてきたこと。かつてはトン単位のアグル繊維が「おそらく」(←ここがくせもの)スンバワ島のビマ(Bima)からジャワ島に運び込まれていたであろうこと。

写真6.束ねられたタバコの葉(左下は野帳)

地名に残る:スンバワ島東部ビマ地方
 そこで、2002年5月にスンバワ島を訪ねてみた。スンバワ島の幹線道路を西から東へ乗合バスで走るが、なかなかグバンヤシが見つけられない。ついに目的地のビマの町に着いた。港でグバンヤシの集荷地はないかと尋ねてみるが、期待した情報が得られない…。こういうことはよくあるので、タバコ商の情報をあてにするのはあきらめる。あれこれ尋ねてみて、グバンヤシのことを地元でラジュ(laju)と呼ぶことが分かった。たまたま手持ちの地図にラジュという村名をみつけたので、とにかく訪ねてみることにした。

 ラジュ村は、島の南岸にあって、平地に天水田、背後に裏山が続いている。道沿いの列状集落のなかでラジュ(グバンヤシ)はないかと尋ねると、一軒の農家に連れて行かれた。樹高数メートルのグバンヤシが軒先に立っていた。勝手に生えてきたという。裏庭や畦にもいつくか小さな株が生えていた。若葉だけではなく、葉柄を削れば丈夫な紐になるというので、実演してもらった。竹や木で組んだ格子の垣根を縛るのに便利であるという。

 村はずれには、樹高15mほどの大きなグバンヤシが残っていた。かつては、村一帯にココヤシ林のようにグバンヤシが生えており、田畑を開墾する過程で伐ってしまった、という。もともとグバンヤシがたくさん生えている土地ということで、村の名前が付けられたのかもしれない。

 なお、村の周辺の丘陵斜面では焼畑が行なわれ、2〜3年の休閑期間を伴い、陸稲やアワが栽培されるという。焼畑休閑地のなかにはグバンヤシの小個体が非常に多く見られ、成木の木立も見られた。しかし特に積極的に採取・利用されているわけではなかった。

籠作り:スラヤール島
 2003年4月、科学研究費補助金基盤研究A(1)「船を使った海域研究の拠点づくりとウォーレシア海域の生物資源利用・管理の動態」(代表:遅沢克也氏)の一環で、スラヤール島を訪ねた。島でダイビングリゾートをオープンさせたばかりの樅山幸三さんから、私たちのプロジェクトにご意見を賜ることができた。

 さて、スラウェシ島からスラヤール島に渡るフェリーで、日本語を話す青年に声を掛けられた。名はアルマン(Arman)君という。日本への出稼ぎから帰ってきて間もないという。家に遊びに来いというので、早速、彼の実家、ハラパン(Harapan)村のパリアンガン(Pariangan)集落を案内してもらう。ココヤシとカナリウムの実が当地の特産品だ。ほかにさまざまな作物が樹園地に混作されている。

 そのなかにグバンヤシも生えていた。現地ではイフス(ihus)という。畑に籠がころがっていて、グバンヤシの葉で編まれたようだったので、この籠をどこかで買えないかと、アルマン君に聞いてみた。叔父さんが作れるという。叔父さんは裏の樹園地から材料となるグバンヤシの葉を2枚採って来て、わずか30分ほどで編んでくれた(写真7・8)。

 籠は、葉を4枚組み合わせてつくることもできるが、もっと時間がかかるとのことだった。農家が作業用にごく普通に使っている籠だが(写真9)、地元の市場では売られていない。ここでのグバンヤシは、自家用に利用されているだけのようだった。

左側写真説明:写真7.2枚の葉を組み合わせて編んでいく 写真8.籠の縁を仕上げる 写真9.農産物の収穫や仕分けに便利な籠

おわりに
 その後2003年8月に、東ティモールを訪ねた。ディリ空港に着陸すると、グバンヤシがわさわさと繁っていた。東ティモールの海沿いの村々では、グバンヤシが屋根材、壁材、食用、飼料と日々の暮らしに利用されているが、これはまた別の機会に詳しく報告したい。

 各地の人々がどのようにグバンヤシを利用していたかを振り返ってみる。このヤシは特に丈夫な繊維として自家用・換金用に広く役立っていた。ただし、冒頭で述べたように、栽培は容易ではない。グバンヤシは、畑で大量に栽培される繊維作物になれずに、むしろ森林で採取される特用林産物としての性格が色濃く感じられた。多くは年月をかけて自然に生えてきたもので、人々の手作業によって採取・加工されている。スローな暮らしのなかで活かされるヤシと言えるかもしれない。今日のせわしい社会では、グバンヤシは、大量に採取され枯渇するか、工業代替品に置き換わって利用されなくなるか、それとも水田・常畑の拡大や集約化とともに伐られていくか。しかし、人々がその価値を見出せば、ジャワ島中部のように畦や境界、屋敷地内に積極的に植栽され、維持されていくかもしれない。休閑地では、ほうっておいたら、自然に増えていくこともあるだろう。

 私としては、今後、変わりゆく各地のグバンヤシと人々のかかわり方そのものを、より広く詳しく調べておきたいと思っている。さらに、グバンヤシをめぐる民俗と他の植物のそれとを比較してみたい。グバンヤシをめぐる民俗は、各地の「生業・土地利用の変容メカニズム」「植物資源の商品化・栽培化」「資源利用の規範」「在来知識と技術が引き継がれる社会」といった諸課題にとってユニークな考察材料となるかもしれないと期待している。

 なお、ジャワ島での調査には、トヨタ財団の研究助成金を、スラヤール島での調査には科学研究費補助金(前述)を利用させて頂きました。

引用文献
Nasution, R.E. and H.C. Ong (2003) Corypha utan Lamk. In M. Brink and R.P. Escobin (eds.) Plant Resource of South-East Asia 17: Fibre plants. pp.114-117. PROSEA, Bogor
及川洋征 (1999)「ジャワ島ジョクジャカルタ西部丘陵地における屋敷林『プカランガン』の地域的特徴:特にグバンヤシ(Corypha utan)の利用について」『森林文化研究』20: 69-79.
Terra, G.J.A. (1953) The distribution of mixed gardening on Java. Landbouw 25: 163-224.

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