Abstract
子嚢菌門に属する種には基本的に2種類の交配型(MAT1-1あるいはMAT1-2のいずれか)の菌株が存在し、異なる交配型菌株が交配することで有性生殖を行い、完全世代を形成する(self-incompatible = heterothallic)。各菌株の交配型は、ゲノム上の交配型遺伝子(MAT1)領域に存在する対立遺伝子群(MAT1-1遺伝子群あるいはMAT1-2遺伝子群)のいずれを持つかによって決定される。
MAT1領域の解析は、当初、Neurospora crassa、Podospora anserina、Cochliobolus heterostropus(トウモロコシごま葉枯病菌)等で進められた。いずれの種においてもMAT1領域には、MAT1-1、MAT1-2菌株間で塩基配列の相同性が認められない領域が、両交配型菌株で共通の領域に挟まれて存在することが報告された。この非相同領域をそれぞれMAT1-1、MAT1-2イディオモルフ(idiomorph)と呼ぶ。イディオモルフ上には、それぞれ、DNA結合ドメイン(α-boxおよびHMG-box)を持つMAT1-1-1およびMAT1-2-1遺伝子が存在する。それぞれのDNA結合ドメインのアミノ酸配列は種を超えて保存性が高いのが特徴であり、これを利用して多種でMAT1領域の解析が進んだ。遺伝子破壊実験等によって、MAT1-1-1およびMAT1-2-1がコードするタンパク質が、菌株の交配型決定、交配開始の制御に関与することが示されている。Co. hererostrophusのMAT領域にはこの1組の遺伝子のみが、N. crassaおよびPo. anserinaでは、MAT1-1イディオモルフ上にさらに2つの遺伝子MAT1-1-2、MAT1-1-3が存在する。これらの遺伝子産物は稔性等、有性生殖に関与することが示唆されている。
その後、Mycosphaerella graminicola、Didymella rabiei、Cryphonectria parasitica、Gibberella fujikuroi、Paecilomyces tenuipes、Pyrenopeziza brassicae等のself-incompatible種、およびCo. homomorphus、G. zeae等のself-compatible (= homothallic)種でMAT1領域の構造が精査されている。詳しくはDebuchy & Turgeon 2005を参照いただきたい。
子嚢菌は多くの交配不全性(asexual)の種を含む。完全世代形成が未報告かあるいは殆ど見られない、いわゆる不完全子嚢菌類である。植物病原菌を含むFusarium oxysporum、Alternaria alternata、Biporalis sacchariや麹菌Aspergillus oryzaeでは完全世代が未報告である。当初、これらの種が交配不全である原因がMAT1領域の欠損や不全、一方の交配型菌株の欠如にあるのではないかと想定されたが、その後F. oxysporum、A. alternata、B. sacchariにおいても両交配型の菌株が存在することがDNAレベルで確認され、さらに、それらのMAT1領域が近縁のヘテロタリック種と相同であるばかりか、座乗するMAT1-1-1およびMAT1-2-1遺伝子が発現し、機能性をも保持していることが示された。このため、交配不全の原因は、交配遺伝子の下流で機能する、交配関連シグナル伝達系にあると想定されている。
イネの最重要病害であるいもち病の病原菌Magnaporthe grisea(anamorph, Pyricularia grisea)は、本来ヘテロタリックな交配を行うはずであるが、中国雲南などで採集された一部の株を除き、通常、交配能を示さない。日本産いもち病菌同士のかけ合わせによる完全世代形成の報告はなく、通常、交配不全性であると理解されている。さて、いもち病菌国内分離株を供試し解析を行った結果、我々は、交配型MAT1-1およびMAT1-2の株が存在すること、改めてMAT1-1菌株とMAT1-2菌株をかけ合わせても完全世代を形成しないこと、日本産株のMAT1領域の構造はヘテロタリックな雲南株とほぼ同様であること、MAT1領域上の遺伝子(MAT1-1-1、MAT1-1-2、MAT1-1-3およびMAT1-2-1、MAT1-2-2)は日本産株でも発現していること、を明らかにした。構造解析の過程で見出したMAT1-1-3およびMAT1-2-1は、MAT1-1およびMAT1-2イディオモルフ上から共通配列にかけて存在する興味深い構造をとっていた。そのため、両遺伝子がコードする産物は、大部分のアミノ酸が共通で、N末側の僅かなアミノ酸が異なることによって、交配型特異性を持つ。この産物の差が機能的にどのような意味を生じるのか、また、両遺伝子が生じた背景については未知である。さらに、MAT1-1-3遺伝子の上流にCT反復配列 (CT)nが存在すること、このCTの反復数が菌株によって異なる(ヘテロタリック株で大きく、交配不全株で小さい)こと、CT反復数の多い株でMAT1-1-3の転写量が多い傾向にあることを見出した。
交配型遺伝子産物は、フェロモンやフェロモンレセプターなどの産生を制御し、レセプターが受容した「他交配型菌株の存在」という情報が三量体Gタンパク質、MAPキナーゼ経路あるいはcAMP経路を介して核内に伝達され、菌糸融合、核融合、子実体形成などの交配挙動が起こることが想定されている。我々は、ヘテロタリック種であるGibberella fujikuroi(anamorph, Fusarium sacchari; サトウキビしょう頭腐敗病菌)においてGタンパク質βサブユニットおよびMAPキナーゼ遺伝子の破壊株をそれぞれ作出し、どちらの破壊も菌糸成長には影響を及ぼさないこと、雌性不稔となること、病原性が低下することを見出した。今後はこれらを含む情報伝達系の解析を進め、ヘテロタリック種と交配不全種の比較を行うことで交配不全の原因を探りたいと考えている。
*現 農業環境技術研究所
**現 サントリー先進技術応用研究所
***現TIS
****現 JICA
第5回糸状菌分子生物学コンファレンス(2005年11月8日、文京区)シンポジウム、口頭発表