佐藤令一研究室


Bt菌殺虫性タンパク質の作用機構と進化分子工学

 土壌細菌Bacillusthuringiensis(以下Bt菌)は殺虫性のタンパク質を作ります。このタンパク質はある範囲の昆虫だけを殺し、人畜に無害です。また、Bt菌は人類よりも昔からこの地球に住んでいる生物であり、環境を汚す心配がありません。そこで、Bt菌は微生物殺虫剤として使われており、この殺虫剤は有機食品にも使用が可能なのです。当研究室は、このBt菌の正しい使用と普及に欠かせない、殺虫タンパク質の殺虫機構の解明を目指すとともに(以下の項目1および2)、このタンパク質に進化分子工学のテクノロジーを適用して、目的害虫に有効なタンパク質に自在に進化させる方法の確立に挑戦しています。バイオテクノロジー、タンパク質工学、あるいは機能分子であるタンパク質毒素に興味のある人にうってつけの研究テーマです。
      
Bacillus thuringiensis菌とそれを食下して死んだカイコ   

キーワード: 進化分子工学、微生物殺虫剤、BT殺虫性のタンパク質の作用機構、受容体の結合性解析、組換え型タンパク質、ファージディスプレイ 

1.Bt殺虫タンパク質の受容体および作用機構の解析

  なぜBt菌が人畜に安全であり、ある限られた昆虫しか殺さないのかを知る第1の鍵は受容体解明にあります。また、3に述べた殺虫タンパク質の進化分子工学的改変にもBt殺虫タンパク質の作用機構の理解が必須です。そこで、当研究室ではBt殺虫タンパク質の受容体の研究をカイコをモデルにして行っています。
  これまでの研究の結果、カイコの消化管の細胞上にあるアミノペプチダーゼNとカドヘンリン用タンパク質という少なくとも2種類のタンパク質がCry1Aaと名づけられた殺虫タンパク質の受容体であることがわかっています。また、カドヘンリン様タンパク質はカイコのおなかの中に入ってきた殺虫タンパク質を細胞上に集め、オリゴマー化を誘導し、細胞に作用するきっかけを作ることがわかってきました。しかし、アミノペプチダーゼNの方にはそのような働きはなく、殺虫タンパク質とカイコの消化管細胞の細胞膜との間で起こる複雑な分子的な相互作用に必要らしいと言うデータが示されているだけで詳細はわかっていません。
  一方、最近のBt抵抗性害虫の研究の成果により、ABCC2(ABCトランスポーターファミリーC2)という分子に変異が入ると(あるいは壊れると)害虫が高い抵抗性を獲得することが分かってきました。このことはABCC2がBt殺虫タンパク質の作用上必須の分子であることを意味しています。また、ABCC2は細胞表面に存在するので、このことはABCC2が受容体として機能していることを想像させます。
  そこで早速、培養細胞にABCC2を発現させて調べてみると、その細胞はカドヘンリン様タンパク質を発現させた細胞よりもBt殺虫性タンパク質に対してはるかに高い感受性を持つこと、すなわち、ABCC2はカドヘンリン様タンパク質より重要な受容体として機能すること、が分かりました。これらのことを基に、現在、@どの範囲のBt殺虫性たんぱく質にとってABCC2が受容体として機能するのか、Aなぜカドヘンリン様タンパク質より重要な受容体として機能することができるのか、Bカドヘリン様タンパク質の意義は何なのか、CABCC2を受容体としないBt殺虫性タンパク質は何を受容体としているのか・・・などに関して世界のトップを走る研究を進めています。


2.殺虫性タンパク質の構造,機能と受容体結合部位の解析

 Bt菌には様々な菌株が存在し、それぞれは少しずつ範囲がずれたある範囲の昆虫に殺虫活性を示します。これは、それぞれの菌株が持つ殺虫性タンパク質が異なっていて、ある殺虫性タンパク質はある昆虫の受容体には結合できても他の昆虫の同じ種類の分子には結合できないことに由来すると考えられます。ところで、このような微妙な結合の適否が殺虫性タンパク質上の構造のどこで決定されているかはわかっていません。一方、受容体との結合に関わる部分を知ることは3の殺虫タンパク質の進化分子工学的改変にとっても必須のことです。そこでわたしたちは、Cry1Aaと名づけられた殺虫タンパク質上の受容体に結合する部位を、様々なタイプの変異体タンパク質を作ったり、殺虫性タンパク質に邪魔者構造を導入したり、あるいはモノクローナル抗体を駆使するなどして調べています。また、同様の手法を用いた一連の研究から、殺虫性タンパク質にオリゴマー化を誘導する領域や、様々なタンパク質に結合性を示す領域の存在がわかり始めています。分子機械とも言える殺虫性タンパク質の構造と機能の理解は作用機構研究や進化分子工学的研究の基盤になるのです。


変異体とモノクローナル抗体を用いて行
った、殺虫性タンパク質のカドヘリン様受
容体結合領域の解析の結果を示す
図。


殺虫性タンパク質の受容体への結合の解析に用い
るBiacore J



変異体と障害物導入法を用いて行った、殺虫性タンパ
ク質のカドヘリン様受容体結合領域、および殺虫性タ
ンパク質に物質が結合することでオリゴマー化を誘導す
る領域の解析結果を示す図。

3.殺虫タンパク質から進化分子工学でタンパク質殺虫剤を創る

タンパク質は一部に保存構造を持つだけである決まった形と機能を実現できます。すなわち、類縁タンパク質は天文学的な数だけ種類が存在し得ます。しかし、自然が理論的に存在しうる全てのタンパク質を作ってきたかどうかは疑問であり、ましてや現在それらの全てがこの地上に存在するとはとても思えません。そこで、現存するタンパク質を出発材料にして、人間が自分たちの目的に適うタンパク質を育てようとするのが進化分子工学の精神です。当研究室では世界に先駆けてBt菌殺虫タンパク質の進化分子工学に必要な方法である「Bt菌殺虫タンパク質のファージディスプレイと受容体分子を利用した選抜系」を完成しました。

 この技術を用いて、モデル実験としてカイコに効く殺虫タンパク質を更に活性の高いタンパク質に進化させる試みに取り組んできました。11種類のライブラリーの中から変異体を選抜した結果、出発材料であるCry1Aa殺虫タンパク質よりも40倍もカイコのカドヘリン様タンパク質に結合性を増した変異体がいくつもとれてきました。また、結合性を増す変異は1分子の中に足し算的に蓄積させることが可能であることが分かってきました。すなわち、Bt毒素を受容体によりフィットした分子に進化させる基本技術が完成しつつあります。しかし、なぜかそれらの変異体の殺虫活性は少ししか上がりませんでした。そこで、現在その理由を解析しています。一方、1で述べたように、受容体としてはカドヘリン様タンパク質よりもABCC2の方が重要である可能性があります。ひょっとすると、結合性が上がりながらも殺虫活性が上がらなかった理由は、カドヘリン様タンパク質への進化を選んだ点にあるのかも知れません。そこで、現在はABCC2に対する進化分子工学を実施できるように材料と手法を揃え始めたところです。




わたしたちが考えた殺虫性タンパク質の進化分子工学系

進化分子工学的改変を目指してCry1Aa殺虫性タンパク質に導入した変異の位置を示す図。



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